第13話 そ
夜。急に廊下の方が騒がしくなり始めて、私は日記から顔を上げる。日記はまだ半分程度しか読んでないけれど、信じられないようなことばかりが書いてあった。
続きを読みたい気持ちはあるけれど、ラヒーナが来るまで隠しておかないといけない。夜なのにこれだけ賑やかなのは戦場へと向かった彼女たちが返ってきたからだろうから。
急いで隠したけれど、ラヒーナはなかなか帰ってこない。
まぁ、多分どこかで道草をくっているのだろう。あの友達たちと喋るかなんだかしているはず。この前みたいにすぐ帰ってくることのほうが珍しい。
この時は今まで通りだって、そう思っていた。
けれど、何時間待っても彼女は帰ってこない。
次の日、目が覚めても、隣に彼女はいない。
「おかしい」
流石に何かが変だと思い始めた。
探しに行こうかと外に出ようとしたとき、扉をたたく音がする。
ラヒーナがやっと帰ってきた。そう思った。
小走りで扉を開けるとそこには赤髪の彼女はいなくて、代わりに金髪の子が立っていた。他にも私の見たことのない人たちが合計で3人いた。
よく考えたらラヒーナなら扉をたたく必要なんてない。
「え、だ、だれ……」
そう呟いてから気づく。
彼女達はラヒーナの友達。その目はこの前に見たときよりも暗く見える。なにか悪いことでもあったのだろうか。
「その……」
「えっと」
扉を挟んだまま、彼女たちの言葉を待つ。
けれど、その口はとても重そうで、なかなか開かない。
「えっと、今ラヒーナはちょっといなくて、探しに」
「っ、ラヒーナが死んだの」
「行くところなんだ、けど……え?」
今、彼女は何と言ったのだろう。
何を、言っているのだろう。
し、死んだ? ラヒーナが?
「え……ぇぁ、へ」
「ラヒーナは私たちを逃がすために……本当にごめんなさい。私のせいよ」
「そ、そんな! キラリのせいなんかじゃないよ! 私のほうが……」
「いいえ。私よ。私があそこで魔力切れにならなければきっと」
キラリと呼ばれた金髪の子が何かを話しているが、いまいち私のところまでは届かない。聞こえてはいるはずなんだけれど、その情報を処理できない。
「いくら謝っても取り返しの付かないことはわかってる。だから、ここに来たのは謝るためじゃなくて、彼女の言葉を伝えに来たの」
「ぅ」
そんなもの聞きたくもない。
ラヒーナの言葉はラヒーナから聞けばいい。
「『今までずっとありがとう。ルミリアが私の特別で良かった』と言っていたわ」
「ぁ、そ、そう、なんだ……ありがとう、伝えてくれて……」
これは本当のことなんだろうか。
夢なんじゃないだろうか。
本当は何か質の悪い冗談なんじゃないだろうか。
ラヒーナがそんなことする人じゃないのはわかっている。わかっているけれど、そうでもなきゃおかしい。こんな簡単に、こんな唐突にラヒーナがいなくなってしまうなんてありえるわけない。
「えっと、それでなんだけれど、あっ」
限界だった。
私は扉を勢い良く閉め、その場に座り込む。
わからない。
わからないことばかり。
え、これで終わり?
本当にもうラヒーナは帰ってこないの?
でも、そんなの。そんなのおかしい。
だって、だって先に死ぬなら私のはずなのに。
ラヒーナはずっと未来の将来まで生きて。
「あの、まだあなたに伝えなきゃいけないことが」
「っ、かえって」
それだけを震える喉から絞り出して発する。
うまくいえたかもわからない。
「で、でも……」
「キラリ、今は……」
足音が遠ざかっていく。
遠ざかっていくのに。
この寂しさはここにあるまま。
「ぅ……」
薄い呼吸を繰り返す。
そうしてるうちに少し落ち着いてくる。
冷静になって考えれば、今までだっていろんな人が目の前で死んで来た。
ラヒーナだけが特別なわけがない。彼女だっていつかは死ぬ。
ただ、その様子が想像できなかったから少し驚いただけ。
そう、少しだけ驚く。それぐらいのはず。
はずなのにどうして。
「痛い……」
胸が痛い。
苦しい。
それは彼女が特別だったから。
私にとって、彼女が特別だったから。
本当に?
「ぇ」
自分で抱いた疑問を反芻する。
本当に私は彼女を特別だと思っていたんだろうか。
もしそうなら、今すぐにでも彼女を助けに行く必要があるんじゃないか。
だって、ラヒーナはそうしたはずなのに。
そうだ。そうしなきゃいけない。
「っ」
気持ちを固めて立ち上がったところで気づく。
無理だということに。
もう無理で、何もかも遅い。
中途半端に冷静になった私の思考はすべてを否定する。
ラヒーナを助けに行ったところで、彼女ですらなんとかならない状況を私が打破できる可能性はない。そしてなによりも、もう遅い。
戦場から帰ってくるまでどれぐらいかかるかはわからないけれど、今から行ったって間に合わないし、それに加えて彼女がどの戦場に行ったのかも私は知らない。
「あぁ……」
何かが崩れる音がした。気がした。
もう何もしたくない。
ただ、私は布団の中へと戻っていく。
でも眠ることはできなかった。
日が昇りきり、廊下が賑やかになっても、なんだか身体を起き上がらせようという気分にはならない。身体が重く動かない。
何もしたくない。
ずっと吐きそうな気分。
こんな休日は初めて。
なにもせずに時間だけが過ぎ去っていく。
そしていつのまにか意識を失い、次に目を覚ました時にはもう明日になっていた。今日は葬式のある日。死んでしまった人たちに魔力を捧げる日。
行こうと思っていた。ラヒーナが死んでしまったなら、それぐらいは。
でも、今日もまた気づけば過ぎ去って、葬式は終わっていた。
扉の前から声が聞こえる。
「どうして、こなかったの?」
どこかで聞いた声。
この前来た3人組のうちの1人。
気配はもう何人かいるけれど。
「やめなさい」
「ううん。これだけは言わせて。なんで葬式に来なかったの? ラヒーナちゃんとちゃんとお別れを言える最後の機会だったのに」
そんなの知らない。
お別れなんてしたくなかった。
まだそんなこと私は。
「ラヒーナちゃん、ずっとあなたのことばかり話して……! この前だって、あんなに……! それなのに」
それ以上はもう聞きたくなかった。
布団を深くかぶり、耳をふさぐ。
でも、やっぱりラヒーナはすごい。
だって、何を言っているのかはわかりたくもないけれど、ここまでラヒーナのことで人を動かせている。ラヒーナが、あの人たちに与えた影響は大したものだったのだろう。
でもならどうして。
なら、どうしてそんなすごいラヒーナがいなくて、私だけがここにいるの。
どうして、死んでしまったの。
いつのまにか声の主も去り、日も暮れ、また日が昇る。
授業の開始の音が鳴っても、私はまだ部屋にいた。
どうにも行く意味が分からなくなってしまった。
もともとラヒーナに連れられて行ってた面も大きかったし。
何日も同じようにして時間が過ぎる。
その間に腕に付けた端末は変な通知音を鳴らしていたけれど、正直そんなものを見る気にもなれなくて、ただぼおっとしていた。
あれだけ気になっていたはずの日記の続きも読めない。
なにもすることなく、日にちだけが過ぎ去る。
なんだか、こうしてずっと横になって何もしないでいると、実は今までのことも全部夢だったんじゃないかって願ってしまう。そんなわけはないのに。
でも、なんだかラヒーナが死んでしまったと決めつけるのは早計な気がしてきた。だって、誰も彼女の死んだところをみたわけじゃない……はず。
それに私だって、ネイリの協力ありきだったけれど10日以上生き延びれたし、ラヒーナならもっと長く……ううん。時間さえあれば自力で帰ってくることだってできる。それには少し、時間がかかるだけ。
少し、もう少しだけ待てば。
いつかラヒーナがまた、この扉を開ける。
「ぇ」
そう思った瞬間、扉が開く。
この扉を開けられるのは、この部屋の住人だけ。
「らひ……ぁ」
「お邪魔しまーす……って、え」
遠慮がちに入ってきた人影はラヒーナのものと似ても似つかなくて。
けれど、見覚えはとてもあった。彼女とは13日も同じ境遇だったのだから。
「先輩、ですか?」
ネイリが多くの荷物を抱えて、部屋の前に立っていた。
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