第12話 せ

 それからのラヒーナは少し変だった。

 変というか、いつもと違う行動が増えた。


「今日は食事の日か……」

「あ、一緒に食べよ」


 つまらない授業の終わり。

 ラヒーナの誘いに私は苦笑いで返す。その誘いが嫌なわけじゃないけれど、いつも通りなら。


「ラヒーナ!」


 ほら、来た。数人が彼女の名を呼ぶ。

 食事の日はラヒーナの友達がいつも誘いに来る。

 別に彼女たちのことも嫌いなわけじゃないんだけれど、どうしても知らない人と話すことに抵抗が生まれる。


「それじゃあ、またね」


 それだけ言っていつものように部屋に帰ろうと思った。

 けれど、その日は違った。


「あ、今日は、その、ごめん。今日は部屋で食べようと思って」

「……ぇ」


 思わず声が出た。

 彼女がそんなことを言うとは思わなかったから。


「そう? けど、なんで……あー、そういうこと?」

「えー、一緒に食べようよー! いっ、ちょっと何するの?」

「邪魔は良くない」

「邪魔? 私の何が邪魔だって、ちょっ、引っ張らないでよー!」


 ラヒーナを誘いに来た彼女たちはじゃれあいながら、どこかへと消えた。

 軽く手を振りながらそれを見送るラヒーナはどこか晴れやかな顔をしていた。


「え、よ、よかったの?」


 そう聞く私の顔はよほど間抜けだったのだろう。

 彼女はくすっと笑って、私の手を取る。


「ほら、行こ」


 未だに驚愕が抜けない私をよそに彼女はどんどん進んでいく。

 それに連れられながら、どうしてと思った。


 いつものラヒーナならあんなことは言わないはずなのに。いつもなら、ラヒーナは誘いに来た彼女たちの言葉を断れない。なのに、どうして。

 その答えが出ないうちに、私たちは部屋で味のしない固形食を食べる。

 いつもと同じ固形食なのに、なぜか。

 なぜだか、いつもより少しおいしくて。

 そう、いつもより甘く感じて。


「味、しないね」

「まぁ、そういうもんだから」


 赤い髪を揺らしながら、空を眺めるラヒーナとそんな話をする。

 夜空の星の小さな光が私たちを照らす。

 あの星たちを見ていると、なんだかこの戦争へ向かう日常も小さなものに思える。その感覚が好き。けれど、今日は隣にラヒーナがいる。なんだかずいぶん久しぶりな気がする。


「ねぇ、覚えてる?」

「ん?」

「私たちの星座」


 これまた随分と懐かしいものを。

 昔はよくラヒーナと空を見上げた。その時に星と星をつなげて、繋げて生まれたその形に名前を付けた。後に、星座というものを本か何かで知ったけれど、私たちにとってはその並びこそが、私たちにとっての星座だった。


「あれが攻撃魔法で、あっちが回復魔法」

「あの辺はたしか、冷凍魔法……いや、熱魔法だっけ」


 まるで子供の頃に戻ったのようだった。

 まだ戦場のことを何も知らないあの頃に。

 過去の想起のなつかしさに浸る。


 そして夜は明けて、何度か日が昇っても違和感は続く。

 一緒に勉強をしたりするのはいつも通りだけれど、前に比べていつも私の近くにいるようになった気がする。かといって他の友達との関係が悪くなったわけではなさそう。

 一体何がラヒーナに会ったのだろう。


 休日も、彼女は私についてきた。

 いつもなら、友達に呼ばれてどこかへと行くのに。


「今日は予定ないんだ。珍しいね」

「うん」


 絶対嘘だ。いや、嘘ではないんだろうけれど、予定はあったはずだ。けれど、無くしている。

 このまえ、実技演習の時に誘われているを見た。

 予定がないというのなら、断ったのだろう。

 どうしてそんなことを。


「いつもはルミリアはどうしてるの?」

「うーん、まぁ、その辺を散歩? みたいな」


 散歩というほどいろんなところを歩くわけじゃないけれど。

 ただなんとなくどこかで空や人を眺めることが多い気がする。

 けれど、今日はあの日記を読もうかとおもっていた。でも、ラヒーナがここにいるなら読むことはできない。あの日記の内容がどんなものかはわからないけれど、多分内容を知るだけで危ないものだろうから。


「……一緒に行く?」

「うん!」


 まぁ別に日記なんてまた今度読めばいい。

 それよりもこんな風に休日をラヒーナと過ごせるのは随分と久しぶりな気がする。それがなんだか嬉しい。


 喧騒に包まれた廊下を進み、人気の少ない高台を目指す。

 この場所は私の良く来る場所の1つ。狭い階段をゆっくりと登っていく。たまに人がいるときもあるけれど、そこまで気にならないぐらいには頂上の階は広い。


「ここ?」

「なんだか静かで、全部から離れられてる気がして好きなんだよね。ここ」


 ラヒーナが窓から少し身を乗り出して外を眺める。

 私も下を見る。いろんな人が下で動いている。遊んでいる人。外で本を読む人。友達と話す人。


 ふと夜空を見上げるラヒーナの横顔を盗み見る。

 この前言われた私が特別であるという言葉が何なのか、私はいまだによくわかっていない。特別。特別とは何だろう。何が特別なんだろう。

 魔法のこと?


 私の魔法は身体を治すという面だけ見れば能力は高いかもしれないけれど、限定的に時間を戻す魔法なら多種多様なものを聞いたことがある。私たちの世代は時間系や空間系魔法の人ばかりだったから、何人かは時間を戻せるらしい。

 もちろん何かしらの制約があるんだろうし、魔力消費も大きいんだろうけれど、私だけが特別なわけじゃない。


 いったい、ラヒーナは私の何を特別だといったのだろう?


「ん、どうしたの?」


 いつのまにか横顔をあからさまに見すぎたせいか彼女がこちらに視線移す。

 さっきの疑問の答えは彼女に聞けばわかるのだろうか。


「ぁ、いや……何が、特別なのかなと思って」

「……え? あー、えっとね。それは……ぅう」


 そう問うと、ラヒーナはあからさまに狼狽してもじもじとし始める。

 答えずらい質問だったかもしれないと思って口を開きかけたところで、彼女の言葉が流れ始める。


「そ、そうだね。なんていうんだろう。何がとかじゃなくて、ルミリアは私にとってみんなとは違うってことだよ」

「違う? そうかな……」


 そんなに違いがあるようには思えないけれど。

 そりゃ魔法使いとしての才能で有れば大きく違う人も多いけれど、私はそこまで劣っているわけでも優れているわけでもない。ただの魔法使いのはずなんだけど。


「私にとってはね。ルミリアが、そう、一番大切。もちろんキラリとかリッタとかのことが嫌いなわけじゃないよ? でも、ルミリアが一番大切なんだよ」


 キラリやリッタというのが誰かはわからないけれど、きっといつも食事を誘いに来る人たちの名前だろう。あの子たちもラヒーナの友達なはずだけれど、彼女達よりも私が大切……


「だから、助けに来てくれたの?」

「そう、だね。きっと他の人ならあんなことしなかったと思う」


 そう語るラヒーナの頬は赤く染まっている。

 恥ずかしいのだろうか。うん。確かに相当恥ずかしいことを言わせているかもしれない。けれど、嬉しい。彼女にそう言われるのは。

 なぜかは、よくわからないけれど。


「ありがとう。教えてくれて」

「ううん……私も、言えてよかった」


 逆に私はラヒーナのことが特別なのだろうか。

 私は話す人がいないから比較対象もいない。でも、それなら。


「そっか……私もラヒーナが一番大切なんだ……」

「ぇ。え!? ぁ、うぃ」

「大丈夫?」


 私のつぶやきにラヒーナが大げさに反応する。

 そこまで驚くことだろうか。私にはほかに友達もいない……わけじゃないか。ネイリも友達言えばそうなのかもしれない。まだあの戦場でしか話したことはないけれど。


「あ、え、ほんと? ルミリアも、わ。私。を」

「その、いったん落ち着いたら?」


 慌てる彼女は呂律すら怪しくて、明らかな動揺が見える。

 そんなに驚かれると、なんだか私がラヒーナになにも思っていなかったと思われていたようでちょっと心外ではある。まぁ、彼女の言葉がなければ、彼女が特別かどうかなんて考えようとすらしていなかっただろうけど。


「ほんとにうれしい……!」

「そ、そう?」

「うん!」


 それからのラヒーナは普段の数倍は上機嫌だった。

 多分私が落ち着かせなければ、廊下で踊りだしそうな勢いだった。

 そしてそのまま次の日戦場へと行った。

 その招集は戦術価値上位3割ぐらいだけが呼ばれる特殊作戦のようなもので、私は詳しくは知らないし、知らされない。


 もちろん私は関係なくて、ただいつものように授業を受ける。

 いつも通りなら数日で帰ってくる。帰ってくると、私は何の疑問もなく思っていた。


 でも。

 いくら待っても。

 彼女が私たちの部屋の扉を開けることはなかった。

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