第11話 ぎ

 最初はついに幻覚が見えたのかと思った。

 色々とおかしいところだらけだったから。


 まずラヒーナが増援に来るなんてあり得ない。彼女は今、もっと重要な戦線にいるはずなのに。

 それに増援が来るのが早すぎる。腕輪状の端末にはまだ70秒程度しか経ってないことが書かれている。最低でも200秒はかかると思っていたのに。


 そんな疑問をよそに、周囲に魔力反応が現れる。

 その魔導兵は、綺麗な円のような姿をしていた。その円で私達を取り囲み、何があっても私たちを逃す気はないように見える。


「ちょっと待ってて、今終わらせるから」


 明らかに上位魔導兵であるあれを相手にしても、ラヒーナの言葉に恐れはない。魔導兵を見つめるラヒーナはいつになく真剣かつ恐ろしい顔をしていた。


 そこからは一瞬の出来事だった。本当は夢なんじゃないかと思うぐらい呆気なく、あり得ない光景が広がっていた。

 彼女の魔力が高まったかと思えば、上位魔導兵の綺麗な円形の一部が消滅する。いや、上書きされた。それからも焦ったように増える魔導兵をすべて撃破した。その中にはもう何体か上位魔導兵も混ざっていたいように見えたけれど、彼女にとってはあまり関係ないらしい。


「この辺の魔導兵が弱くて助かったよ」


 倒した後にラヒーナはそう言った。

 彼女曰く、上位魔導兵の強さは振れが激しいらしい。


 それから彼女に魔力瓶を貰い多少魔力が回復し、戦線を離脱した。この離脱も、そう簡単にはいかないと思っていたけれど、ラヒーナが1人で前にいる魔導兵を蹴散らし、私はそれについていくだけでよかった。


「ありがとう。助けてくれて」

「ううん。全然。ルミリアが無事でよかったよ」

「でも、なんでここに? 持ち場はこのあたりじゃないでしょ?」


 それが疑問だった。

 ラヒーナぐらいの戦術価値の人なら、もっと重要な戦場に振り分けられているはず。それに1人だというのも変だと思う。彼女にも部隊があって、まさかその全員が死んでしまったということもないはずだし。


「あー、それはまぁ、ちょっと我儘言って探しに来たの。焦ったよ。ルミリアが行方不明だってきいて」

「え」

「だけど、本当に良かったぁ。ルミリアがここまで来てくれてなかったら、応援要請があっても、もっと時間がかかっただろうし」


 そう語るラヒーナはとてもほっとした顔をしていたけれど、私はそれどころじゃなかった。彼女の言葉が、理解できなくて。いや理解はできる。

 それならつまりラヒーナがここにいるのは。


「ちょ、ちょっとまって?」

「うん」

「ラヒーナは私を探しに来たの?」

「……うん」

「私の、ためってこと? 私を探すためだけに?」

「そう、なるかな」

「そ、」


 声が出なくなる。困惑が私を包んで、何を言えばいいのかわからなくなる。

 いくらラヒーナが強いからと言ってそんな勝手な我儘を通すのはとても苦労したはず。それに私が行方不明になったことだって、私と同じ部隊の人に聞くでもしない限り、知ることはできないはずなのに。

 普段からもっと上層部の人だけが見れる行方不明者表みたいなものを見ていたのだろうか。私を助けに来るためだけのために。


「……ありがとう」


 それ以外に言葉は出なかった。

 きっとラヒーナが欠けたから苦労する場所がある。彼女を振り回したことがどれぐらい戦場に影響を与えるかはわからないけれど、私達が死ぬよりも数百倍は大きな影響を与えるはずなのに。


 彼女がそんなことをするのは自分勝手だと思う。

 でも、私は彼女に何かを言える立場じゃない。だって、私はそんな彼女に助けられたんだから。もしも他の誰かが彼女を責めて悪者にしても、私だけは味方でいなきゃいけない。


 一時拠点に戻り、一息ついたらラヒーナはすぐにどこかに行ってしまった。きっと元々配属された場所へと戻ったのだろう。もってきた鞄や水筒は没収されてしまったが、日記だけは取られないように隠した。


 きっとこれが持っていることが知られれば、私もただでは済まないだろう。私達、魔法使いに指示を出している誰かが、魔導兵の裏に人がいることを知らないわけがない。なのにそれを伝えないってことは隠したいってことだろうから。


 持っているだけで危ない。

 それはわかっているのに、私は好奇心が抑えられない。けれど、今はもう疲れた。ネイリも他の回復魔法の使い手に任せたし。


「はぁ……」


 一時拠点の一角の堅い寝床に身体を横たわせる。

 横になると、さすがにこの13日間の精神的な疲労のせいか、すぐに眠りについた。久々に多少安心して眠ることができた気がする。





 それから2か月後の撤退まで、私が敵と接敵することはなかった。

 私と同じ拠点から出た部隊のほとんどが半壊状態で、すべて合わせても最初にいた人の7割程度しか残っていなかった。そんなんじゃ当初予定していたほどの戦線は維持できるわけがない。

 だからなのか、拠点防衛用の魔法生物を使い防衛に徹するということになった。なったけれど、あれから魔導兵の攻撃はぴたりと静まった。時折、感知系の人たちが観測用魔導兵が来たと報告するぐらいで、私が何かをすることはなかった。

 そのまま他の施設の人たちが来て、彼女達に引き継いで、私たちは自分たちの施設に戻る。


「ルミリア! 久しぶり、ただいま」

「おかえり。ラヒーナ」


 ラヒーナはいつも通り少し変えるのが遅れるかと思ったけれど、思ったよりもすぐに帰ってきて驚いた。


「あの、大丈夫だった? 私を助けに来て、その」

「あー、うん。大丈夫だったよ。特に怒られなかったし」


 そう語るラヒーナに不審な点はない。

 けれど、何もなかったとは思えない。

 その証拠に今日はお菓子を持ってはいない。これだけ大きな戦場から帰ってきた後は大抵もらってきていたのに。


「そ、っか。なら、良かったよ」


 けれど、それに私は触れられない。

 私は助けられた側で、彼女のその優しさに甘えることしかできない。


「あれから危ないことなかった?」

「大丈夫だったよ。それどころか魔導兵すらほとんど来なかったかな」


 ほとんど敵が来なかった原因はラヒーナにあるんじゃないかと少し思わないでもない。あの場所であれだけ暴れたら、敵も不用意に手は出しにくいだろう。逆に言えば、次に魔導兵たちが攻めてくるときは、かなりの戦力を用意してくるだろうから、その時のことは考えたくもない。

 いや、すでにその時は来ていて、今あの戦場にいる魔法使いたちは苦労しているっかもしれない。けれど私にできることはない。ただ少し願うことぐらい。


「良かった。あの時は本当に心配したよ。生きた心地がしなかった」

「それは」


 言いすぎじゃない? そう思ったけれど、正直彼女の行った行動は魔法使いとしてはありえない。それこそ普段の真面目な彼女からは想像できないくらいまともではない行動だった。


「どうして、そんなに? 私の時だけ……」


 思わず聞いてしまった。

 今までもラヒーナにはたくさんの友達がいて、いつもラヒーナの周りにいた人がいつのまにかいなくなっていたことは一度や二度じゃない。彼女達もどこかの戦場で死んでしまったはずなのに、そのためにラヒーナが動いたことを聞いたことはない。

 流石にそんなことがあれば、いくら私の交友関係が細いからって噂ぐらいは耳に入ってくるはずだから。


「それはね。それは、ルミリアが特別だから」


 そう言う彼女の目は熱く燃えているように見えた。

 その言葉に私は答える言葉を探す。けれど、私の中にはなくて。


「うん、それだけ。おやすみ、ルミリア」

「あっ……おやすみ……」


 彼女は私の言葉を聞くよりも先に布団の中へと消えた。

 私は何も言えない。


 ラヒーナの言葉が思考の中で反芻する。

 でも、彼女が何を言いたかったのか、私にはわからなかった。

 私の何が特別だというんだろう。何も変わらないのに。むしろ他の魔法使いたちのほうがずっと唯一性は高いはずなのに。

 けど、その言葉がずっと残っていた。これを流してしまうのは、とてもよくない気がして。

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