第10話 む

 水筒を手に入れてからの道のりは想像よりも順調だった。時折現れる魔導兵も隠れていれば見つかることはない……というよりも見つかれば終わりだから祈るしかないというのが実情だけれど。この辺の魔力濃度が高いおかげで多少の誤魔化しが効いているのかもしれない。


 けれど順調といっても、道のりは長く、飛行魔法を封じられた私達には辛い。いくら歩いても、建物が立ち並んだ同じような景色が続く。


 いつからか地下の空間も終わり、私達は崩れた建物の影に潜みながら進んでいた。地上を歩くのは恐ろしい。地下でも聞こえた魔導兵達の音がより鮮明に聞こえるし、空にも時折魔導兵が通っていく。


 魔導兵が道を封鎖していれば、来た道を引き返す。ネイリの印のおかげで、前いた場所が安全かどうかの確認はすぐにできた。今のところ印が除去されたことはない。


「今日は、ここまでにしようか」


 今日でこの生活も13日目。

 そろそろ食料を得ないとまずい。かといってこの辺に食べれそうなものは何もないけれど。


「はい、先輩」


 その返答に引っ掛かりを覚えて、座り込むネイリに問いかける。


「ねぇ、あのさ……その、先輩? って何?」


 この前も一度呼ばれたような気がするけれど、なんだかむず痒い。下の年齢の人と話したことなんてほとんどないからかもしれないけれど、みんなそんな風に呼ぶのだろうか。

 私なら上の人をそういう風には言わないけれど。


「……? だって先輩は、先輩ですよね?」

「そうだけど……そうだけどさ」

「嫌、ですか?」


 嫌かと問われるとそういうわけではない。

 ただなんとなく、変な感じがするというだけで。


「まぁいっか。それじゃあおやすみ。私が先に見張りするよ」


 まだ日は登り始めたばかりだけれど、私達は休憩に入る。

 私達は外に出てからは、夜に移動し、昼に寝る生活に変えた。身体強化があれば暗闇はそれほど苦にならないことと、暗い方が見つかりにくいことを期待して。魔力感知が主体の魔導兵に効果があるのかはわからないけれど。


「すいません毎回……」

「別に交代でするんだから良いって、もう寝なよ」


 ネイリが硬い瓦礫の隅でうずくまる。

 硬すぎて横になるのは難しい。柔らかい毛布とかももってきた方が良かったかもしれないけれど、流石にそんなものを持ち運べるほど鞄に余裕はない。


 余裕はないというのに私の鞄には余計なものが入っている。

 それは多分日記のようなもので、あの時の私は好奇心を抑えられなかった。たくさんの違和感を繋げたくて、少しでもその正体を知りたくてとってきてしまった。すこし覗いた程度で、じっくり読む機会はまだない。


 ネイリが寝ている間の見張り番と言っても、周囲に魔導兵の反応が現れたり、変な音がしたりしないかと言った程度で、特にすることはない。

 静かな空間の中に時折ほんの小さな泣き声が聞こえることがある。最初は何の音かと驚いたけれど、それがネイリの泣き声だと気づくのにそう時間はかからなかった。


 彼女に泣くなというのは酷な話だろう。

 ネイリはこれが初めての戦場で、初めて友達を失って、初めて死にそうになっているのだから。

 そんな彼女に私はかける言葉を持たない。何も言えない。

 ラヒーナなら、何か言えたのかな。


「先輩、そろそろ代わります」


 時期に時間は過ぎて、日が頂上に到達した頃、ネイリが目を開ける。眠れたかどうかはわからないけれど。


「うん。おねが」


 お願いね。そう言おうとした。

 けれどそれは言葉にならない。

 声が出ない。

 それどころか身体が宙に浮いている感覚がして、全身痛みが走る。


「先輩っ!」


 ネイリの悲痛な叫び声がする。

 そして痛みと共に声が出ない原因を理解する。

 どこかからか攻撃をもらった。


 瞬時に固有魔法を構築し、時間を回帰する。

 気を失いそうなほどの強烈な痛みは、最初からなかったかのように消え去り、息が喉を通るようになる。


「どこ、から」


 倒れた体に力を込め、立ち上がると共に周囲を見渡す。攻撃をされたのに、魔力反応はない。隠密性の高い機体だったとしても攻撃した瞬間くらいは魔力反応が現れるはず。


「また……」


 逡巡を終えて、答えに辿り着く。

 狙撃型魔導兵。

 私達がこうなった原因。


「どこからか見えた?」

「ぁ、あぅ、わかりません……!」


 それならあまり外に長居はしない方がいい。どこかに隠れて……いや、隠れたところで意味はない。狙撃魔導兵が単独で撃ってきたなら隠れればある程度は時間を稼げるだろうけれど、どうせもう周囲に魔導兵は近づいてきているはず。

 それなら、下手に隠れて包囲されるよりは。


「飛ぶよ!」

「は、はい!」


 ネイリの手を握り、飛行魔法を起動する。随分と久しぶりな気がする。

 彼女も突然のことに驚いていたようだけれど、すぐに飛行魔法を安定させ、空へと加速する。


 それと同時に狙撃の第二射が私の横をかすめる。

 狙撃は恐ろしいが、回避運動をすればそう簡単に当たるものじゃない。


「躱せる?」

「大丈夫です!」


 少し不安そうにネイリは答える。まぁでも、これに関しては私もあんまり助けられることはない。私も回避運動は苦手だし、練習ではうまくいかないことも多い。

 ラヒーナに聞いたら、敵が撃ってきそうだったら動きを変えればいいんだよ、と言っていたけれど、そんな簡単に敵が撃ってくる瞬間なんてわかるわけがない。


「前に敵です!」


 その言葉と同時に突如強い魔力反応が出現する。

 この濃い魔力濃度の中で半休眠状態でいることで、私たちの魔力感知を回避し、待ち伏せしていた。


 数は4機のみ。私達の逃げ道を囲むように現れる。

 数が少ないのは幸運だけれど、私たちの力じゃ1機を撃破するにも苦戦するだろう。私達には攻撃役がいない。もちろん、私たちも杖に刻まれた攻撃魔法は使えるけれど、これで魔導兵の魔力障壁や装甲を貫くのはかなり難しい。貫通できたとしても、それで倒せるのかはまた別の話ではあるし。


 だけれど、魔導兵に見つかったからこそ使えるものもある。


「緊急通信、こちら魔法使い2人、座標は68区間、330の520。救援を要請する!」


 同じ言葉をもう一度話す。

 これは遠距離用通信機、遠くの私たちの一時拠点へと繋がる。

 これを使えば、確実に魔導兵たちに見つかるけれど、すでに見つかっているなら使わない手はない。


「りょ……し……ぞう、んまで……ごびょ」

「くそ、接続が悪い……」


 ここからじゃ一時拠点まで遠すぎるか。それとも、一時拠点が下がったのか。

 どちらにせよ声があまり聞こえない。

 けれど、かすかに増援という言葉は聞こえた。

 本当に増援が来るのだろうか。だって、今私たちのいるここは魔導兵たちの支配下にある。ここにくるなら、魔導兵の作る前線を突破し、ここまで来たうえで帰らなくちゃいけない。そんな危険を冒してくれるのだろうか。


「先輩!」

「わっ」


 ネイリが私の背中を押す。すると、さっきまで私のいた場所に魔力弾が通り過ぎる。間一髪だった。ネイリが押してくれなければ私は大きな負傷をしていただろう。


「ありがと、ごめん」

「いえ、次、来ますよ!」


 その言葉で気持ちを切り替える。

 援軍が来るかはわからない。わからないけれど、今の私たちにできることはここで耐えることだけ。最低でも200秒。もしも全速力で一時拠点から飛ばしてきてもそれぐらいはかかるだろうから。


 200秒。普段ならそこまで長くない時間も、今は果てしなく遠い。絶え間ない攻撃の一瞬の隙に端末を見ても、時間は遅遅として進まない。

 声を出す暇もなかった。魔導兵たちの波状攻撃は、私たちを着実に削り取っていく。決して無理はしてこない。敵は私たちに逆転の目を与える気はない。


「く、そ」


 まだ30秒。それなのに魔力はもう半分以上使ってしまっている。身体から力が抜けていくのが分かる。けれど、これ以上防御魔法を緩めるわけにはいかない。

 背中にいるネイリのほうをちらりと見る。ネイリは私よりもまずい状況に見える。魔力総量はそう変わらないはずだけれど、状況が良くない。

 初めての戦場で、初めて友達が死んだ次の戦闘、そして長い間恐怖さらされてきた思考。そんな状況じゃそう上手くはいかないことは自明でしかない。


 そして次の魔砲が放たれ、防御魔法を展開しようとしたとき、ネイリはその展開に失敗した。彼女の意識が途切れ、飛行魔法の制御を失い、落下していくのが見える。


「ネイリ!」


 その瞬間、私は防御魔法の展開をやめ、飛行魔法へと魔力を注ぐ。一気に加速し、彼女へと追いつくと同時に、身体強化の段階を上げ、ネイリの身体を持ち上げる。

 こんなに大量の魔法を使えば、私程度の演算領域では苦しい。すぐに身体が悲鳴を上げ、疲労と苦痛が襲い来る。かといって、魔法を緩めるわけにはいかない。身体強化はネイリをつかむのと、魔導兵たちの動きを見るために、飛行魔法は回避のために。


 このままだと私はあと数十秒で魔力切れ。

 身体強化の負担が大きいことはわかっている。筋力の強化はあまり得意じゃない。

 だから、ネイリを見捨てれば、まだもう少し粘れることは。

 でも、私はそれをしない。


 魔力弾の雨をかいくぐる。けれど、そう上手くはいかない。

 もともと4機相手の弾幕を躱せるほどの技量なんてないし、誰かを持っていればそれはさらに難しくなる。そして、私は忘れていた。


 狙撃型魔導兵の魔力弾に気づけたのは幸運だった。けれど、高速で飛来するそれを躱すほどの余力はなくて、身をよじり、ネイリを守ることが限界だった。

 右半身が持っていかれ、痛みと熱があふれ出す。それと同時に回復魔法を起動する。まだその分の魔力が残っているかは賭けのようなものだったけれど、なんとか回復魔法は起動し、私の身体を回帰する。

 けれど、これでまた魔力は減った。もう、飛行魔法で最高速を維持するのは難しい。このまま追撃を避けられずに死ぬ。そう、単純に冷静に考えた。


 けれど、いつまでたっても追撃はなくて。

 気づけば、周囲の魔導兵は地に落ちていた。


「え……」

「ルミリア! 大丈夫!?」


 聞こえるはずのない声が聞こえる。


「らひ、な」


 そこには1人で空に浮かぶラヒーナの姿が見えた。

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