第9話 ょ

「水、水ですよ……!」

「ほ、ほんとだ……よかった……」


 地下を歩く私たちは、たまに現れる魔導兵たちに怯えながら、少しずつ前進していた。やっぱり問題は水で、簡単に水は見つからない。

 最初の水場から離れてから、もう3日。あの時の判断は間違っていたかもしれないと思ったけれど、次の水場が現れた。


「瓶みたいなものがあれば……」


 喜びもつかの間、手早く給水を終え、地下の隅で私達は縮こまる。


「そうですね。やっぱり、取りに行きますか?」


 この話はネイリと何回か検討した。

 水筒みたいなものは、この上の建物にいけばあるかもしれない。

 危険すぎる。私たちがこうなる原因を作ったあの魔導兵のような隠れている魔導兵がいるかもしれない。それはわかってる。でも嫌だ。嫌だけれど。


 少し目を閉じて、心を決める。


「私、行ってくるよ。ネイリはどこかに隠れておいて」


 行かないと、この旅路は不安定すぎる。

 それを聞いてネイリは焦ったように私を引き留める。

 

「そ、そんなの、だめですよ……! それなら、私が」

「ううん。私のほうがいいよ。回復魔法もあるから、最悪1人だけなら逃げ切れるし」


 これは半分嘘。回復魔法で傷は癒せるけれど、追撃を喰らうだろう。ここに落ちてきた時のようにたまたま追撃が来ないような幸運は何回もないだろうから。そうなれば、いずれ私は魔力を使い切ることになる。


 それでも一人の方が良いと思った。ラヒーナの言葉に当てられたというのもあるけれど、私が不安だからという理由でいたずらにお互いの生存率を下げるわけにもいかない。


「なら、印を、印だけでもつけていってください。それなら、どうなってるかわかりますから。どこに逃げていても、ついていきますから」

「そうだね。そうしたほうがいいか」


 ネイリが心配そうな表情とともに私に魔力で印をつける。

 その表情には不安や恐怖も当然ながら含まれている。


「一応通信機は繋げておくけど、最低限ね」

「はい」


 魔力反応は小さいけれど、危険は避けるに越したことない。


「それと最悪、私が死んだら……」

「その話はしないでください」

「そう?」

「はい」


 まぁ、きっと何とかするだろう。仮に私が魔動兵に補足されても、私を助けに来るほど戦力差が分からないわけじゃないはずだし。


「じゃあ、行ってくるね」


 私の言葉に頷いたのを確認して、近くの階段へと歩いていく。

 この地下は広くなったり、狭くなったり、様々な形の場所があるみたいだけれど、狭くて細い通路のような場所には扉がついていて、そこから上に行く階段がある。これに登れば上に行けるのは確認済み。


 ここからは完全に魔導兵達の領域を歩くことになる。しかも一人で。そして、助けはない。

 もしも何か装備を建物に取りに行くとなれば、私が行く方が良いというのはわかっていた。けれど、独りで敵地の中にいるほど恐ろしいものもない。だから、嫌だった。嫌だけれど、これをしないと私たちの生存率は大きく下がることになる。


 扉を開けた先は、ちょうど建物と建物の間だった。

 私は慎重に扉を閉めて、近くに魔導兵がいないことを確認してから、建物の中に入る。


 建物の中は施設の居住区とあまり変わらない。長い通路と部屋がたくさんある階層が上まで続いている。ここもきっと昔は居住区だったんだろう。


 とりあえず近くの部屋の扉に手をかける。

 鈍い音を立てながら、扉が開く。

 部屋に魔導兵がいなくて、ほっとしつつ一歩足を踏み入れる。


 部屋は私たちのものとそう変わりはしないと思っていた。けれど、その場所は全然違う。様々なものが置いてあって、私がほとんど見たこともないようなものばかり。贈り物として何度か見たことのあるものならある。


 これは、ぬいぐるみ。もふもふしている。よく贈り物としてもらう人が多い。私は持ってないけれど、ラヒーナは1つ持っている。

 その隣には本。たくさんの文字が書かれている。題名は……読めない。知らない単語ばかり。私たちと同じ文字を使っているようだけれど、知らない単語が多い。

 そして、これは……たしか写真というやつ。ほとんど見たことないし、持っている魔法使いも少ないはず。景色を絵に変える写真機で作るものだったはず。


 けど、写っているのは何だろう。これは、何? 

 場所はどこかの公園のようだけれど、写っているのは人によく似た何かだった。その写真には2人、それを人と言っていいのかわからないけれど、とにかく2人写っていて、片方は背中を曲げ、顔にはしわがたくさんあり、手足は細くなっている。もう片方は、頭と体の肉体の大きさの比がおかしい。頭が大きすぎる……いや、身体が小さすぎるのか。


 これが、ここに住んでいた人……なの?

 部屋をよく見たら、なんだか物の縮尺がおかしい。寝床や椅子や机。きっとこの身体の小さな人の部屋だったんだろうけれど……


「違う」


 口の中で呟いて、当初の目的を思い出す。

 この違和感は気になる。きっと今までずっと疑問だったことの答えが近くにある気がする。戦場で死んだわけでもないのに、消えてしまう魔法使いの答えが。


 でも、今は一刻も早く水の入るものを見つけて、ここを脱出しないと。

 幸い探し始めれば見つかるの早かった。3つの部屋を巡れば、瓶2本とそれを入れるための鞄は手に入った。さらに必要そうなものを入れていく。


「隊長! 待ってくださいよ!」


 背筋に悪寒が走る。遠くに聞こえる知らない声。

 人の声。人の声だけれど、そこには小さいけれど魔導兵と似たような反応を感じる。まさか人の声に擬態する魔導兵なんてものがいるなんて。


 焦って逃げようとする心を落ち着ける。

 まだ声は遠い。この辺に魔法使いがいる疑いは持っているのかもしれないけれど、正確な場所まではわからないはず。この部屋でおとなしくしていればばれる可能性は限りなく低いはず。


 恐怖で泣きたくなるのを抑え、声を殺す。次第に人の声は近づいてくる。

 声の主は道を歩いてきているようで、この場所からなら影で様子を見れる。


「ぇ……?」


 その影を補足した瞬間、私は思わず声が漏れそうになった。

 その影はどうみても人の影だった。けれど、隣に魔導兵の反応もある。魔導兵と協力している人間。


「なんつーか、珍しいっすね。隊長が、休憩時間にどこかを出歩くなんて」

「まぁ、そうだな。少し、思うところがあってな」


 その人影は2人で、声からして男女の二人組。隊長と呼ばれている方が女。

 男なんて、久しぶりに見た。魔法使いは、男と女で別の施設に振り分けられるから、施設同士が合流する戦場でなければ会うことはないし、会っても別の戦線で戦うことになるから話したことなんてない。

 そんな的外れなことを考えながら、私は呆けていた。多分、軽い現実逃避のようなものだったんだろう。


「故郷っすか?」

「母のな。それより戦闘機の準備は大丈夫か?」

「大丈夫っすよ。ちゃんと補充されていることを確認済みっす。ですけど、こんな時ぐらい仕事の話はやめてくださいよ」

「そう、だな。すまない」


 影はそのまま、私のいる建物を通り過ぎ、完全に声も聞こえなくなる。

 けれど、しばらく私はそこから動けなかった。


 まるで彼らは魔導兵を従えていた。

 私達、魔法使いは、人のために戦っていたはずなのに。もしかして、戦っていた魔導兵の裏には人がいたの? そしたら、どうして、何のために私たちは。

 やっぱり、人は魔法使いたちには何かを隠してる。それがどこでいつだれが隠されたものかはわからないけれど、たくさんの嘘がある。隠している者達がいる。


 消えてしまった彼女達も、それの影響を受けたのだろうか。恐ろしい。この情報を、私は胸の内にしまうことを決めた。

 これはきっと話せば話すだけ危険が広がる。命の危険を冒してまで、私は秘密を暴きたくはない。ここまでたくさんの情報を隠しているなら、私を殺したことぐらい簡単に隠せるだろうから。


 それに私達が頑張って秘密を暴いても、きっと何も変わらない。変えられない。だから、諦めて忘れなきゃ。忘れて、それよりも今は。


 それよりも今はまず、これを持ち帰る。

 それだけを考えていればいい。


 周囲に魔導兵の気配はない。けれど、最大限の警戒をしながら、来た道を帰る。

 幸い何事もなく、無事に帰ることができた。


「先輩……!」 


 私を出迎えてくれたネイリは恐怖のせいか半分泣きそうだった。

 その顔を見ながら、私はなんだか、またさっきのことに出来事に思考を思い寄せてしまっていた。さっき忘れようと思ったはずなのに。

 気になって仕方がない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る