第8話 き
失敗した。
狙撃型の魔導兵を見つけたことも、あの子が狙われているとわかったことも、助けられると思ったことも。全部失敗した。
どこかで踏みとどまっていれば、こんなことにならずに済んだのに。
「いたい……」
気が飛びそうになっていたところを無理やり起こして、必死に魔力を練る。狙撃と落下の影響で私の身体は酷い状態で、腹に風穴が空いているし、脚は焼き切れ原形
痛みの中で魔力を練るのは難しい。でも、固有魔法ならもう何度も練ってきた。私に1番馴染んでいる魔法。痛みぐらいでは邪魔されない。全身を対象に魔法をかける。
魔法が過去の私の情報へと、私の肉体を復元していく。全身の過去回帰が終わり、身体を起こす。
記憶は……ある程度連続性を保っている。いつも通り。全身の過去回帰でも私の記憶は保持される。多分それは魔法自体が私の記憶を持ってくれてるんじゃないかと思ってる。
辺りを軽く見渡して、安堵する。
落ちた場所は、ちょうど道が陥没していたようで、魔導兵達が追撃の来る様子はない。けれど様子見のための魔導兵が来ないとも限らない。
救助を待つなら、同じ場所にいたほうがいいのかもしれないけれど、きっとそれは期待できない。さっきまで一緒に戦っていた彼女達はすでに通信魔法の圏外へと消えている。私でもそうする。
遠隔用の通信機もあるけれど、魔力反応が強すぎて、今使えば上の魔導兵に袋叩きに会うだろうし、魔導兵が近くにいる間は使えないだろう。
名も知らない0歳の子を持ち上げ、瓦礫の影へと入っていく。ほとんど光のない暗闇だけれど、身体強化を視力に寄せればさほど問題にはならない。
この地下空間にはとりあえず敵の姿は見えない。けれど慎重に、魔力もほとんど出ないようにしながらゆっくりと進む。
「おも……」
最低限の身体強化では、人を1人運ぶことすら辛い。
どこかで一度落ち着かないと。
辺りを見渡し、近くにある小さな窪みに彼女を置く。こんな場所、安全とはほど遠いけれど、何もない場所よりはましだろう。最低限気休めぐらいの効果は……あるといいけれど。
「はぁ……」
思わず小さな溜息が漏れてしまう。
どうして私はこんなことになっているんだろうって。
こんな名前も覚えていない……いや、確かネイリみたいな感じだったっけ。彼女を助けるために、2人とも死にそうになってるのでは意味がない。
まぁもうやってしまったことは仕方ないけれど。
問題はいろいろある。考えないといけないことも。
そんなことが多すぎて、逆に私は何もしたくなくなってくる。そんなふうに悩んでいるうちに、0歳の子……多分ネイリが目を覚ます。
「ぅ……ここは……?」
「目が覚めた?」
「そうっ」
飛び起きて、今にも叫び出しそうな彼女の口を手で押さえる。これで喋れなくなるわけじゃないけれど、喋らないでほしいという意思は伝わる。
「静かに。まだ周りに敵がいるかもしれないから」
「は、はい」
彼女が起きたなら、そろそろ動ける。というか動かないとまずい。ここでずっと立ち止まっていても、救助が来るとは思えない。少なくとも隠れ家、食料と水ぐらいは見つけないと、私達に未来はない。
とりあえずは、できることを把握するところからかな。
それとも、励ましたり、慰めたりした方がいいのだろうか。
いや、それよりは指示を出すことか。今の私たちで、指示役となるのは私だろうから。指示役が判断に迷っていてはいけない。
「ここはさっきまでいた戦場の地下。私達は魔導兵に落とされた。怪我は私が治したけれど、多分救援は当分来ないと思う」
というか多分もう死んでしまったと思われてそう。実際そうなる可能性が高いのだし。
「そう……なんですね。やっぱり、本当のこと……」
彼女の瞳に雫が溜まる。けれど、ネイリはすぐに涙を手で拭い、私を何かに満ちた目でみる。私の知らない感情で満ちた目で。
多分それは覚悟とか決意とかそういうもので。
「これからどうしたらいいですか」
「あの……ネイリ、だよね? ネイリは何ができる?」
半分うろ覚えの名前だったけれど、幸運にも正解したようで、名前を訂正されることはなかった。名前を間違えると、なんとなく関係が悪くなるような感じがして困る。別に私にそんな意図はないのに。
「感知系です。印をつけた場所の様子がわかります。だから、その、あんまり良くないかもしれなくて」
「そう?」
「だ、だって一度至近距離で印をつけないといけませんから……」
まぁ、そうかもしれないけど、思っていたよりは強力な魔法でびっくりした。至近距離で印をつけないといけないという要素さえなければ、もっと上位の部隊や役職についていただろう。
「いい魔法だね。私は回復系。傷を治せるだけだから」
「い、いえ……素晴らしい魔法です」
こちらも固有魔法を開示しておこうと話した途端、ネイリは食い気味に私の魔法を褒めてくる。
「いや、だって射程も、魔力消費も」
「そんなことないです……! そのおかげで私は助かったんですし……」
そう? そうかなぁ……そんなことないと思うけれど。
まぁいいか。
「えっと、とりあえず今必要なのはネイリの魔法だね。印は最大何個まで置ける?」
「4つまでは問題ないですけど、それ以降は演算領域がちょっとしんどいです」
「そっか……とりあえず、ここに1つおこうか」
「わかりました」
彼女の魔力が揺らめき、複雑な紋様を描いた図形が地面に現れる。それは一瞬光ったと思えば、消えてゆく。
「できました。あとは魔力を流せば半径5メートルぐらいなら全部把握できます」
「すご……」
印は魔力を流さない限りほとんど見えないようで、設置するところを見ていた私でもよっぽど魔力感知を凝らさないと見えない。これなら魔導兵達にもばれることはないはず。
「まずは水だね」
この廃墟も昔は人々が水を使っていたはずだから、その名残がどこかにあればいいのだけれど。もしも水が見つかれば、5日は最悪生存できる。無理をすれば8日ぐらいは。けれど、緊急時のために魔力を残しておかないといけないから、実質的には3日程度が限界だろう。
地下をゆっくりと進む。
周囲に濃い魔力の気配はない。
でも、なんというか少しずつ魔力濃度が高くなっている気はする。全体的にこの場所は魔力濃度が高い。この程度じゃ私たち魔法使いには何も害はないけれど、普通の人が生きていくのはかなり難しいんじゃないだろうか。
幸いにも、地下は広く、敵はいない。
かなり魔力汚染が進んでいたけれど、水も発見した。水は変な色をしているけれど、多分、私たち魔法使いなら問題はない、はず。
「ここにも印、付けれる?」
「わかりました」
この場所が生命線になる。この場所にさえこれれば、食料がなくても、20日は大丈夫だろう。
「次は拠点、かな」
「はい。でも、住めそうな場所は魔導兵が潜んでるんじゃ?」
「そう、だよね……どうしよっか」
乾いた笑いとともにネイリに問いかけるしかなかった。
私が一応ここまで先導したけれど、元々私はこういう役は向いていない。
失望されるかと思ったけれど、彼女は少しの驚きの後に、案を出してくれる。
「やっぱり魔導兵がいなさそうな場所じゃないといけないですよね」
「うーん、そうなると……」
魔導兵がいない場所。魔導兵たちはどこにいるんだろう。
さっきは道と、建物の中に潜んでいた。地下には今のところは見えない。
けれど、地下にはいないと決めつけるのは早計が過ぎるように思う。
「あの、ここにいるっていうのはだめ、ですか?」
「ここに? それは……」
危険な気がする。この場所は開けすぎてる。遠くから補足されたときに私たちがそれに気づく術はない。隠れられる場所がないと。
それを理由に否定しようとして気づく。どうして私は、どこかに隠れようとしているんだろう。
「まって、あのさ、もしかして拠点なんていらないんじゃない?」
「え?」
「隠れる場所なんてあったって私たちは助からないよ。私たちが助かるにはきっと、自分たちから本陣に、みんなのところに近づくしかない」
この場所は魔導兵がいる場所として記録されるだろう。そして、さっきの戦闘で、私たちのいた部隊はほぼ壊滅した。他の部隊がどうなっているかはわからないけれど、さっきのような魔導兵ばかりなら、この場所に投入されている戦力的に戦線は下げざる負えないはず。
多分いつも通り、全体としては戦線を下げてでも、竜という強力な戦力で相手の本体を殲滅する作戦をとるはずだから。この場所は捨てられる。
「ここにまた魔法使いがくるまで生きていられるとは思えない。多分、それよりはきっと魔導兵が来る方が速いと思う」
この戦場は長くなる。きっと、終わりまで数カ月はかかるだろう。こんなにたくさんの施設が集まっているのは初めてだから、具体的にはわからないけれど。
「でも、隠れていれば、大丈夫かもしれませんよ」
「そう、だね。そうだけど、大丈夫じゃないかもしれない。結局危険なことには変わらない。そして、救助を待つより、本陣を目指す方が危険な時間は短いでしょ?」
「そう、ですけど……」
「だからさ、もう行ってみない?」
この判断があっているのかはわからない。
ネイリも悩んでいたようだけれど、最終的には一緒に来てくれた。
恐怖で変な判断をしているかもしれない。でも、それが一番良いって思った。
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