第7話 の
10日間ほど続いた試験は死者もなく終わり、その3日後に結果が端末へと送られてきた。結果といっても、書いてあるのは自分の結果だけで人の結果はわからない。
私の全体順位は286590位、前とほとんど変わらない。ラヒーナは前より少し上がって300位ぐらいだった。
試験から2度の戦闘を終えた頃、まだ0歳の子達が施設に来た。まだ人数も多い彼らは、最初の教室と宿舎以外何も知らない。両親との記憶ぐらいは残ってるのかもしれないけれど、半年もすればほとんど忘れてしまっている子が大体で、初めての外の世界に恐れる子、好奇心のままに駆け回る子、これからに期待を寄せる子。
みんな私達の世代にもいたような子ばかり。私も6年前はあそこにいた。次は彼女達との戦場になる。
「今年の子はどんな子達かな」
そんなまだ生まれたばかりの彼女達を遠目で見ながら、隣のラヒーナが呟く。そんなラヒーナの眼は期待に満ちていた。
それが私には少し眩しい。
「私達もちょっと前まではあそこにいたんだよ」
「ちょっと前って……もう6年も前だけど」
「この6年、あっという間だったよね」
「ラヒーナ、それ去年も言ってたよ」
なんならその前の年も、その前も言ってた。
「あの時はさ、不安なことだらけで、知らない場所で怖くて、もうすぐ戦いに行くのも嫌で……でもルミリアが励ましてくれたよね」
「そう、だっけ」
全然覚えていない。私にとってはこの6年はとても長くて、でも同時に何もなかったように記憶は抜け落ちている。正確には記憶としてはあるけれど、それが実感としては存在しない。まるで長い間何もしていなかったような気分になる。
「だからね、あの子たちもきっと不安だと思う、から……何か助けられたらいいな……」
「そう、かもね……でも、そんなの、できないよ」
私のことで精いっぱいで、そんなこと、きっとできない。
「そうだよね。自分のことで精いっぱいだよね。私もだよ」
「え、ラヒーナも?」
「うん。でも、ほんの少しだけでいいから、みんなが生きて帰れるように何か出来たらいいなって……そう、思うな」
てっきり、ラヒーナは強くて余裕もあるから、周りのことを気に掛けるなんて簡単な事かと思っていた。でも、違う。彼女が周りを助けようとするのはその善意からで決して強さからじゃない。きっと、彼女はもっと弱くても周りを気にかけていただろう。
そんなことを話したからだろうか。
そんな彼女の優しさへの憧れを再認識したからだろうか。
私は戦場の空で、気にしていた。
生後たった半年の彼女たちを。
私に気にする余裕なんてあるわけないのに。
「だめだ」
空を飛びながら呟く。
私はラヒーナじゃない。
そんなことをしていたら、生き残れない。ラヒーナだって自分を犠牲にしてまで誰かを助けたりはしないはずだ。
今回の戦場は大きな垂直の建物が立ち並ぶ廃墟。
ここに進行してきた魔導兵達の殲滅が目標。
この場所が昔栄えていたことはなんとなくわかる。今では人気の欠片もない場所だけだけれど。昔はきっと、あの垂直の建物も全部満杯になるぐらいここには人がいたんだろう。
それがどうしてこの場所を捨ててしまったのかはわからないけれど、今はもう蔦が建物を覆い、ところどころ崩れそうになっている。
そんな捨てられた街に来た大量の魔導兵をこの街からいなくなるようにすることが目標で、そのために全員がこの街に来ている。私と同じ施設の人だけじゃなくて、6か7つぐらいの施設の人が来ているらしい。
この6年でも、他の施設の人を見るのは10回あるかないかぐらいしかない。それが7つも。それだけ今回の作戦が重要ということで、それだけ今回の作戦が危険だということだと思う。
幸いなのは、人数が多いから狙われにくいこと。
広範囲攻撃とかが来たら、どうしようもないかもしれないけれど。
「右に魔導兵!」
その言葉で我に返る。
思考にふけってる場合じゃない。
指示役の言葉に従って右を見れば、四つ足の魔導兵が数体跋扈して、私たちのほうを狙っている。
この戦場はいたるところに規則的な建物が配置されていて、私たちの飛行魔法による機動力が封じられる。多分それは魔導兵たちもわかっているから、機動力よりも攻撃力や防御力に優れた四つ足の魔導兵なんだろうけれど。
一瞬の思考のうちに、私たちは攻撃魔法を放つ。
結局機動力が封じられるなら、こうやって正面から打ち合いで勝てばいい。そのために、今回の部隊の人数は結構多く20人ぐらいいる。その中の回復役兼攻撃役という後ろのほうにいればいい役回りで私はここにいる。
一応攻撃魔法は放つけれど、そんなに期待はしていない。どちらかと言えば、他の人がなんとかしてくれないなかな、なんて思いながら、魔力を杖に流す。
魔導兵たちの防御障壁は強力だけれど、20人の波状攻撃には耐えられず、次第に数を減らしていく。その全てを破壊し終えた後、私たちはまた移動を始める。全部あれぐらいの魔導兵なら楽でいいんだけれど、そんなことはない。
4つ足の魔導兵と戦闘してから、5つ目の大きな垂直の建物が見えた頃、周囲に魔力反応が現れる。しかも大量に。
「まずっ」
「みんな、避けて!」
隊長の声を聞くと同時かそれよりも先にほとんどの者が回避運動を始めていた。
その瞬間、四方八方から細い熱線が飛来し私達を襲う。
奇襲。それを認識する。
回避ではなく防御を選択したものは、別の方向から撃たれて、重症。0歳の人達は……まだ、半分は生きてる。あと半分はもうだめそう。すでに魔力へと変わって下に落ちていく。
四方八方から撃ってきた魔導兵はそのまま建物と建物の間を網目上に展開する。ちらりと後ろを振り返れば、同じ物が後ろにも展開されている。後ろにも潜んでいたなんて、全然気づかなかった。
まずい。この状況はとんでもなくまずい。
これは魔法使いを狩るための網。私達を1人残らず殺しきるつもりだ。
とりあえず回復魔法を重傷の人たちにかける。
これで何かが変わるかはわからないけれど。
網目状の魔導兵は、きぃきぃと嫌な音を立てながら、再度熱線を放出する。この熱線は一つ一つはほとんど脅威じゃないけれど、的確に束となって襲ってくる。束となって集中砲火を喰らえば、防御魔法もあっさりと貫通される。
私達はもう部隊とは言えなかった。
個人が勝手に自らの生存のために全力で回避をしている。
でもこのままじゃだめだ。どうしようもないけれど、まだ人数の多い今のうちになんとかしなきゃ。
「誰か時間を稼いで! 私が道を作る!」
部隊長のその声に反応できたのは私を含めて6人だけだったけれど、1人を守るには十分すぎる人数で、部隊長の周りに防御魔法を展開する。
7人が同じように回避することはできない。だから、誰かをみんなで守るなら、ほとんどその場所から動かず、防御魔法を全力で展開するしかない。
ここが何かをしていることは魔導兵もわかっているようで、私達を狙う熱線は少しずつ数を増やしていく。
いくら全力の防御魔法でも数多の熱線が束になればすぐに貫通され、1人、また1人と倒れていく。私の右で守っていた人の防御魔法が貫通され、腕が吹き飛ぶのを眺めながら、私は祈ることしかできない。
この防御魔法の展開中に回復魔法を人にかける余裕はない。
こうなれば部隊長の魔法が完成するまで私達は耐えることしかできない。
「みんな、退いて!」
無限に思える耐久の後、部隊長の声がして、盾役の私達は四方へと散らばる。それと同時に魔法が起動し、後方の網を吹き飛ばす。
「逃げるよ!」
言わなくてもみんな逃げ始めている。
後ろからの熱線を躱しながら、建物の影へと避難する。
幸い、追ってくるようなことはなかった。
けれど、生き延びたのは8人。半分以上がやられた。
「怪我はない? これは……一旦帰るしかないね」
空中で一旦止まり、状況を確認すると共に部隊長が指示を出す。
「あ、あの……み、みんな、し、し、しんじゃった……んです、か? そ、そんなわけ、わけない……ないですよね……だ、だって、ナリは、帰ったらまた遊ぶって……」
0歳の人がぶつぶつと小さな問いかけとも言えない言葉をなげかける。見れば、その顔が涙と恐怖で染まっていた。なんとかしてあげたらと思うけれど、私にはかけれる言葉はない。
「……今は生きて帰ることだけ考えて」
部隊長はそれだけを言う。他の人も聞こえてるだろうけれど、言葉はない。仲間が死んでしまう状況はみんな何度も経験している。それでも、何も言えない。
私も。何も考えたくない。考えていたら怖くて悲しくて泣き出したくなるから。
「私……でも……」
まだ何か言いたそうな0歳の人をよそに飛行魔法の出力を上げようよした。その時、私だけが気づいた。気づける位置にいた。後ろから私達を狙う魔導兵の姿に。
それは遠く魔力感知の範囲外で誰も気づいていない。あの様子なら、まだ攻撃までは猶予がある。それまでに私達は飛行魔法で加速できる。
でも0歳の人は、出力をあげようとすらしていない。きっと間に合わない。
普段ならきっと助けない。回復魔法をかけようとはするだろうけれど、こんなふうにはしない。けれどラヒーナの言葉が、私を動かす。
上に加速しようとしていた飛行魔法を正面に切り替え、0歳の人の手を掴み、その場所から離脱を試みる。
「ぁっ……!」
けれど、一瞬間に合わず、腕に強烈な痛みが走る。0歳の人も、腹に穴が空き、魔力が溢れていて、右腕も消えている。咄嗟に回復魔法をかけるけれど、痛みのせいか0歳の人は気を失っている。
でもまだ生きている。これならあとは私の身体を治して。
そう考えた瞬間、私の腹を魔力弾が貫通していた。
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