第6話 つ

 気づけば筆記試験は終わって、実技試験が始まる。普通、人の試験を見ることはできないけれど、私のような回復系の人は試験の時の回復役として呼ばれることがあって、そうなれば人の試験も見れる。

 この試験は模擬戦と言われているけれど、対戦相手は大抵魔法生物が出てくる。魔法生物もある程度は管理されてるとはいえ、そんなに加減のしてくれる存在でもない。一歩間違えば、死んでしまうこともある。

 一応、そうならないように回復役の私たちがいるわけだけれど。


 名も知らない魔法使いが模擬戦の場所へと入っていく。

 それを私は入り口近くの影から眺める。今回の模擬戦の場所は、ほとんど何もない平野みたい。相手は……隠密系の魔法生物。


 まぁここで見てても仕方ない。多分私の時は全然違う条件になる。実技試験の条件はどうやって決められているのかわからないけれど、大抵は人とは大きく違う。試験はこれまで通りなら、全部で3回。3回とも違う条件で試されて、その合計点で順位が決まる。詳しい採点条件は知らないけれど。


 開始の合図がなされて、魔法使いが魔法生物へと攻撃を始める。色々な事が瞬時に怒るけれど、身体強化すらまともに使ってない私には何が起きているのかはほとんどわからない。

 それから数十人の人が模擬戦を初めて、終えていった。酷いけがを負った人はいなかったけれど、軽い回復魔法が必要だった人はそれなりに多かった。


 2日目も特に代わり映えのない試験が続く。

 変わったのは大けがをした人がでたこと。幸い回復が間に合って無事だったけれど、回復役の私たちがいなければ死んでいたと思う。


 そして、3日目。

 今日は私の1回目の試験もある。


 試験会場に入るときはいつも緊張する。

 怪我をするかもしれないという恐れもあるし、誰かが私を見ているというのもある。まぁ、私から回復役の人たちの姿は見えないようになっているんだけれど。

 いろんな不安はあるけれど、結局始まれば成り行きに身を任せるしかない。

 なるようになる。私の固有魔法的に、最悪なことにはならないはず。


 試験開始の合図がして、仮起動状態にしておいた身体強化魔法と飛行魔法を解放して飛び立つ。

 今回の場所は森。

 感知系じゃない私にはこの視界不良は辛い。

 敵の魔法生物もどういう型かわからないし。


 ちらっと腕輪を見る。

 そこには今回の目標と味方側の条件が書かれてある。

 今回は前線の味方と合流、そして無事に後退すること。


 これなら敵を倒さなくてもいい。その代わり、味方役の物体が下がりきるまで私1人で襲ってくる魔法生物の対処をしないといけない。実際の戦場なら、味方が守ってくれたり、攻撃してくれたりするけれど、今回はそういう役のただの金属の塊だから何もしてくれない。


 対象までの距離はそれほど遠くはない。

 全力で飛行すれば30秒ぐらいで行ける。けれど、その30秒は致命的になるかもしれない。まぁでも。


「行くしかない、か」


 口の中で呟いて、飛行魔法の出力を上げる。

 同時に、森の中を動く存在を見つける。目標対象はこれまで通りなら私が触れるまで動くことはない。なら、あれは敵性魔法生物しかない。


 彼らに指示を出す人達が、どんな指示を出したのかわからないけれど、まだ目標対象のほうへは行ってない。多分、私のほうに気づいて追ってくるだろうけれど、多分こっちのほうが速い。というか、そうじゃないとこの試験は終わりだから、その可能性は考えても仕方ない。こんなやり方は試験でしかできないけど。


 空から見る感じ、相手の魔法生物は群体系に見える。個体ごとの力は弱いけれど、数は多い。物量で攻められればきっと私は対処できない。なら、今回は、というか今回も、防御と逃走が主体の作戦になる。ラヒーナなら、こんなの一撃で終わらせられるんだろうけれど、私はこういう立ち回りしかできない。


 予想通りというか、願望通り、魔法生物は私よりも遅く、私が先に対象へと到着できる。そこには二つの金属の塊が置いてあった。

 これが今回の目標対象。いつも通りの無機質な感じ。

 対象に触れれば、対象の情報が表示される。


 対象は私の後をついてくる。けれど、速度は低い。負傷しているという設定らしい。これを治せば、速くできるみたいだけれど、あいにく私の魔法は物質には機能しない。

 とりあえず急いで、いけるところまで行くしかない。

 そう思って対象についてくるように指示を出す。


 飛んでいてもすぐに群体系魔法生物は空へと向かってくる。もしかしたら空に飛べない系じゃないかという願望を思っていたけれど、さすがにそんなことはない。

 対象の速度は遅く、これだと追いつかれる。けれど、守れるだけ守るしかない。

 

 それからはもう、ただ必死に魔法を放つだけの存在だった。向かってくる魔法生物をにむけて攻撃魔法を放つ。放つ魔法は広範囲攻撃魔法。攻撃力は低いけれど、群体系に向けてなら、これしかない。


 それでも結局2つあるうちの1つは攻撃され、死亡判定になってしまった。逆に言えば1つは目的地まで返すことができた。私も怪我をしたけれど、私が怪我をする分には回復魔法をかければいいだけ。

 決して良い結果ではなかったけれど、悪い結果でもなかったはず。前より成長しているのかと言われれば微妙だけれど。


 けれど、疲れた。

 頑張ることは疲れる。

 しかもあんなに恐ろしい攻撃を躱しながらなんて。


「ただいまー」

「おかえり。試験、大丈夫だった?」


 部屋に戻れば、ラヒーナが出迎えてくれる。

 てっきり他の人のところに行ってるかと思っていたから少し驚く。


「あー、まぁまぁじゃない? ラヒーナは明日だよね?」

「うん。頑張るね」


 そんなに頑張らなくてもいいと思うけれど、という言葉を心の中にとどめる。だってラヒーナは頑張らなくても、私のように切り捨てられる恐れはほとんどないはずだから。

 でも、彼女が毎回全力で臨んでいることは知っている。それこそ私よりも本気で。

 3回のうちの1回ぐらいは大抵私が回復役としてそこにいるから、何度も見てきた。


 そして日が暮れて明日がやってくる。

 今回のラヒーナの試験場所は雪山。幸い雪は弱い設定のようだけれど、それでも極寒である雪山に彼女が入っていく。彼女の戦術的価値はすでにかなり高く、私よりもずっと難易度の高い試験が割り当てられる。けれど、ラヒーナなら心配することはない。


 開始の合図とともに巨大な魔法生物が現れる。

 その魔法生物は20メートルはある巨体をゆっくりと動かし、雪山の山頂で鎮座する。ラヒーナはまだ姿を見せない。多分どこかで様子を見て、今回の作戦目標を確認しているはず。


 山頂にいる魔法生物は空に何かを飛ばし始める。

 あれはきっとあの魔法生物の武器だろう。あの魔法生物は拠点防衛型。あの巨体が本体で、その本体から数十匹の下位魔法生物を飛ばして、周囲の空間を支配する。そして、飛ばした魔法生物がやられても、あの本体がいる限りいくらでも補充される。

 そういう型の敵。やっかいで、私たちもよく戦場では助けてもらうこともある。私たち魔法使いの登場以降も実戦で活躍している強力な魔法生物。


 けれど、飛ばしてくる魔法生物の数や、本体の大きさは違う。多分あれは劣化品なんだと思う。私たちの見た本物はもっと大きくて、飛ばされる下位魔法生物ももっと多かった。


 それでも大抵の魔法使いはあれに勝てない。でも、ラヒーナなら。


 飛ばされる下位魔法生物が50を超えたころ、ラヒーナを見つける。

 ラヒーナは飛行魔法で雪山を登っていく。低空飛行をすることで、下位魔法生物の探知県外から、急速に本体へと近づいていく。けれど、あれだけ早く動けばいつかは気づかれる。

 案の定、中腹になったあたりで、下位魔法生物が攻撃魔法を放つ。攻撃魔法が雪を巻き上げ、周辺が見えなくなる。並みの魔法使いなら、これで終わり。強力な防御魔法を展開すれば耐えることはできるだろうけれど、その場合は飛行魔法の維持ができなくて足が止まる。


 けれど、私は知っている。彼女はこんなことでは止まらない。

 その予想通り、彼女は速度を落とすことなく本体へと近づいていく。


 下位魔法生物はさらに強力な攻撃魔法を複数の合体魔法によって放つ。あれは杖に籠められた防御魔法では防ぐことは難しいだろう。でも、ラヒーナなら止められる。

 ラヒーナの魔法は空間系。空間上に面か線を描き、そこの空間を固定と移動ができる。固定させた空間は彼女にとって自由に扱える武器であり盾。固定した空間は、その情報を維持し続ける。それを移動させれば、その軌跡にあった空間はすべて固定した空間を同じ情報に上書きされる。

 固定する空間の大きさと、上書きする空間の量によっては、かなり演算領域を圧迫するようだけれど、ラヒーナなら十全に扱える。


 迫りくる攻撃魔法を防ぎ、そのまま下位魔法生物数匹を固定した空間を振り回し、行動不能にする。続いてくる攻撃も、固定された空間を身体の周りに展開することで完全に防ぐ。

 彼女はそのまますべての下位魔法生物を数秒のうちにすべて撃破し、本体へと向き直り、魔力を高めていく。


 薄っすらとした魔力の面が魔法生物の本体を包むように6面現れ、次の瞬間魔力が急速に高まり、その中の本体は消えていた。雪山の山頂ごと。その6面に包まれた部分はすべて。

 その後には、ほっとしたように白い息を吐くラヒーナの姿だけがあった。

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