第5話 に

 次の日の授業は休みで、葬式があった。

 死んでしまった子たちに魔力を捧げる儀式。私がそれに行くことはなかったけれど、ラヒーナは毎回参加している。

 彼女の友達が多いということは、死んでしまう子も多いということだからかもしれない。たださえ、彼女のいる戦場は危ないところなのに。


 それが終われば、なにもない日々がまた始まる。

 つまらない、なんの意味もない授業。味のない食事。

 でも、命の危険はない。こうなると退屈だと感じてしまう。別に戦いたいというわけじゃないんだけれど。静かすぎて。


「なんとなく、ね」


 誰に言うでもなく呟いて、日の当たる庭の端に腰掛ける。

 今日は授業も休みで特にやることもない。離れたところでは、十数人が球遊びで遊んでいるのが見える。

 その中にはこの前、毒に侵されていた人も見える。

 彼女たちは楽しそうに笑いあって、広い庭を走り回る。

 私には気づかないだろう。今までここにいて気づかれたことは一度もない。離れているというのもあるけれど、陰になっているから。


 こういうゆっくりとした時の流れの中にいると、どうしても思考は色々なところに飛んでいく。


 彼女を、みんなを救ったのは本当に良かったんだろうか。こんな苦しい世界に引き戻すくらいなら、あのまま……そんなことを誰かを助けるたびに毎回考える。考えたって仕方ないのに。


 しかし、最近の戦場はなんだかいつも危険度が高い気がする。この前の時みたいなことは今まであんまり起こらなかった。あの時の私たち全体の生還率は大体7割弱。いつのまにかどんどん下がっていく。私たちの世代の生還率は上がっているけれど、それは単純に生き残れない人から死んでいくからだし。


 苦しい戦場ばかりなのは戦況が佳境だからなのかもしれない。それが勝利への道なのか、それともその逆なのかはわからないけれど。正直、私はそんなに勝とうが負けようがどちらでもいい。早くこの戦争が終わればいい。

 それに、この国を守りたいという動機も私には弱い。だから毎回筆記試験の結果はあまりよくないんだろうけど。でも、私はあの優しかった両親のために戦うなんてことはできない。


 それに、勝利とはなんだろう。どうなれば勝ちで、どうなれば負けなのか、それすら私たちにはわかっていないことなのに。負けたら、皆殺しにでもされてしまうのだろうか。それなら、あまり負けたくはないけれど。


「そういえば」


 もうすぐ試験だったんじゃ。

 今更頑張ったところで何か変わるわけじゃないけれど、心構えぐらいはしておいた方が良いか。

 私の筆記試験の点数は0歳にここに来てからほとんど変わってない。いや、なんなら低下しているかも。年々、授業への意欲というものは下がっている。もう6年も同じような歴史や魔法の授業を聞いていたら、さすがに飽きる。それでも一応勉強しておいた方がいいんだろうけど……いつも通りラヒーナに教えてもらおう。


 実技試験は、どうだろう。今の私は前の私より強くはなっているんだろうか。

 きっと、世代内の戦術的価値は上がっているけれど、それは私が強くなったんじゃなくて、強い人が死んでしまったから上がる。結局全体での順位はほとんど変わらない。

 固有魔法が回復系だから、というわけじゃない。私には演算処理速度、演算領域、同時処理数、魔力循環度、そういうものがすべて足りてない。そういうのも鍛えれば多少は変わるし、実際昔に比べれば良くなってはいる。でも、そこまで劇的に変わるわけじゃない。


「あ、ルミリア!」


 ふと、声がして視線を上げる。

 そこには数人で廊下を歩くラヒーナたちがいた。この前の金髪の子もいる。その他に3人。

 軽く手を振れば、ラヒーナも手を大きく振って私の下へと駆け寄ってくる。


「どうしたの?」

「えっと、今お茶会してて、その帰り」


 お茶会ね。多分飲んだのは水だろうけれど。

 多分、後ろで談笑している彼女達は、ラヒーナの友達で、戦場で背中を預けあう人たち。こういう時から、お互いの関係を深めていくのも成績優秀な者には必要不可欠な能力なのかもしれない。

 私は次の戦場の部隊がどんな人になるのかすら知らない、というかまだ決まってないから、無理だけれど。


「ルミリアは?」

「私は……少し考えごと、みたいな」


 少し答えに詰まる。

 特に何か目的があったわけじゃない。ただ何となく時間を浪費していただけ。


 それよりも後ろの彼女達からの好奇の目線が怖い。好奇よりは奇異といったほうがいいのかもしれないけれど。


「こんなとこで? なにを考えてたの?」

「うーん、色々かな。どうでもいい、とりとめのないことだよ。それにもう帰るところだし」


 そう言ってから失敗したとおもった。

 こういえば、ラヒーナは。


「そうなの? じゃあ、一緒に帰ろうよ」


 こう言うに決まってる。

 でも、そう言われても困る。

 ラヒーナと帰るのは良いけれど、他の4人とは当然だけれど顔を合わせたことすらない。彼女たちも、そろそろラヒーナに戻ってきてほしそうだけれど、まさかそこに知らない付属品がついてくるとは思っていないだろう。


「あぁ、いやでも、もうちょっと、いようかな。もう少しだけ」

「えぇ? なら私も」

「ほら、ラヒーナ。みんなが待ってるよ」


 不満そうな声とともに、ここに残るとか言い出しそうなラヒーナを止めて、後ろの彼女達の下へと行くように促す。

 ラヒーナは少し迷っていたけれど、結局は私を置いて、彼女たちと廊下の先へと消えていった。私のことを話しているような声が聞こえたけれど、耳を背けて空を見る。


 それでいい。それがいい。

 私たちにとってはそれが一番いい。


「よし」


 私も帰るか。

 庭のほうを見れば、玉遊びをしていた人たちは帰ったようで、静かな光景が広がっていた。もう日も暮れ始めているから当然かもしれないけれど。


 ここは元からほとんど人は通らないけれど、さっきまであんなに賑やかだった廊下の先も、今ではまばらに人がいる程度になっていた。


 けれど、もうすぐここももう少し賑やかになる。

 あと少しすれば、新しい人が入ってくる頃になる。

 まだ何も知らない親に捨てられただけの魔法使い達がくる。きっとみんな何かや誰かのために頑張って、必死に努力して、最初の戦闘で1割が死んでしまう。1歳になる頃には、生き延びている人は最初の6割ぐらいになっている。

 私達の世代もそうだったし、それより前も後もそう。いつもそれぐらいになる。死んでしまった人が努力が足りないとか、生き延びた人が偉いという話じゃない。きっとみんな運が悪くて、運が良かった。


 仕方がなかったってやつなんだと思う。

 私が生き延びているのだって全部運が良かったからでしかない。たまたま魔法が回復系で、たまたま即死を免れてきただけ。

 けれど、きっとラヒーナ達のいる戦場はそういう場所じゃないんだろう。彼女達は能力で生き延びてきている。だからきっとこれからも生き延びる。


「ただいまー」

「あ、おかえり!」


 扉を開けると、予想通りラヒーナが待っていて、私を出迎えてくれる。その笑顔が私をほっとさせる。外と部屋の中の温度はほとんど変わらないはずだけれど、なぜだか部屋の中は暖かく感じる。


「あのさ。勉強、教えてくれない?」

「いいよ。ちょうど私も勉強しようと思ってたところだったから」


 そう言って小さな机へと私を手招きする。

 それに従って私は扉を閉め、部屋の奥へと進んでいった。

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