第4話 れ

 毒に侵された魔法使いのうち、助けられたのは8割ぐらいになった。それに私がどれだけ貢献できたかはわからないけれど、そこまで大きな貢献でもなかったとは思う。私より優秀で効率的で完全な回復魔法の使い手が大部分を助けた。

 それでも少しは役に立った、と信じたい。


「お疲れ。大変だったね」

「うん。色々、ありがとう。助かった」


 魔薬を持ってきてくれたり、私の魔法の後遺症に対する説明、今も彼女に支えられて歩いてる。疲れ切った身体は1人で動かすには難しすぎるほど疲労が進んでいる。

 魔薬の使用しすぎたせいかうまく目が開けられない。今どこにいるのだろう。あとどれぐらいで部屋に……


「あぁっ……立てる?」

「ぇ……」


 脚が進まない。どうなって……座り込んでしまってる?

 もう視界が真っ暗のまま。


「無理しすぎだよ。治してほしいって頼んだは私だけどさ……ほら、掴まって?」


 どこからか声が聞こえる。

 誰の……ラヒーナの声。その声に従い、手に少し力を入れる。けれどうまくいかなくて、ずり落ちそうになるけれど、彼女が支えてくれる。

 身体が揺れて、動き始めたのがわかる。その揺れと彼女の熱で、私の意識はさらに朦朧として眠たくなってくる。途切れ途切れの意識が次第に部屋に近づいていることを認識する。


「ほら、ついたよ。降ろすね」

「ぅん……」


 地面へと感覚が返ってくる。地面というか、ふわふわしていて、多分これは……布団? 部屋に戻ってきた。戻ってきたけれど、身体が起き上がらない。少し横に慣れて、楽になったけれど、もう起き上がりたくない。疲れた。久しぶりに、あんなに魔法を連続使用した気がする。


「ルミリア、お菓子いる?」

「え、お菓子!?」


 重たい体を動かして、目を開ける。

 そこにはいつもでてくる何の特徴もない食べ物とは違う、カラフルな食べ物があった。


「で、でも……いいの? この前ももらっちゃったし、それにそれはラヒーナの」


 そのお菓子はラヒーナが頑張ったから、手に入れたもので、本来私のような戦術的価値の低いものには与えられることなどないもの。


「いいの。それに今日は無理させちゃったし、その感謝のしるし? みたいな」

「別に私は……あんなことしかできないから……」


 無理をするぐらいなんでもないのに。

 私は今日100人ぐらいの人を毒から救ったのかもしれないけれど、ラヒーナは戦場で何千、何万という魔法使いを救っているし、それこそ国を救っているようなものなんだから、それに比べれば。


「じゃあもう、私はあげたいからあげる。食べなくてもいいけど、もうあげちゃったからね」


 そういって私の目の前にお菓子を置いてくれる。

 きっとこうなればもうラヒーナは折れてくれない。それに私もお菓子を食べたくないわけじゃない……というか、食べられるなら食べたい。


「ありがとう」


 感謝を呟いて、お菓子を一粒、口に入れる。

 甘ったるい、強い味が口の中に広がっていく。強い味のせいで身体がびっくりして、少し涙が出そうになる。


「おいしいね」

「うん。もっと、食べたいな……」


 そう言って、あわててその言葉を否定する。


「ち、違う。別に、そういう意味じゃなくて」

「わかってる。わかってるよ」


 租借音だけが部屋の中に響く。

 お菓子は少なくはなかったが、そこまで多いわけでもなくて、2人で分ければすぐに底が見える。


「ラヒーナはさ。どうして……」


 そこで少し口をつぐむ。

 この質問をしていいのだろうか。


「ん? どうしたの?」

「その、どうして、そんなに頑張れるの?」


 それはずっと疑問だったこと。

 彼女はとても頑張っている。それはずっと見ていればわかる。全部の授業を寝ずに聞いているし、訓練も真面目だし、杖の整備も、同じ部隊の人の能力把握、自分の固有魔力の自己研鑽だって積んでいる。

 それはとてもすごいことだし、生き残るためにはいいのかもしれない。でも、そんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな。


 そんなに頑張っても、向かう先は危ない戦場になる。ラヒーナも別にそれを望んでいるわけじゃない、と思う。それなら、もっと別の、今ほど危ない場所に行かなくてもいい手段はいくらでもあるはずなのに。

 例えば、訓練中に手を抜くとか。いや、彼女ぐらいになれば、要求すればある程度行く場所を操作できるはずなのに。私のような価値の低いものとは違うのだから。


「どうしたの、急に」


 ラヒーナはお菓子を口に運ぶのをやめ、軽く笑って小さな困惑とともに私を見る。

 あまりそんなことは話したくないのかもしれない。その目と沈黙に耐えられなくなりそうになる。沈黙を破ろうかと考えるけれど、それよりも前に彼女は少し考え込むように指を顎に添えて、口を開く。


「うーん、そうだね……やっぱり、いろんな人がいたからここまで頑張れたのかも」

「いろんな、人?」

「うん。優しかった両親とか、友達とか」


 人のために……私とは違う。

 私の両親も優しかったけれど、私をすぐに手放したことには変わりない。魔法使いだから仕方ないけれど、もう年に一回の手紙と贈り物すら私はまともに見てすらいない。友達だって。


「私はそのみんなを守るためにできることをやろうとしてるだけだよ。別に頑張ろうとしてるわけじゃなくてね」

「そう、なんだ。すごいね」


 私にはできない。


「ルミリアは? ルミリアは、どうして頑張ってるの?」

「私は……別に、頑張ってなんか」

「そんなことないよ。今日だってみんなを助けたし、この前の戦場だって大変だったでしょ?」

「そうかも、しれないけど……」


 全員を助けられたわけじゃない。ほんの少しだけ、手伝いをしただけ。私の何倍も救った人もいるし、私じゃ助けられなかった人もいる。

 戦うのだって生き延びるために必死なだけ。ただ死にたくないだけ。 

 でも、どうしてだろう。

 どうして私は、そんなことをしているのだろう。


「私は、死にたくない。本当は戦いたくなんてない。でも……戦わないといけないから、戦ってるだけ。回復だって、もちろん助けたいってのもあるけれど、戦場での負担を減らしたいからっていうのもあるし」


 私はみんなを助けたように見えて、またあの恐ろしい戦場に送り出しているだけ。私がやってることは本当に意味があるんだろうか。本当にこの終わりの見えない戦いは終わるんだろうか。


「それでも、みんなルミリアに感謝してる。私も……私はルミリアにすごい力をもらってるよ。ルミリアがいなかったら、こんなに頑張れてなかったかも」

「そんなこと、ないよ」

「ううん。ほら、覚えてる? 最初の戦場で私がおびえて動けなくなっている時、ルミリアが私を守って励ましてくれたんだよ。あれがなかったら、私はもうここにはいないよ」


 そんなこと、したっけ。

 あの時は今よりも必死だったからあまり覚えてない、

 生まれて半年たった時の最初の戦場が一番死亡率が高いと聞かされていたから。


「だから、ルミリアは死なないでね」

「そうしたいけど……でも、もう、あの時の半分もいないんだよ。私より強い子もいっぱいいたのに」


 おなじ教室にいた人も、今は半分以上別の人になった。みんな、魔力へと還っていった。その中には私の隣で即死した子もいるし、私が治療した次の日に帰ってこなかった子もいる。


「もう、あれから6年だもんね……」

「そう。もう、6歳……」


 最初はすぐに戦いなんて終わらせて親の元に帰ろうとか考えてたっけ。でも、そんなもの無理だってすぐに悟った。世界には私よりすごくて強い魔法使いがいっぱいいて、さらにそれより恐ろしい兵器や竜がいっぱいいる。

 魔法使いは特別な存在かもしれないけれど、大抵の魔法使いは戦場ではただの小さな数字でしかない。そんな存在が一人意気込んだところで、何の意味もない。ラヒーナでも、そこまで大きな影響は果たせないだろう。それこそ私なんて、いてもいなくてもそこまで変わらないと思う。


「もし、戦いが終わったらさ……2人でどこかに行かない?」

「どこかって……どこに? それに終わらないよ、きっと……少なくとも私たちの生きてるうちは」


 その気配すらない。

 勝ってるのか、負けてるのかもわからない。目的が何なのかも。上の人は終わりが見えているのだろうか。


「わからないよ。人生はまだ20年ぐらいはあるんだからさ。そしたら、そうだね……海、いこうよ」

「海? あの水がいっぱいあるところ?」


 数年前に私たちが戦いに生かされた場所だ。

 戦場特有の高い魔力濃度や大量の敵に気を取られてゆっくりと周りの様子なんて見る暇なかったけれど、何かあっただろうか。


「今度は敵がいない時に行って、2人でゆっくりと海の上を飛んで……」

「その、それはみんなとじゃなくていいの? 私だけじゃなくて」


 私にはラヒーナ以外の友達はいないけれど、ラヒーナにはたくさんいるのに。


「うん。ルミリアとがいいな」


 そういうラヒーナの頬はほんのりと赤い。

 何を自分で言って照れているんだろう。恥ずかしいなら言わなければいいのに。

 私だって、こんなに身体が熱いのに。


「も、もう寝るね。おやすみ」

「うん。お菓子、ありがとう」


 そう言って布団の中へと消えていくラヒーナを見ながら、最後の一粒のお菓子を口に運ぶ。その味は、さっきよりもとても甘く感じた。

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