第3話 あ
今回の戦いでは、253人が死んだ。5日間の待機の間にそういう話を聞いた。私達の世代からは12人。どんどん人が死んでいく。もう最初の頃から比べたら4割以下になってしまった。
そんな中でも私が生き残れたのは固有魔法のおかげもあるだろうけれど、大体は運でしかない。たまたま、本当にたまたま生き残ってしまってるだけ。
「ただいまー……」
一応そう呟いて扉を開けるけれど、ラヒーナがいないことは何となくわかっていた。彼女はいつも帰るのが遅い。それは単純に重要な戦術に長い間いるからというのもあるけれど、そこで出会った人と話しているからというのもある。
対して私は一直線に帰ってきた。結局あの囮作戦に駆り出された人の半数ほどが帰ってこれなかったらしい。それもあって話す雰囲気じゃなかったし、そうじゃなくても部屋に戻りたかった。久しぶりにとんでもなく危険な命令だった。次はもっと楽な戦場がいいな……
増援が来て逃げ帰った後、久しぶりに竜を見た。
竜は雄大かつ優雅に空を飛び、戦艦を破壊していた。何をしたのかはよくわからなかったけれど、竜の周りの魔力が変化したと思ったら、戦艦は地面へと落ちていた。
「あんなのいるならさ……」
竜が全部やればいいのに。竜を見るたびにそう思う。
どんな魔法使いよりも強いんだから、私達なんかが出る必要があるのかな。きっと偉い人は偉い人にしかわからない事情的なあれがあるんだろうけれど。
それにしても疲れた。まだ夕方だけれど、今すぐにでも10時間ぐらいの眠りにつきたい。
けれどまだやらないといけないことが少し残ってる。私は回復系だから、広間に行って運ばれてくる怪我人を治さないといけない。
大抵の魔法使いは死んじゃうか、回復魔法で完全回復していることがほとんどだけれど、色んな事情で怪我がそのままの人が運ばれてくる。例えば、回復阻害系の攻撃を食らったとか、全員の魔力切れで誰も回復魔法を使えないとか、回復魔法で治らないほどの攻撃を食らった人とか。どちらにせよ運ばれてくるのは相当重傷の人だけ。
行った方がいい。けれど、私はもう疲れた。
それに行ったところで、私に役目があるわけじゃない。大抵は私よりも優秀な人が全部治している。それでもたまに役目が回ってくるんだけれど。
「うぅー……」
もう、いっか。
もう寝ちゃおう。
せめて少しだけ。ほんの少しくらいなら。
「ルミリア!」
「ぅん……?」
私を呼ぶ声で沈んでいた意識が呼び覚まされる。眠い目をこすり、焦点の合わないままに身体を起こす。
私を呼んだラヒーナは焦ったように私を見つめている。
「ど、したの……」
「よかった起きて……あの、広間に行ける?」
「あぁ……」
広間? なんだっけ。何があるんだっけ……
そうだ……そういえば。
その瞬間、思考が目覚める。
ちらっと時間を見ると、もう10時間以上寝ていた。
もう大分遅れてしまったけれど、行かないといけない。
「あの、今、大変で、えっと」
「うん。行こっか」
近くに置いていた杖を握りしめて、部屋を飛び出す。
ラヒーナが飛行魔法を起動したのを見て、私も起動する。
思ったより急ぎの状態らしい。寝ぼけていた私が言うことじゃないけれど、私以外にもたくさん回復系の人はいるはずだし……
歩いている人の上を高速で飛翔する。こんなことは普段なら許されないけれど、それほど緊急事態らしい。遠くの広間からは薄らと声が聞こえる。
広間に着くと、そこには昔に見たあの光景が広がっていた。
多くの人が寝込み、回復魔法を受けている。見た目の外傷はほとんどない。けれど、うめき声は止まらない。
「毒……」
魔力を歪ませる魔力。それを散布することで、私たちを苦しめる。大気中の魔力を吸収してしまう魔法使いに対してだけ効力を発揮する毒。昔、私が3歳ぐらいの頃に一度被害を受けて、必死に治療した記憶がある。
「誰から治したらいい?」
「こっち!」
ラヒーナに連れられ、広間の奥の方へと移動する。
この状況なら私が呼ばれたのもわかる。
この毒を治せる回復系魔法の使い手は少ない。通常の杖に刻まれた回復魔法では無理だし、他の肉体再生系や、自然治癒向上系でも魔力の中の有害な魔力を取り除くことはできない。けれど、私ならできる。
「ここが重症の人のとこ!」
「え……これ、全員?」
毒に侵された患者は数えきれないぐらいいた。
遠くには私と同じで毒を除去できる人達が治癒しているのが見える。
気が遠くなるような作業だけれど、やらないといけない。
「ラヒーナ、魔薬、もってこれる?」
「わかった! あの……無理、しないでね」
無理しないでという言葉に少し苦笑してしまう。
ここに連れてきたのはラヒーナなのに。起こされずに誰も助けられないよりはいいけれど。
「よし」
この状況なら無理しないわけにはいかない。たださえ私の魔法は魔力消費が結構大きい。魔力全部を対象とするならなおさら。
でも、私が多少無理をするだけで魔法使いが助かるなら安いものだし、助ければ助けるだけ、私が次の戦場で死ぬ確率も減る。
「うぅ……君は……」
「今、治すから」
毒に侵された魔法使いの額に触れ、魔力を練る。
私の魔法は魔力に刻まれた過去の情報まで時を戻す時間魔法の一種。対象として一定以上魔力を持つものじゃないといけないし、戻す時間が長いほど消費魔力も大きくなる。まだこの魔法の限界はわからないけれど、今の私じゃ魔法使いに対してしか使えない。
正直言って回復魔法としては過剰すぎる。私の魔法は、回復することに関しては結構自信があるけれど、演算領域の支配率も高いし、射程距離も短くて範囲回復はできない。それに魔力消費も大きくて、使い勝手が悪い。それに、致命的な欠陥もある。
魔法を練っていくたびに、魔法対象の名も知らない彼女の過去の魔力が露わになっていく。ここ最近の魔力情報はすべて汚染されているけれど、途中から途端にほぼ純粋な魔力が現れる。
ここ。ここを現在に移す。この状態を現在の状態に。
「うっ」
魔法を起動すると同時に魔力が急激に減り、頭が痛くなる。全身を、しかも数十時間戻した。久しぶりにここまで自分の演算領域に負担をかけている気がする。
思わず、耐えきれなくて膝をつく。次の患者に魔法をかけないといけないのに。
「おい、君、大丈夫? ていうか、ここは……」
私の魔法を受け、毒の苦しみから逃れた彼女が私を気遣うように声をかけてくれる。けれど、その声には困惑の色が隠しきれない。
やっぱり、保持できなかった。彼女のほぼ全身の魔力情報を過去に戻した。それは彼女の保持する記憶も過去に戻すことになる。一部分の過去回帰なら、他の部分が補完してくれるけれど、全身となるとそうはいかない。
この毒に苦しめられた時間を思い出すにはそれなりの時間がかかるだろうし、もしかしたらもう思い出すことはないかもしれない。
「だ、大丈夫……事情は、そう、だね……あぁ、彼女に聞いて」
「ルミリア! 大丈夫?」
「魔薬、ちょうだい。あと、説明、お願いね」
それだけ言って、魔薬を1粒、口に入れる。途端に視界が歪むけれど、魔力が回復する。自分の魔力じゃない魔力を体内に取り込み、無理やり魔力を回復させる。これも実質毒と同じようなものかもしれない。
でも、これなら魔力消費の多い私の魔法を連発できる。
「次の、人」
無言で、隣の患者の額に手を当てる。
彼女は何かを言っていたけれど、私には何も聞こえない。
軽く荒くなった呼吸を吐いて、魔力を練った。
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