第2話 く

 喧騒の中、私は目を閉じる。

 いつまでたっても、何年たっても、この輸送機の中は慣れない。

 いや、慣れている人なんていない。だから、みんなごまかすように人と話したり、私のように何も考えないようにしたりしてる。

 これから自らの身を危険な目に合わせるのに、慣れている人なんているわけがない。


 これから行く場所は、魔法が飛び交う戦場、の端っこ。端っこと言っても戦場であることには変わりないけれど、危険は比較的小さい。

 作戦はあまり聞いてなかったし、理解もできなかったけれど、指示に従っていればいい。どうせまた魔導兵器が攻めてきたから、どうのこうのみたいな奴だろうし。


「到着しました」


 機械音とともに、輸送機が動きを止め、扉が開く。

 日の光が入り込んできて目が痛い。


「ここから作戦通りに行動してください」


 何の感情も持たない機械音の命令に、部隊長たちは各々返答を返し、部隊の人に指示を出す。私もその命令通りに身体を動かす。

 いったい何のために戦っているのか、どうして私たちが戦っているのか。

 いろんな理由が頭によぎる。今まで説明されてきた理由。


 親のため。国のため。魔法を使えるため。

 全部忘れて今すぐ逃げたい。けれど、逃げることはできない。

 逃げた人を私は見たことがある。戦いが始まる前に逃走し、戦いを棄権した人は、それ以降見かけることはなかった。それまでは隣の部屋にいて、同じぐらいの実力で話したことはなかったけれど、よく見かけていたのに。隣の部屋にも帰った形跡はなくて、ただ消えてしまった。いや、きっと消されてしまった。


 雪の積もった森の中をゆっくりと進む。

 今はまだ飛行魔法は切って、ばれないように静かに進む。

 はるか遠くには敵の魔導戦艦が宙に浮いている。まだまだ遠いけれど、もしもあの戦艦の砲身がこちらを向けば私たちは終わり。

 まぁ、幸いなことにあれと戦いのは私たちじゃない。あんなのどんな魔法使いだって倒せない。どんな攻撃も常時展開されている空間断絶障壁で防がれるだろうし、相手の小さな魔導砲一発で魔法使いのほとんどはやられてしまう。ラヒーナなら、何発か耐えれるのかもしれないだろうけれど。


 ラヒーナは、今どうしているだろう。

 彼女の部隊は私とは違う。もっと中央の危険な戦場へと向かったはず。心配じゃないと言えばうそになるけれど、彼女は私なんかよりも、大抵の魔法使いよりも強い。

 たしか同世代内の序列なら上位50人に入るぐらいの戦術価値だったはず。全世代でも最上位帯に位置付けられていた。そんな彼女はそう簡単には死なない。


「腕輪を見て」


 耳に付けた通信機が部隊長の指示を告げる。

 同時に、腕輪に詳細な指示が来る。


 当該座標で魔導兵5体確認。

 これを破壊する。


 その文章と座標が送られてきていた。

 私たちの部隊は10人。頭数では勝ってるけれど、ちょっと怪しい戦力比。

 それに今、私たちの部隊は展開している。集まるまでに少し時間がかかるし、もしも増援がきていれば、私たちは終わり。


「……ふぅ」


 悲観的な想像ばかりしていても仕方がない。もしかしたら、下位の魔導兵かもしれないし、私たちの部隊にも強い人がいたはず。

 たしか今日の部隊長は、私の3つ上の世代で、世代内序列3000位ぐらいだと言っていた。今9歳の人は20000人ぐらいだったはずだから、かなり強い、はず。


「みんな準備は良い?」


 数分後、私たちは集合し、少し遠くから魔導兵の様子を伺っていた。魔導兵の魔力が大きく動いている様子はない。まだ私たちには気づいてない。


「いくよ……3、2、1」


 その言葉と同時に私は魔力を高め、杖に刻まれた攻撃魔法へと魔力を流す。魔力が流れ、魔法が起動するまでのわずかな時間に、仮起動状態の飛行魔法を開放し、空から魔導兵までの射線を通す。

 私が狙うのは一番右端の魔導兵。2人で1体の魔導兵を狙い、撃破を狙う。


 正常に起動した攻撃魔法は、狙い通りに魔導兵に着弾した。ように見えた。

 煙で何も見えない。これで倒し切れたら、それでいいんだけれど。


 けれど、事はそう上手くはいかない。

 煙の中から、高まる魔力反応を感知する。


「みんな、まもっ」


 そこで部隊長の声が途切れる。

 遮ったのは、魔導兵の放った鋭い熱線。高温かつ高速の熱線は、彼女の防御術式を貫通し、頭を貫いていた。とっさに私の魔法を使おうと思って気づく。もう彼女は死んでいる。魔力の分解が始まっているし、もう助からない。


「くそ」


 指揮権が他の人に移譲され、次の命令を待つべきなのかもしれない。でも、それよりも先に私は逃走という選択肢を取っていた。白い髪をたなびかせて空を駆ける。

 あの熱線の出力、あきらかに高位の魔導兵。私たちが束になっても敵う相手じゃないし、こうしてるうちにも次の攻撃の標的にされて死んでしまうかもしれない。


 飛行魔法と防御魔法の出力を上げて……いや、防御魔法は意味がない。私の魔法を仮起動状態にしておいた方が良い。


「あ、に、逃げるよ!」

「まって、せめて腕輪だけで」


 私の行動を見て、今の部隊長が声を上げる。

 それに反応できて、飛行魔法で座標をずらせた人は良かった。けれど、一瞬行動が遅れたり、前の部隊長のことを気にかけて腕輪を回収しようと意見した人は熱線が胸を貫通していた。これで生き残りはあと6人。

 多分、今私の魔法をかければ助けられる。でも、距離が足らない。今から近づいて、私の少ない魔力を消費して助けるのか。

 私はそこまで私は彼女たちに思い入れがない。


「ごめんね」


 諦めるしかない。

 自己満足の謝罪を口にして、魔導兵の射程圏外へと逃走を試みる。

 とりあえず追ってきてる様子はない。


「前に敵!」


 誰かの声が耳元で響く。

 前方の森に3体の魔導兵の魔力出現する。さっきの魔導兵が私たちの情報を伝えたんだ。あの魔導兵たちから感じる魔力的には下位っぽいだろうけれど、奇襲も封じられて、頭数も減らされた私たちにはあまり勝ち目はない。


「増援までは?」

「えっと、43秒!」


 私の質問に今の部隊長が答えてくれる。

 相手の射程圏内に入るまではあと約5秒。

 逃走する手もあるけれど、後ろには引けばさっきの上位魔導兵と当たる。それにここまで魔導兵に入り込まれているなら、他の場所にも潜んでいる可能性は高い。それならここで38秒間耐えるしかない。


「みんな、生き残ることだけ考えて!」


 そう、こうなった以上もう魔導兵を倒す必要はない。

 増援が来れば確実に勝てるというのもあるけれど、元々私たちに渡された役目は魔導兵たちがどこまで入り込んでいるか確かめるというものだったから。直接的には言われてないけれど、囮みたいなもの。


「離れないで! お互いを守りあって!」


 射程距離に入った途端、魔導兵たちの魔力が高まり、魔力の塊が射出される。それは一瞬のうちに私たちへと飛来し、私たちの防御魔法を削る。

 魔導兵たちの姿は見えないけれど、魔力を感じる。向こうもこちらの魔力を感知しているはず。この魔力感知で攻撃が来る時を計らないと、防御魔法を展開する時がつかめない。


 幸いこっちは防御に専念しているから6人展開の多重防壁ができる。私1人が少しずれたところで何とかなる。それよりも私が気にするべきなのは、他の人の怪我だ。この距離なら私の魔法圏内。今の部隊に回復系の固有魔法を持つ人はいない。それならわたしはこっちに集中した方が良い。


「私の裏に!」


 魔導兵の次の攻撃の魔力の高まりを感じる。それと同時に、部隊のうちの1人が前に出る。彼女の魔力が高まり、魔力障壁が展開され、魔導兵の攻撃を受け止める。これで私たちは魔力を温存できる。


 たしか、彼女たちの固有魔法は、防御系が2人、攻撃系が1人に、強化系が2人だったはず。防御系がいてくれるのはありがたい。


「右から敵の増援です!」

「うそ……か、数は?」

「2か3です!」


 今何秒経った?

 体感もう50秒ぐらい経っているけれど、きっとまだ20秒程度。

 あと20秒。それをここから最大3体追加されて、耐えきれるの?


「っ……ラニー、そのまま前を防いで! カミカ、右のほうに守って!」


 部隊長は一瞬の逡巡の後に、指示を飛ばす。


「私たちは彼女たちの支援!」


 その指示の通りに私たちは動く。

 それが正解なのかはわからない。けれど、すぐに指示が出せれば、まだ良い。何をすべきかはっきりしているし、部隊に迷いがなくなる。戦闘前ならともかく、戦闘中の指示に意を唱える者は少ない。そういう人は魔力へと還っていった。


 いつも戦いのときは、時間が長く感じられる。

 身体強化もそれなりに起動しているからか、ものがよく見えててしまうのが原因かもしれない。魔導兵から放たれた魔法が目の前の防御魔法に阻まれ散っていくさまがよく見える。その散った魔力が防御役の子の腕にかかり皮膚が溶けるところも。


 痛みのせいか、魔力の供給が不安定になり、防御魔法の出力が落ちる。それと同時に私の魔法を起動し、腕を治す。これでまた防御魔法の出力が戻る。落ちている間は、他の人が防御魔法を展開して補強する。


 そんなことを何度繰り返しただろう。

 ほんの数回だったはずだけれど、それがとても長く感じられた。

 そして、無限のような時間は終わる。


「あ……」


 魔導兵の魔力が消え、増援が来たことを告げる。

 これで、助かった。まだこの戦場は明日も続くけれど、とりあえず今回は、助かった。

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