墓標の端に追想少女が
ゆのみのゆみ
第1話 ふ
体内の魔力を練って、外に出す。
外に出した魔力はすぐに大気へと霧散して、私のものではなくなってしまう。魔力がぱちぱちと弾けて小さな火花を散らす。
「こら。大気汚染しないの」
手のひらの中の小さな花火を眺める私を、隣からの声が邪魔をする。そちらを見れば、長い赤髪が私の目を奪う。
「むやみに魔力を発散させない。それに今は授業中だよ」
「はいはい。ラヒーナは真面目だね」
ラヒーナは授業をまともに受けたいらしい。私としてはこんな退屈な授業、今にも抜け出したい。けれど、それは怖いからしない。
「……より、対群体魔導兵器に有効な魔法は……」
彼女を見習って私も授業を聞いてみようとするけれど、単調な機械音は頭の中に残らず、右から左へと流れていく。
周りを見ても、半分以上が寝ている。私たちの世代で未だに真面目に授業を受けている人なんてラヒーナぐらいかもしれない。
「以上。対魔導兵器理論128終了」
その言葉と共に多くの人は息を吐き、目を開け、がやがやとした話し声と共に教室の外へと歩いていく。
私も半分以上寝ている思考を無理矢理起こして、ふらふらと立ち上がる。
「ルミリア、食事、どうする?」
「食事……あぁ、そっか」
今日は確かご飯を食べる日だったっけ……今すぐ寝たいのに、なんでそんなこと……でも行かないと。行かないとまた5日間飢えに苦しむことになるし……
「前回とらなかったんだから、今回は食べておいた方がいいよ。だからさ、その、一緒に食べない?」
「あー、そうだね……うん。いいよ」
私の返答に、ラヒーナは少し笑顔になる。
そんなに一緒に食べることが重要なのかと思わないでもないけれど、前に一緒に食べたのはもう1ヶ月ぐらい前になるから久々で楽しみなのかもしれない。
私も別に1人が好きなわけじゃないし。
「ラヒーナ!」
ラヒーナを呼ぶ声が喧騒の中を通る。
そちらをちらりと見れば、金色の短髪を持つ子がこちらに手を振っていた。
こちらに歩いてきた彼女は多分、前回ラヒーナと同じ部隊だった人だろう。ラヒーナはいつも誰かと仲良くなって帰ってくる。私にはどうしたらそうなるのか想像もできない。
「ここにいたんだ。よかったら、今日一緒に食べない?」
「あ、えっと」
ラヒーナがこちらをちらりとみる。
私は知っている。こうなれば彼女は断れない。
「それとも何か先約ある?」
「あの」
「私、先に行くね。今日は部屋で食べるよ」
そう言って2人の元を離れる。
小さく待ってと言いかけたラヒーナの声が聞こえた気がしたけれど、私が歩みを緩めることはない。
ラヒーナと食べるのは良いけれど、他の人と一緒にいるのは難しい。単純に私が苦手だから。そんなふうにいきなり話すというのが。命令なら聞くし、報告ならするけれど、自由な会話というのが、どうにも難しい。
1人が好きなわけじゃないけれど、1人が嫌いなわけでもない。
人の流れとは途中で別れ、自らの部屋がある棟へと向かう。その途中で食料を受け取る。ここにいるほとんどの人は使ってないけれど、食堂の裏から食料だけ受け取れる。使っているのは私のように部屋で食べる人だけだろうけれど。
食堂からの喧騒はすぐに去り、静寂な廊下を歩く。時折、小さな話し声が聞こえてきて、人の存在を感じさせる。階段を2回上がり、右手にずらりと並ぶ部屋の、最奥。
そこが私の部屋。より正確にいうなら、私とラヒーナに与えられた部屋だけれど。
部屋の中には何もない。
ただ最低限のものが寂しく置いてあるだけ。ラヒーナの物はそれなりに色々置いてあるけれど、その大体が私の知らないところで手に入れたもの。
窓からの夜空を眺めながら、食料を口に運ぶ。美味しくも不味くもない。ただ何も味のしない固形物を機械的に取り込む。
「やっぱりお菓子の方がいいな……」
最初は何の不満もなかったけれど、お菓子のあの強烈な味を知ってしまえば、不満も生まれる。それぐらいお菓子という物はすごい。あの時の食事だけは少し楽しみになれる。
何でできてるのか知らないけれど……きっとあまり手に入らないものなんだろう。きっと私のようなものには手に入ることのない。ラヒーナが分けてくれなければ一生知ることのない味だった。
食事を終えたらもう何もすることはない。
風呂に入るという選択肢もあるけれど、別に入らなくても何の問題もない。もう寝てしまおうか。いや、やっぱり。
懐から小さな棒を取り出す。私の杖。
これが私の生命線。あまり強力なものではないけれど、それでもちゃんと点検しとおかないと。もし壊れていれば、交換申請をしに行かないといけないし。
杖に刻まれた術式に小さな魔力を流す。魔法が発動できるほどの魔力じゃないから、これで何かが起こることはないけれど、術式が起動するかはわかる。2種類の攻撃魔法、防御魔法、飛行魔法、身体強化補助魔法。ゆっくりと確実に点検していく。
この杖に頼らず、自分の魔法ですべてできたほうが、演算領域を多く扱えるから強いのだけれど、私の魔法ができることは回復だけ。自分の魔法は点検するまでもない。感覚的に使えることはわかる。
「ただいまー」
「あ、おかえり」
そうこうしているうちにこの部屋のもう一人の住人が帰宅する。随分と長いこと食事をしていたみたいだけれど、きっと食事が遅いわけじゃない。誰かと話していたからこんなに遅くなってしまったんだろう。
「あの、さっきはごめんね」
ラヒーナが私に申し訳なさそうに謝罪を口にする。
それが何を指しているのか私には一瞬わからなかったけれど、すぐにあの事かと気づく。
「え? あぁ、こっちこそごめん。でも、私ちょっと」
「やっぱり、好きじゃない? 知らない人と話すのは」
「まぁ、ね」
なんというか、怖い。人と親しくなっても、その人が明日生きているかわからないのに。ラヒーナとだって、ずっと同じ部屋じゃなければ、こうはならなかったと思うし。
「私、心配だよ。毎回うまくやってる? 無理して仲良くしろとは言わないけれど、やっぱりある程度は話さないとだめだよ?」
「わかってるよ。報告はちゃんとしてる……つもり」
自己紹介とかはあんまりちゃんとしてないけれど。
結局、一部の人以外できることは大体同じなんだから、自分の魔法とか話さなくていい気がする。ラヒーナはその一部の人だから、あんなにいつも仲良い人ができてるのかもしれない。
「私たちももう、6歳なんだよ。そろそろ引っ張っていくことを覚えなきゃ」
「6歳……6歳かー……」
そう思うと早いもの。昔は6歳の子なんて遥か高みの存在に見えたけれど、今実際になってみると、そんなに大層なものではないような気もする。
「あと数年もしたら、私たちが指示役になることも増えるだろうし、そうなったら大変だよ?」
「……でもきっと私は」
その時まで生きてない。
そう言いかけて口をつぐむ。
前に同じようなことを言ったとき、ラヒーナが大泣きして大変だったのを思い出した。もう大人なんだから、そんなに泣かないでほしいとも思ったけれど、もうそういうことは言わないでおこうとその時に決めた。
「ん? どうしたの?」
「あ、いやー……あと人生20年ぐらいあるなんて長いなーって思って」
私のとっさの誤魔化しはうまくいったようで、彼女の思考の対象はこの先の人生のことへと向かう。私には想像もできないこと。
「私は、ちょっと短いかなって。もっと長い方が良いな……私、もっと長く」
そこでラヒーナの声が途切れる。
どうしたのだろうと思って顔を見ると、彼女の頬が軽く赤く染まっていた。
「だ、大丈夫?」
「あ……うん。大丈夫。あ、えっと、もう寝よっか。もうこんな時間だし」
私の声で固まっていたラヒーナは再起動したけれど、焦ったように早口でそう言うと、布団の中へと消えていった。
こういう変なラヒーナは時々見られる。多分いつものそれだろうけれど。
「いいけど……しんどかったらいいなよ? 一応、私回復系だし」
大まかな体調不良を治すとすれば、私の魔法の良くないところが出てしまうけれど。
「ありがと。おやすみ!」
「うん……おやすみ」
それだけ言って、私も布団をかぶり、目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます