第4話

 火傷の顔の少年は、吸血鬼のするごとに、呪いのような怨嗟の言葉を囁いた。


 俺もあいつも、もとは同じ顔だったのに。

 あいつは、美しさを独り占めした。

 笑いながら俺の顔を焼かせた。

 そうして同じ胎から生まれたきょうだいを裏切った。

 この綺麗な部屋……! 俺だってあの寝台で眠れたはずなのに。

 許せない。悔しい。妬ましい。

 この痛みを苦しみを、思い知らせてやりたい。


 言われてみれば、確かにふたりの少年は声も同じだった。甘い嬌声と残忍な嘲笑。歯軋りの合間にこぼれる恨み辛み。あまりに響きが違うから気付かなかっただけで。

 とはいえ、吸血鬼の青年にとって重要なのは、耳に注がれる呪詛ではなく、唇に注がれる甘露だった。火傷の少年は、密かに自身を傷つけてはその血を彼に分け与えていた。


 美味いだろう? 精がつくんだろう? 前よりも治りが早いもの。

 あいつの血を呑み干せば、きっともっと満腹になる。

 あのお綺麗な顔が見る影もなくなるくらい、からからに吸い取ってやれば良い。


 醜い少年の甘美な血を味わいながら。爛れた唇が紡ぐ祈りのような懇願を聞き流しながら、彼は確かに少しずつ力を蓄えていった。血を分けた少年たちの愚かしさと浅ましさを、密かに嗤いながら。


 美しいほうの少年は、その輝かしさに目を塞がれて片割れが抱く憎悪にまったく気付いていなかった。

 そして醜いほうの少年もまた、その憎しみに目を塞がれて片割れの苦痛にまったく気付いていなかった。


 美しい少年が、美しい部屋でいかなる苦痛と屈辱を強いられているか。下僕の手を払いのける高慢さの影で、身体に残る傷を見られぬようにどれだけ必死なのか。細い喉が上げる苦悶の声が、客を呷るための演技などではないこと。銀の鞭を振るう残虐さも、結局のところ鬱憤晴らしに過ぎないということ。客の訪れを待ちながら、恐怖に震える夜もあるということ。


 愚かなことだ。相手の苦しみを知らぬというのは。

 哀れなことだ。知りさえすれば、手を取り合い支え合えたかもしれないのに。


 だが、このふたりにとってはもう遅いのだろう。消えない傷を負った片方と、唯一の武器である美貌に翳りが見え始めたもう片方と。ならばどちらも彼が残さず啜ってやろう。美味な果実が腐れ落ちるなどもったいない。さんざん舐めさせられた苦痛と屈辱の、せめてもの礼に。力がみなぎり始めた四肢を、らしく静かに硬直させながら──彼はその時が来るのを待っていた。


 その時──火傷の少年が与えた血によって、彼が十分に力を取り戻した時。そして、心と身体を傷つけられた美貌の少年が、痛みと屈辱で我を忘れた時。怒りを客にぶつけることができずに、彼を標的にした時。


「……あの、野郎……っ」


 銀の鞭を振りかぶった時、少年は用心を忘れていた。彼の牙が届く範囲を、甘く見積もり過ぎていた。あるいは、彼の弱り具合を見誤っていた。片割れの血が彼に与えた力を知らなかった。


「──え?」


 銀の鎖が引きちぎられるのを目の当たりにした時の、少年の驚きの表情は見ものだった。宝石の色の碧い目が、こぼれんばかりに見開かれて。紅い唇が、薔薇が散るようにぽかんと開いて。


 間の抜けた表情を嗤いながら、彼は少年の首筋に牙を突き立てた。

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