第3話

「可哀想に」


 そう言ったのは、吸血鬼の青年を世話する下働きの少年だった。男娼ではないのは明らかだった。顔全体を醜い火傷が覆っていては、売り物にはならないだろう。


「あいつはね、容姿が衰えるのを恐れている。客がつかなくなるんじゃないかって。だから、自分の顔と身体以外にになる見せ物を用意したってわけ」


 彼に嵌められた口枷は、少年を守るためというよりも、必要以上に餌を与えないためだろう。娼館で醜い下働きが惜しまれるはずはないけれど、評判のであるところの彼が、鎖を引きちぎるほどの力を蓄えては困るのだろう。火傷の少年が語ったことが真実ならば、なおのこと。


「傷を負ってもすぐに治るんだね。羨ましいな」


 口を塞がれた彼が言葉を紡ぐことはできないし、たとえ口枷がなくとも苦痛と屈辱を強いる人間となれ合う気はなかった。だから火傷の少年の声は常にただの独り言だった。とはいえあかぎれ罅割ひびわれた手指は休むことなく、彼の髪を梳き肌を拭っていく。見た目ばかりを整えたところで、彼の四肢が自由になる訳でも飢えが癒える訳でもなかったが。


 を終えた下働きの少年は、慎重な手つきで口枷を外した。彼の給餌きゅうじは、もっと屈強な護衛だか何だかが銀の刃を手元に置いた上で行う。調度品としてみすぼらしくなり過ぎぬよう、けれど力をつけさせ過ぎぬよう、細心の注意を払った上でわずかな鳥獣の血が与えられる、のだが──


「……助けて、やろうか?」


 目の前に閃いた白刃の輝きに、彼はゆるゆると首を持ち上げた。余計な力は、使いたくなかったのだが。見れば、無残な傷を顔に刻まれた少年が、片手に握った短剣を、逆の掌に向けている。刃と同じ真剣な鋭さで彼を見下ろす目は、宝石の碧い色をしていた。常は目を伏せているがゆえに、今の今まで気付くことはなかったが。


 どういうことだ、と。目線で問うたのに答えたのは短剣の切っ先のわずかな動きだった。少年の掌を抉り、美酒のごとくに甘やかな鮮血の匂いを溢れさせる。少年が突き出した手から滴った血の雫は、過たず彼の唇に落ちた。乾き切って飢え切った肉体に染み渡る、まさに干天の慈雨だった。──否、若く健康な人間の血だからというだけではない。人がよく言うように、空腹が調味料になっている訳でもない。醜い火傷の少年が与えた血は、美しく傲慢で残忍な男娼のそれと同じ、麻薬めいた甘美な味をしていた。


 彼の目に疑問と驚きが宿ったのを読み取ってか、醜い少年は微かに唇を引き攣らせた。


「こんな顔でも血の味は同じだろう? あいつと俺は双子のきょうだいなんだ」


 火傷で頬や口元を固められた少年が浮かべられる、精一杯の笑顔がその表情ということらしかった。

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