第2話
「お、静夜じゃん」
「……あ、洸さん」
聞こえてきた声に静夜は視線を向ける。手元でビニール袋が、がさりと音を立てた。容赦なく照り付ける夏の日差しが肌を焼いて、不快な汗が背中を滑り落ちていく。それはどうやら相手も同じなようで、くい、と手招きをされた。
「そっち、暑いだろ」
「はい。さっきコンビニ行ったんで余計に」
肩を竦ませて静夜は笑う。その言葉に洸も笑って、ネクタイを緩めた。もう洸が高校に進学して二年経ったからか、彼の制服姿は見慣れたそれだ。
元々、静夜と洸には三歳の年齢差がある。
小学生の頃は洸の妹である灯と共によく可愛がってもらったが、彼が中学に上がってからは、追いかけては置いて行かれを繰り返すような日々だった。もっとも、それを一番実感しているのは灯の方だろうと静夜は知っている。
「懐かしいなぁ、その制服」
「ウチの制服なら、灯ちゃんで見慣れているでしょ」
「やっぱ実際自分が着てたやつと女子制服じゃちょっと違うんだって」
近寄ってきた静夜の頭を洸はぐしゃりと撫でた。泣きたくなるほどに優しい手のひらだ。ずっと昔から、洸の優しさを静夜は受けてきている。その優しさが、人を殺すことも、分かっている。
「……もっかいやります? 中学生」
「いやぁ、流石に勘弁。ぜってぇ怒られるもん」
洸自身は別に問題児というわけではない。ただ、目の前で諍いが起きればそれを止めるように口を挟んでいたり、クラスの中心的立ち位置にいるからこそ因縁をつけられたりと、教師から目を付けられることが多かった。けらけらと笑う彼が、それらを気にしていないことくらい誰でも分かることだろう。
洸の眩しさは、他者を焼く眩しさだ。
「そういや静夜、」
ふいに、洸の声がワントーン落ちる。太陽そのものみたいに輝く黄金色の瞳が、静かに静夜へと向けられた。灯とよく似ているのに、全然違う色を宿す瞳が、静夜はいつだって大好きで、大嫌いだ。全てを見透かすように強い光を宿しているから。
「お前、灯となんかあった?」
瞬きを、一つする。吹いた風で、ビニール袋が不愉快な音を立てた。
「……何もないですけど、灯ちゃんがどうかしたんですか?」
からからに乾いた咥内を誤魔化して、どくどくと脈打つ心臓を諫めて、静夜は普段通りの声音で逆に問いかける。青空では太陽に勝てなくとも、視線を外すわけにはいかなかった。
「…………」
じ、と洸は静夜を見て、それからゆっくりと口を開いた。
「いや、何もないならいいんだ。なんか元気ないみたいに見えたから、お前と喧嘩でもしたかなって」
「俺と灯ちゃんが喧嘩するとかよっぽどですよ」
「分かってるって。でも他にアイツが元気なくす理由あんま想像できなくてさ」
剣呑な光が消え、ふ、と洸の瞳が和らぐ。喉奥まで出かかった言葉を飲み込んで、静夜はまた笑った。
穂村灯の感情を誰よりも揺らすことが出来る人間が自分であることを、穂村洸は知る由もないのだ。
僕らは罪を知っている。 胡桃 @asagi_666
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