第40話 火の星のコンキスタドール

 イトカワのコントロールルームには5人くらいの従業員しかいない。これは小惑星における様々な機構の制御をコンピューターに任せているためである。タカルは窓越しに覗いてみた。たくさんの機械が部屋中を埋めているが、全く無機質で単調な風景である。

「君もこの小惑星を愛するようになったか?」

 背後から声がした。ガウンに身を包んだ、長い髭の男。ジョシュア・ラニングである。

「こんにちは、ええ、なかなか居心地がいい場所だと思います」

「そりゃよかった。君は宇宙時代の到来についてどう感じる?」

「まあ…もう少し遅くても大丈夫、むしろそうであった方が適切であったかと。なにしろ地球が無くなり、人類も僅かしか残っていませんし…文明を再構築する必要に駆られています、我々は」

 ラニングは髭を撫でながらこれに頷いた。

「おそらく、運良く生き延びた人類にとっては、月と火星が新たな新天地としての最大候補だろう。月は古代より人間の世界を照らしていた。暗黒の夜を照らすは月。暦とかも月無しでは成り立たなかったわけだ。では火星はどうだ。確かに人間は火星を随分昔に発見した。だが…」

「火星はあくまで未知の惑う星のままだった、と?」

「いかにも。だがかつて、とある実業家が火星に降り立って以降、人類は一気にそれに急接近した。火星は人が生身で住める環境だったのさ」

 タカルの頭の中はまた、疑問符に満ち溢れた。火星で、人間が生身で?宇宙服も無しに?火星人の話か。いや、違うのか?

「これを見てみたまえ」

 ラニングは腕につけているブレスレットのようなものを触った。すると立体映像が浮かび上がった。赤茶色の球体。火星だ。

「火星に生き物がいるかは知らんが、少なくとも人間にとって役立つ惑星であるのは確実だ。ほら」

 火星の表面に映像がズームインされ、地表の風景に変わった。そして、数人の人々と車列がまるで隊商のように並んで、生身のまま歩いているのをタカルは目撃した。

「…!?これっ、て…」

「英国が一番乗りで派遣した、開拓部隊だ。おそらく去年の末くらいに彼らはここに来た。イトカワを補給基地とし月を経由して、火星へ自由型宇宙ステーションで降り立ったんだ」

「彼らは…故郷が、母国が消えても開拓を?」

「ああ。だがもうどうでもいいのかもしれない。おそらく火星に新たな『大英帝国』を作る気なんだろう。聞いた話じゃ有名な軍人がこの開拓部隊をまとめて指揮してるそうだ。簡単に言えば征服者、コンキスタドールって部類だな。かつて新大陸を発見したように、彼らは火星という全く新しい新大陸を探検し、そこを自分らの新たな住処にしようとしてるんだ」

「…はあ…」

 タカルはまたもパラダイム・シフトに直面し、言葉が出なかった。


 タカルは腕組みして歩いていた。果たしてさっき見たのは事実だろうか。自分を揶揄うための与太話だったか。いや、ジョシュア・ラニングはそんな悪戯を仕掛けるような人間には見えない。火星、確かにその惑星については少しだけ知っていたし、クルー達から話も聞いた。しかし既に人がいて、開拓をしているだって?そもそも火星という場所は人が生身でいていいのか?宇宙服はいらない?俄かには信じ難いが…だがこれだけは確信を持って言える。自分が知らなかった間に世界はどんどん外側に膨張しているのだと。

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