第39話 目が覚めた日には

 不意に微睡から引き戻された。いつのまにか、タカルはロビーの椅子で眠ってしまっていた。周囲には誰もいない。凝り固まった肩を撫でつつ、仲間たちの所に戻ることにした。


ランディングパッドに行ってみると、『ナバマーン』の周囲にチャンドラ、ハイクロ、そしてエカテリナと名無しの山本、キオがいた。その他にスペーススカベンジャーらしき男達が数人、周囲を駆け回っている。

「あっ、どうも」

「やあやあ、タカルじゃないか。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」

「いえ、色々あったんですけど今は大丈夫ですよ。みなさんはここで何を?」「今後の事について話し合っていたんです」

 名無しの山本が言った。

「エカテリナは、月に行けば我ら全員がそこで永住できると言っております。しかしチャンドラさんは行くなら木星の衛星、カリストを選ぶべきだと…」

「木星には四つの代表的な衛星がある」

 チャンドラが話し始めた。

「いわゆるガリレオ衛星というやつだな、知ってるか?その一つがカリストだ。かなり安定した衛星らしい。聞いた話では、『ブラフマン』がそこを人間の住める環境へ作り替えるためのプロジェクトを進めていたとか…」

「ウェセンやエイドリアンも似たような話してたな」

 ハイクロが顎に手を当てながら呟いた。

「おいおい、もっと現実的な話をしてくれ。木星なんて遠すぎる。着くのに3ヶ月はかかるぞ」

「それは早計だ、エカテリナ。火星を経由すれば燃料補給はできるし、そもそも安寧の地をすぐ見つけようとしなくてもいいだろ。じっくりと深宇宙の旅をしようじゃないか」

「ふざけるな!宇宙空間でのほほんと旅をするなど、危ないばかりで何の得もない。行くなら月一択だ。絶対に妥協しないぞ」

 エカテリナは小さな体を振り回して怒鳴った。そして酒を流し込んだ。

「まあまあ、言い争いは一旦やめにしましょう。これは極めて重要な問題です。キャプテンと、クルーの皆さんを集めた全員で話し合うべきです。直接民主制で決定しましょう」

 名無しの山本がその場を収めた。タカルは考え込んでいた。

「おい、タカル」

 誰かが呼ぶ声がして、タカルは顔を上げた。チャンドラが手招きしている。

「来な。ここだけの話してやるよ」


「実はな。キャプテンは月に行こうとしたがらないんだ」

 チャンドラは小さな声でそう言った。

「我々も理由はよく知らんが、月には当分行かない、今は行く予定がない、と今まで何度もそう言ってた」

「月に…月は人間が住める場所なんですか?」

「ああ、地底都市があるそうだ。だからもしそこを拠点とするならうってつけなわけだが、キャプテンは…ナオコ・カンは全く興味を示してくれない。なんでだろうな」

 チャンドラはリムレスの眼鏡を少し持ち上げた。そしてタバコを取り出し火をつけた。

「おそらく一等航海士のガーディアンならその理由を知ってるとは思われる。あいつ、キャプテンを『姉貴』と呼んで慕ってるからな」

「はあ…」

「月へ行くにはキャプテンをなんとかして説得しなきゃならん。でもそれは無理だろう。今はタバコで一服して気持ちを落ち着けよう。お前も吸うか?」

「え、あ、いや。俺はタバコ吸わないんです」

「そうかい、じゃあ噛みタバコ要る?」

「結構です…」

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