ifルート 人間を食う人間

「…どうしたんですか…?」

「教授?」

 タカルもロイムも状況が飲み込めず、ぽかーんとしていた。ボアツキ教授は催眠をかけようとしたまま、アルスと向き合い続けている。外部からの音が完全にシャットダウンされた部屋の中で静寂だけが飽和している。

「…うぁ!」

 ボアツキ教授が突然、声を上げ、後ろに仰け反った。

「大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ…だが…こいつは大丈夫じゃない」

 ボアツキ教授の言葉はパラドックスと化していた。いつの間にやら彼の肌には汗の粒が幾つも流れている。

「…私が催眠をかけようとしたら…それを返された。そっくりそのまま。危うく私が心の深層を弄られるところだったわい」

「で、でも教授。続けていただかないと…」

 と、タカルはアルスに視線を移した。アルスが目を開けている。だがその瞳はタカルの知るアルスではなかった。ロイムにとってもそれは同じだった。瞳…まるで気が抜けたとか、うつせみだとでも言うべきか。全く生気のない目をしている。

「ア、アルス!?大丈夫なの?」

 ロイムは思わず駆け寄った。アルスの肩を掴んで揺さぶるが、全く反応が見られない。

「教授!ボアツキ教授!なんとかしてくださいよ!」

「…わかった…と、とりあえずは」

 そう言ってアルスに近づいた瞬間だった。まるで獣が咆哮を立てて飛びかかったかのような音が響いた。アルスがまるで飢えに飢えた肉食動物のように…ボアツキ教授の上にのしかかり、喉笛を噛みちぎろうとしているのだ!

「ぐわぁ!?た、たすけ…」

 何も言えず、タカルとロイムはアルスの後ろに周り、全身の筋肉をフル稼働させて引き剥がそうとした。アルスが暴れる。椅子が倒れ、派手な音が立つ。部屋は先ほどまでの静寂から、騒然が急激に駆け上がっていく。

「ど、どういうことよこれ!?」

「し、知るか!!アルス!!正気を取り戻せ!!お前はいったい…」

 だが遅かった。ぐしゃり、と音がしたかと思うと、辺り一面が血の海に変貌した。犠牲者のからだがビクビクと痙攣してはのたうち回っている。

「うっ…」

 タカルは目の前の惨状に思わず目を背けた。そして力を込めていた手から力が、堰を切ったように抜けていく。何がどうなった?どうすればいい?

「ああああああああああああああ!!!!」

 断末魔の叫び声が密室にこだました。ロイムが頭を覆い、錯乱したようになって悶えている。慌ててタカルは彼女に駆け寄った、そして後ろを見た。犠牲者の上に覆い被さり肢体を貪る獣がそこにいた。姿形こそ人間ではあるがその深層は人間とは考え難い。目はぎらぎらと怪しげに光り、表情は燃え盛る業火の如く熱くなり冷ややかな氷の如く冷め切っている。

「に、逃げないと…」

 ロイムは気を失ってしまっていた。タカルが今度は彼女を介助するはめになったようだ。扉に駆け寄り、ノブを回す。全力で駆け、自分が今見たものから一刻も早く遠ざかろうと努力した。

 果たして、どうして人間は人間自身を恐れずにいられようか?


              〜WASTED〜


[コンティニューするには、ブラウザバックをするか、小説を閉じて第13話に移ってください。]

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