第36話 メンヘラのドイツ娘

 タカルは大きな欠伸と共にイトカワを堪能していた。もう2日はここにいるだろうか。『ナバマーン』は閉塞的でありながらもそれを是とするような空気に満たされていた。しかしイトカワも似ていながらも違った。ここは宇宙空間に浮かぶ町…も同然に思えた。

 廊下を歩いていると、見覚えのある3人の女性を見つけた。ロイム、サコヤ、マレスである。しかし1人足りない。アルスがその場にいないのだ。

「やあやあ、調子はどうだ」

「あら、下戸のタカルじゃないの」

「な、なんだそりゃ?」

 タカルはロイムのその呼び方に拍子抜けした。確かに、酒に弱いのは否定できないが…。

「タカル、お前、ワイン一杯で酔い潰れたんだって?そんなんじゃ男が廃るぞ。私の故郷の人々は老若男女がみんな酒に強かったぞ」

 マレスがまるで武勇伝のように語った。

「まあ酒の話はいいとして、調子はいいんだけど問題が起きてるのよ」

 サコヤが言った。

「何があったんだ」

「アルスがいないのよ。1時間あまり、ずっと探してるんだけど…見つからなくて」

「迷子にでもなったのかな」

「いや…多分違う…」

 と、ロイムが言って間もなく、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだなんだ?」

「…やっぱり」

「ええ、そうみたいね」

「急ごう。タカル、お前も一緒に来てくれ」

 3人のガールスカウトは臨機応変そのものたる行動に出た。タカルもわけが分からぬままついていった。


 アルス・マグドナーが洗面所で手首を切り、意識を失って倒れていた事はすぐに『ナバマーン』の面々に伝わった。キャプテンのナオコ・カンもすぐにロイムらに合流した。

 アルスはイトカワにある医務室のベッドで横になっている。命に別状はなかった。だがロイム達には大ありだった。

「いきなり自殺をするとは…そこまで地球に未練があったんだな」

 チャンドラが腕組みしながら言った。

「いいえ、違います。アルスがこんなことをするのはもう私らが知る限りでは5回目です」

「何?それはどういうことなんだ」

 ロイム、サコヤ、マレスはベッドを囲み、陰鬱な面持ちで話し始めた。アルス・マグドナーは彼女達の良き友。しかし先天的な精神疾患を抱えていたアルスは突発的な自傷行為、破壊衝動、さらに人格の急激な変化により他者を傷つけようとする、という裏の顔があった。今まで、そういったアルスの予期せぬ精神的暴走にロイムらは振り回されてきた、だがそれを止め尻拭いをし後片付けをするのも彼女達だったのである。


「う〜む…」

 ナオコ・カンは腕組みをして考え込んだ。彼女にとって直近の出来事は考え込む事ばかりだ。

「なあ、U19にBO0。アルスをなんとかしてやれないのか?」

 ガーディアンが言った。二つの機械はしばし沈黙しあった後、結論を出した。

「率直に言いますと、我々が直接彼女の精神に働きかけ、治療することはできません」

「…」

「決して我々には何もできない、というわけではありませんよ。彼女の心の縺れた糸を解す事はできるでしょう、しかしそれが根本的な解決に直結するかは不明です」

 だがタカルはこの時、妙案が浮かんでいた。

「ロイム。例の少女はどうした」

「え?ああ、ボアツキ教授のところに、ビークさんと一緒にいるけど?」

「ちょっと連絡を取りたいんだ。これは悪くないぞ」

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