第35話 宇宙ステーションの解体

 『サーリント・ドール』はイトカワの裏側に運ばれていた。ランディングパッドとは真反対の、格納庫ともつかぬピットともつかぬ奇妙な構造をした場所だった。ナオコ・カンらがおじさんと共にやってきた。

「ほうほう。これがお前らが牽引してきたという?」

「ええ。ちょっとまあ、内部に亡骸が積まれたままだけど」

「それなら心配はいらん、スペーススカベンジャーはどんな汚れ仕事でもやってくれる。紹介しよう、スカベンジャーのチーフ、ムリロだ」

 額に大きなゴーグルを付け、鼻眼鏡の小男がやってきた。エンジニアかつメカニックなのは明らかだが、ヤスリのような無精髭とグリースで汚れた繋ぎ服から見てかなりの玄人のようである。

「どうも。宇宙のゴミ拾い、汚れた開拓者ことムリロ・ラチェスはおいらのことですぜ」

「…!あんた、俺と同じメスチソか?」

 ミゲルがムリロを見て言った。

「ほお、メスチソとは幸いだな。俺は黒人とインディオの間に生まれたサンボだ。まあこんな生い立ちだが今は宇宙時代、ペニンスラールもクリオーリョもいない。気にする要素じゃねえさ」

「しかし…月や火星が開拓されていけば、新たな身分構造が生まれそうなもんだが」

「まあまあ、難しい話は後回しだ。そうだろ、ムリロさん?」

 ガーディアンが割って入った。ムリロは頷き、『サーリント・ドール』を指差した。

「俺らの力ならこんな自由型宇宙ステーションくらい、すぐ解体バラせる。けど…再利用できる部品が多くなかったら鉄屑だ。高い金にはならない事を覚悟してもらうぜ」

 ナオコ・カンの表情が曇った。

「待ってくれ。ムリロ、あんた、なんでも解体してくれるんじゃないのか?」

「ああ、そう言ったが?」

「鉄屑どころじゃない。この宇宙ステーションはな、悲劇を体験したんだ。亡骸はその証拠。ちゃんと供養してやらないと…」

「クヨウ?よくわからんが、使えなくなったものは壊し、各々の機関を再利用するかあるいはバラバラにして売るのが俺らの仕事だ。文句は言うなよ」

「冗談キツいぞ。いいか、この案件を持ってきたのは私らで…」

「ナオコ。落ち着け。とりあえずはムリロに任せておけ」

「…」

 ナオコは不服そうだった。

「そんじゃ、早速解体の準備に入るんでよろしくな。ああそうだ、解体が終わったあと、お釣りが出るかも知れねえ」

「何、お釣りだって?」

「まあ楽しみに待っとくんだな、んじゃ」

 そういうとムリロは行ってしまった。呆然とするクルーの横で機械が音を立てて動き始めた。『サーリント・ドール』を乗せていた台が上へ上へと上がっていき、視界から消えた。


「あのムリロってやつ、…なんか出鼻を挫かれたな」

 ナオコ・カンはロビーで考え込んでいた。

「けれどもスペーススカベンジャーの技術は未来そのものですよ。あっしは信じてます」

 ウェセンは余裕の表情を浮かべている。いつもなら和気藹々としているはずのクルーの面々も静かだった。二等航海士のエイドリアンはキャプテンのナオコ・カンを一瞥するとそのまま席を立ち、行ってしまった。何とも言えない奇妙な空気がロビーを包んだ。変な時間だった。

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