第34話 教祖の新大陸
イトカワの施設の中は異様なほど騒がしくなっていた。珍しい来客がいるのである。大声を張り上げ、言っていることの意味がわかるようでわからない何かを伝えている。
「イトカワの善良なる住民の皆さん!恒久なる平和のために!綾瀬はるか様を頼ってみませんか!」
例の、綾瀬教の教祖である。どこから調達したのか、机と看板を据え置き、開けたホールにて布教をしている。周囲を行き交う人々は彼を見る。それは興味があるわけではなく、変なものを見る目だった。
「ちょっと、ちょっと。何をやってるんだ」
教祖に誰かが声をかけた。キオである。名無しの山本、エカテリナ、そしてBO0も共にいる。
「…ああ、なんだ、あんた達か」
教祖は大声を一瞬だけ止めた、だがまた叫び始めた。
「いいですか!綾瀬はるか様は天照大神であり、地球と宇宙を見守る神なのです!絶望しないでください、これは試練ではなく祝福の段階の一つであります!」
「くそ、うるさいな…おい、教祖。ここは公共の場だ。静かにしないと責任者を呼ぶぞ」
「言うだけ無駄さ。イカれてる」
エカテリナがそう言い、酒を口に含んだ。山本は何も言わない。BO0が進み出た。
「教祖さん、あまり大声で騒ぐと消化に悪いですよ?」
「機械は黙っていてくれ!忙しいんだ!さあみなさん!綾瀬はるか様を信じましょう!苦難を乗り越えた先に我らは永遠に幸福を掴み取る事ができるのです」
「あれ、どう思う?」
「さあな。よくわからん」
教祖の発狂にも見える狂言を見たイトカワのスタッフは口々にそれくらいのことを呟いた。もっとも、教祖自身は自分の声で聞こえはしなかったのだが。
宗教とはいったいなんなのだろうか。ある人は哲学だと言うし、ある人は真理だと言う。何にせよそれは人間が作ったもので、動物やその他何か、形而上学的な何かによる創作物では決してない。人間の想像力は恐ろしいものだ。ないものをあるようにしてしまう。いるはずもない存在を認識させ、自己に暗示をかけてしまった。そう言った意味では麻薬かもしれない。一度ハマるとなかなか抜け出せないのだ。
「ありゃもう手がつけられんな」
「何がだ」
「さっき見ただろ?綾瀬教とやらの教祖だよ」
「あいつか…まあよくいる、頭のネジが生まれつき無いやつだな」
ディコとチャンドラが飯を食いながら話をしている。レストランでは、彼らのように食に注意が必要な民族にも配慮したメニューがあった。
「けど俺もお前も、宗教と共に生活を送る身だ」
チャンドラが言った。皿のメキシコ料理には牛肉は使われていない。
「そうだな。ヒンドゥー教もイスラームも、神がいて、聖典があって、戒律がある。それを人は虚像だとか束縛だとか言うが、生活の一部かつ役に立っているなら否定される筋合いはないよな」
ディコは豚肉を使わない、ビフテキを食べている。
「世の中には人の数ほどそれぞれの心理があり、宗教もある。誰からの干渉も受ける理由はない。多様性さ」
「ああ、だがそれが進むと物事を決める際に時間がかかり、それが腐敗だとか間違いだと捉える者が増える…それは権力の一極化に繋がり、いずれは全てを押し潰してしまうんだ。俺もお前もそれを知る身だ」
「そうだな。ところで、その肉、一口分けてくれねえか?」
ディコが舌舐めずりしてビフテキに注目する。
「ダメだ、これはビフテキ、牛肉料理だぞ」
「あっ、そっかぁ。ミンに頼めば肉無しのビフテキを作ってくれるかな?」
「えっ何それは…」
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