第7話 キャプテン

 キャプテンの部屋は宇宙ステーションの最上部にあった。この部屋だけ、何か特異な雰囲気を漂わせている。扉を開けるボタンが無く、ガーディアンが扉を直にノックした。

「キャプテン?タカル君を連れてきました」

 すると、扉が音も立てず開いた。促されて中に入ると、そこは山積みにされたたくさんの本、壺や彫像に箱などの調度品、天井からぶら下がったドリームキャッチャーやらで埋め尽くされていた。ほのかに煙草の香りが漂い、オルゴールとレコードが浪漫と哀愁という単語を明らかな表現にしている。

「よく来てくれた」

 肘掛け椅子から立ち上がったナオコ・カンは、タカルに対し中央にあるテーブル脇の椅子に腰掛けるよう促した。タカルは彼女の雰囲気にひたすら圧倒されていた。

「煙草、吸う?」

「いえ…大丈夫です」

「そうかそうか」

 彼女が煙草を取り出して口に咥えると、ガーディアンがささっと近寄り、ライターで火を灯した。煙が立ち上る。美味そうに煙草を吸っている。煙くらいでは壊されない美しさがまるで部屋中に覇権を轟かしている。

「びっくりしたかな」

「いえ、別に。でもなんで、俺をわざわざ呼んだんです?」

「それなりの理由があるからさ」

「…?それはどういう…」

 ナオコ・カンは煙草を机の上にある大理石の灰皿に置くと、プロジェクターを起動するようガーディアンに命じた。六角形の机の頂点の一つが光を放ち、それは立体映像になった。

 映像の内容は地球と、その周囲に浮かぶ様々な点と、そして月である。ナオコ・カンは一つの点を示した。

「これが君のいた『ボランシェ』、だった。…『核消滅ラグナロク』で地球は真っ黒な残骸になり、水分や大気が失われたわけだ。つまり、今から地球の残骸に戻っても何もない。もし生存者がいたら、電波を送ってきそうなものだがそれが全くないんだ。通信士に電波の傍受をさせているが、それらしきものは皆無だ」

「『ボランシェ』は今、いったいどうなっているんですか」

「予想だが、磁場の乱れで正常な運転ができなくなっている。軌道上に釘付けで、おそらくスペースデブリの衝突が避けられなかった。…『ナバマーン』に乗らなかった者も、デブリの衝突でボートごと宇宙空間に消えたかもしれない」

「俺も本当に驚きました。今まで異常が起きた事はありましたけど、まさか…こんな規格外の、いや、考えた事も無かった…」

「だが、地球とそれに付随する人間文明がいずれ行き詰まるのは明確だったはずだ。まさか災害で終わりを迎えるとは予想できなかったけれど」

核消滅ラグナロク…」

 黙り込んでしまったタカルの注意を引くべく、ナオコ・カンの手が何かを示した。地球と火星の間に浮かぶ一つの点を指している。

「ほら、これが私たちの『ナバマーン』。今は地球だったものと火星の間でホバリングしている」

「点は他にもたくさんありますけど、これらは?」

「今のところは『情報無し』だ。デブリかもしれないし隕石かもしれない。生存している人間のいる自由型宇宙ステーションの可能性もあるな」

「通信を試みる手は…」

「いや。今はしないでおく」

「それが無難でしょうね…」

 タカルはぼそりとこぼした。ナオコ・カンはその言葉を聞き逃さなかった。

「素晴らしい、いい筋をしている」

「えっ?」

「危ない橋は渡らない、そういうタイプだろう、タカル。いきなりだが、私のサポートをする役目としての秘書をあなたに任せたい」

 唐突な申し出にタカルは耳を疑った。断る雰囲気ではなさそうだ。ふと後ろを見るとガーディアンの巨躯がまるで仁王のように佇んでいる。ガーディアンが口を開いた。

「キャプテンは今まで色々と人生の分かれ道に立ったり、また大きな賭けに挑んだりした。その度に上手くいったり失敗したりした。俺らはキャプテンをただ信じるのみだったから何があっても攻めたりはしなかった。でも今から既存のクルーとは違う、そう君のような人間がキャプテンを助けるのに必要不可欠となったのさ、タカル君」

 タカルは黙ったまま。ナオコ・カンはタカルをじっと見つめている。いや、むしろ覗き込んでいる。2人の距離が近づいてゆく。

「あなたには運命を変える力がある」

 そう耳元で囁かれたタカルは気が動転しそうだった。しかしなんとか持ち堪えた。

「…わかりました。やりましょう、ナオコ・カンさん」

「ありがとう。ああ、呼び方はキャプテン、でいいよ」

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