第8話 技術の雫
キャプテンであるナオコ・カンの秘書をする事となったタカルの初仕事は、キャプテンと一緒に『ナバマーン』の作りと設備を見て回る事から始まった。
「この宇宙ステーションは…軌道上にいる必要が無いんですか」
「いかにも。ベースは『ブラフマン』の宇宙ステーションだが、独自の改造と改良、そして…ああ、いや。なんでもない」
「全体的にはどんな作りになっているんです?」
「談話室が中央にあり、右舷に通信室、オフィスの区画がある。左舷の方には倉庫と栽培室だ」
「栽培室?」
「宇宙空間で新鮮な野菜を食べられるように、畑を作った。畑と言っても水耕栽培のシステムだけど。でもいい野菜が取れるんだ」
「なるほど…」
「中央の談話室から6本の通路が伸びてる。それらは左舷と右舷側への連絡通路で、通路の中途に調理室や作業室、武器庫や保健室などがある。クルーの専用個室は後部の区画にある。…おそらくエイドリアンがみんなに部屋を分けてるはずだ」
「で、最前方に操縦室が、その上にデッキがあって、そこがキャプテンの部屋なんですね」
ナオコ・カンは少々驚いたようだが、すぐいつもの落ち着き払ったニヒルな表情に戻った。
「さすが。よく分かったな」
「いやまあ、『ボランシェ』にいた頃は宇宙ステーション内を色々見回りしたりするエンジニアしてたんで…作りも何となく類似点があります」
「ほう、例えば?」
「右舷に通信室とオフィスがありますが、おそらく情報の収集をそこでしてるんでしょう。『ブラフマン』は情報を大事にする企業。情報は力を構成する」
「ふぅむ…」
「『ボランシェ』は旧式でした、軌道からも出れません。けれど僅かな足跡を残した。技術というのは液体です。入れる容器によって形状を自由自在に変える。でも容器から溢れ出てこぼれ、テーブルや床、あるいは地面に飛沫が飛ぶ。地面に飛んだ液体は染み込む。そうした柔軟性を秘めています」
タカルのまるでビジネスマンのような解説にナオコ・カンは無意識のうちにあんぐりと口を開いていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「う、あ、ああ。悪かった。君がそんなにも技術というものに関して理解していたとは…」
「いえいえ。あくまで独自の解釈、例えの一つで一種の哲学ですよ。辞書には載ってませんし」
「だが技術が液体というのは頷けるかもしれない。…まあいいや、話を戻そう。中央の談話室の下にエンジンがあり、そこが動力だ」
「ちゃんと動力は自分達で点検しましたか?」
「え?当然だが…そこら辺はエンジニアのウェセンが知ってるはずだ」
「よかった、某漫画の女性主人公みたいな完全無欠ながら無謀なパターンをかんがえてしまったが、問題無さそうですね」
「…君の友人がいる部屋に行ってみようか」
タカルはキャプテンと共に『会議室』へ入った。そこにはガーディアンがおり、既にビークとロイムに何やら説明していた。
「おお、キャプテン。ようやく来ましたか。遅いんで勝手に始めてしまいましたよ」
「うん、大丈夫だ。私の個人秘書も一緒だ」
「こ…個人秘書?」
ビークがキャプテンを一瞥し、すぐにタカルの方へ視線を移した。
「タカル君には特別な才能がある、もちろん特別扱いじゃない。勝手に決めた事は謝罪する。でも今はどうか承知してくれ。ああ、あと…彼の立場については私とクルー、そして新入りの君ら2人だけの秘密にしておくからよろしく」
「…」
ビークは動揺していたみたいだった。『ボランシェ』にいた時は全身が本当に機械化したかのように冷静沈着だったのに、まるで聞きなれぬ言葉にアレルギーを起こしたような感じだった。ビークはやっぱり変わったやつだ。タカルはそう心の中で思った。
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