第4話 自由型宇宙ステーション
タカルはビークを連れて宇宙ステーションと思われる何かの内部を少しずつ進んでいった。もしかしたらこれはサイバーダイン社が送り込んだ人類抹殺マシーンかもしれないし、独立星系連合の所有するカーゴシップかもしれない。今のところ人間にはすれ違っていないが、廊下をある程度行くとガヤガヤと人の声が聞こえてくるようになった。目の前にドアがある。タカルはそっと開けた。
「どうすればいいんだ!行き場がない!これでは燃料と食料が尽きるのを待つだけだ!」
「落ち着いてくれ。イトカワに行けばそこで充分な液化天然ガスを入手できる。…あそこの人々がこの悲劇を知ってるかどうか疑問だが」
「おい、誰か酒を持ってないか?一口くれ」
「みなさん、この難局を乗り越えて人類の未来に希望を作るために綾瀬教に入信しましょう!今なら入会料が半額の500万円で…」
ドアの向こうは円形の談話室のようになっており、20人ほどの人が集まっていた。彼らは各々の会話をしており、統一感がない。だがいきなり特徴的な大声が上がった。
「静かに!!!てめえら全員殺すぞ!!!」
静寂が訪れた。
「…ゴホン。失礼。『ナバマーン』に図らずも搭乗してくれたみなさん。ご存じでしょうが地球は崩壊しました。残された我々だけで生き延びる道をこの広い宇宙空間で見つけなければなりません」
「その通り!綾瀬はるか様が我らを導いてくださる!今すぐ入信して…」
「黙れ!!!お前から先に殺すぞ!!!」
大声を張り上げてキチガイを静めた男は筋肉隆々としており、力瘤が膨れてまるで岩石のようである。スキンヘッドで、黒のTシャツと武器や携帯電話がぶら下がった作業ズボンを着用している。
「馬鹿が申し訳ない。今からこの船の船長に話してもらう。キャプテン、どうぞ」
スキンヘッドの男がそう言うと、彼の後ろの扉が開いて女性が出てきた。ゆったりとしたガウンを羽織り、頭にカッターハットを被っている。ところどころを紐で結んでいる紫色の髪が美しい。しかし目元に隈ができており、疲労で花のかんばせがくすんでしまっている。
「…私達の船によく来た」
やはり、元気がないようだ。
「突然の事で私も理解が追いつかない。だがこの船に避難してくれただけ、君たちにとっても私にとっても幸運としか言えない。…何はともあれ、まずは自己紹介だな。私はナオコ・カン。この自由型宇宙ステーション『ナバマーン』のキャプテンをやっている」
「ナオコ・カンって、あのかつての倭国宰相の!?」
誰かが素っ頓狂な声をあげた。ナオコは僅かに微笑んだ。
「ええ、そうだ。私は菅直人の曾孫にあたる。アメリカで生まれたので実質、アメリカ人だが血には菅直人の遺伝子がある。それはそうと、まず『ナバマーン』のクルーを紹介しなきゃな…」
「じゃあ、では俺から」
先程のスキンヘッドの男が名乗りをあげた。
「どうも、俺は『ナバマーン』の一等航海士にしてナオコ姉貴の弟分、ウラジーミル・ガーディアン。よろしく頼む。じゃあ次はお前」
「ええと。俺はこの船の二等航海士で元金融詐欺師のエイドリアン・プラトライトン。よろしく」
「あっしはこの船でエンジニアをしてます。ウェセンといいます、よろしく」
「コックのミンタイウだ。率直に言うが現状で我らは食に恵まれてはいない」
「通信士のムハンマド・ディコだ。」
「武器管理係のミゲル。」
「会計係のチャンドラ。」
「情報係のハイクロ。」
「サポートロボットのU19です。」
談話室の中にクルーが数人いた。彼らのほとんどは自分を誇示しなかったが、こうして自己紹介を聞くとそれぞれが一騎当千のように感じる。
ナオコ・カンがカッターハットを被り直して再び発言し始めた。
「ま、こういった10人だ。言っとくが我々クルーは君たちを客だとは思っていない。残念ながら。この宇宙ステーションに滞在するにあたって必要な料金を払ってくれるなら客として扱おう。だが、万が一ここに金持ちがいてもそんな待遇はしない。そんな事をしたら戦争が発生するからだ。今は危機の真っ只中。誰もが等しく同じ人間で、生存者だ。これから君たちにもうちのクルーと同じ扱いをする。そして生き抜くのだ」
クルーたちが必死に拍手をする。
タカルは圧倒されていた。あまりに自分の生きてきた環境とは違いすぎる。まるで未来が一部だけ切り取られてこちらの時代にやってきたようだ…。
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