第3話 ナバマーン
「は?」
ランディングパッドにたどり着いたタカルの第一声はこれだった。
「ボートが残っていません」
ビークは相変わらず、冷静である。もしかしたら彼はサイボーグどころではない、本物のロボットなのかもしれない。巨大なモニターはボートが全部発進した事を示し、そして脱出ポッドのゲージの全てが『empty』と表示されている。
「どうする!?俺たちは取り残されたのか!!なんで!?許せん、これは人種差別だ!!選民思想を掲げているユダヤ人のせいだ!!ハイル・ヒトラー!!ユダヤ人を殲滅せよ!!」
タカルは悔し紛れに叫んだ。広いランディングパッドに虚しく彼の大声が響く。
ビークにしてみれば、この宇宙ステーション『ボランシェ』が旧式で、ただ軌道上をぐるぐる回るだけなのが残念だった。もし新型であれば軌道からやすやすと離脱してどこへでも行けるだろう。
「おや?もしかしてこれは」
ビークは宇宙ステーション内の監視カメラ映像を出した。謎の物体が『ボランシェ』のエアロックにぶつかっている。よく見るとそれは宇宙ステーションみたいな形をしている。事故で衝突してきたのか?いや、それにしては動きが妙だ。
「あれを見てください、タカルさん」
「な、なんだよ」
「『ボランシェ』とは別の宇宙ステーションが、こちらのステーションに接触しています」
「…小さいな。人工衛星じゃないのかありゃ」
「行ってみましょう。搭乗できる可能性があります」
左舷のラウンジ横にあるエアロックに突っ込んでいる物体は、間違いなく宇宙ステーションだった。小さいがデザインは先進的である。タカルとビークはそっとエアロック付近に近づいた。と、いきなり扉が開いた。
「ようこそ、『ナバマーン』へ。我々はあなた方を歓迎します」
機械音声が奥の方から聞こえる。助かる方法はこれしかなさそうだ。タカルとビークはエアロックの中に入り込んだ。
宇宙ステーションはエアロックを再び施錠し、無理矢理その船体を『ボランシェ』から引き剥がした。強引にやったため、『ボランシェ』の船体にヒビが入り、旧式である事を最後になってようやく立証した。
小さな宇宙ステーションはどんどんスピードをあげて離れていく。あっという間に『ボランシェ』は見えなくなった。しかし、宇宙の暗闇に光が一瞬輝いたのが確認できた。長いこと任務に徹してきた宇宙ステーションが、自身の故郷たる地球の死に伴って殉職したのである。
【地球崩壊に伴い、国際連合は世界の破綻をこの瞬間を持って宣言する。人類文明の残り火はいつか新たな火種を生み出し、遠く離れた宇宙のどこかで子孫を残してくれると信じる。国際連合に参加している全世界の国家は本日を持って個々の歴史に終止符を打つ。民族の同胞、人間の同胞は決して完全には絶滅せず、我らの家族の一人でも難を逃れ、歴史をまた作るであろう。国際連合事務総長 福島みずほ2世】
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