旅の始まり編

第1話 高い所にて

 軌道上に浮かぶ旧式の宇宙ステーション、『ボランシェ』には130人ほどのクルーが在籍していた。ここは宇宙の状況を監視する場所で、月と火星の間、月と地球の間を航行する自由型宇宙ステーションの案内も担っている。さらには宇宙という名のリゾート地を楽しむための施設も兼ねていた。

 スタッフエリアの職員控え室で、彼は窓から外を眺めていた。眼前には漆黒の宇宙空間にどんと広がる地球が見える。まるで世界を見下ろしているかのような感覚に囚われる。

 青木タカルはこの宇宙ステーションで働いて半年になる。彼が物心ついた時、宇宙はまさに人類の希望であり新天地だと噂されていた。タカルはそこまでは興味を持っていなかった、だが今このようにして宇宙空間に位置する場所で働いている…これは何かの縁なのかもわからない。全く奇妙な時代になったものだ。タカルはそう心の中で呟いた。

「地球を見てるんですか?タカルさん」

 声を掛けてきたのはタカルの昔からの友人、ビークだった。彼は幼い頃に大病を患い、それ以来体が不自由になった。彼の両親は彼をサイボーグにする事を決めた。神がかり的な技術を持った外科医と専門家の手でビークはサイボーグとして生まれ変わったのだった。彼は見た目こそ人間と変わりないが、四肢は機械であり、肺と背骨は特殊な改造を施されている。

「ああ。俺たちの故郷だ。だけども宇宙から眺めてると…変な気分になるな」

「変な気分、とは?」

「まるであまりに人類が地球から遠ざかりすぎた、って感じだよ。なんというか、宇宙は人類にとって未知であるがゆえに地球が引き止めているような…」

「宇宙開発が進んで人類の活動場所が広がるのはいい事じゃないですか」

「う〜ん、そうなんだけどな…」

 タカルとビークは中等教育、つまるところ中学時代からの付き合いである。サイボーグとして生きてきたビークにタカルは物怖じせず仲良くしてくれた。以来、彼らはいつも一緒にいた。2人は『倭』の出身であり、タカルの両親は大不況により経済的に追い詰められているにもかかわらずタカルが宇宙という空間で働くのを許してくれた。ビークの実家はとあるベンチャー企業を運営している。実際、ビークがここにいるのもこの宇宙ステーションを管理する役目の最前線に立つためであった。そういった意味で、ビークはタカルの上司であった。けれども彼らの間に主従関係など存在しない。友人同士、それ以外なかった。


 休憩の時間が終わり、タカルは仕事に戻った。彼の業務は宇宙ステーション内で活動する人々を助けるエンジニアとしての役目である。と言っても決まった仕事は少なく、雑務をする機会の方が大半だった。

「ふむ、右舷観測ピットの方向ウェーブの不具合を診てくれ、か。やれやれ、これは時間がかかるかもな」


 地球はもはや住むに値しない。そんな言葉が叫ばれる時代になっていた。戦争は一応休戦状態とはいえ人類の相互憎悪はもはや沸点、環境変動は手遅れな状態にまで進行した。ある学者によればあと5年で人類の4分の1が宇宙空間へ移住するという。2050年の今、その言葉を証明するかの如く続々と宇宙を訪れる人が増えている。だが相変わらず、地球は人類の故郷であった。タカルもその1人である。






















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