第14話
「俺らはどもがくっ、ユーヒさん馬鹿にじたら許ざねぇぞ!」
「うわ、健気じゃん」
俺の周りにいる奴の一人が茶化すように言って、俺の後頭部の髪を鷲掴み上向かせた。
「うっ」
痛い痛い痛い! ハゲる!
目をぎゅっとつぶり眉間にしわを寄せ泣くのをこらえていると、残念そうにため息をつかれる。
「お前もさぁ、ちょっとは刃向かってみろよ。仲間がやられて悔しくねぇんか」
「駄目だろ、こいつチキンだもん」
「なんでこんな弱ぇの入れたんだ?」
「誰かのダチとかなんじゃん?」
「あーコバンザメタイプね。魔窟ってそんな緩かったっけ?」
「知らん。実藤も言うほどじゃねーってことだろ」
勝手なことを言い合っている。弱くて悪かったな。好きで入部したわけじゃねぇよ。
散々嬲られてぐったりしているから、反論も反撃もする気になれない。サッカー部に入ってから理不尽な暴力に耐性ができたと思ってたけど、完全に敵対してる奴らからの攻撃は怖さの質が違う。じわじわと脳が恐怖で痺れていく。このまま小突かれ続けて、取るに足りないちっぽけなものとして死んでしまうんじゃないかって思うと怖くてたまらない。せっかく頑張ってサッカー部に馴染めてきたっていうのんに、結局不良にボコられて死ぬのか。最悪な死に方じゃん。
「っうぐ!」
男の一人が俺の腹に足先を食い込ませ、ぐりぐりと踏みにじった。
「まあさ、俺らって優しいから、お前が心から謝罪して魔窟の情報流すってなら許してあげっかもよ?」
「お、いーじゃんそれ。なぁ、実藤の彼女って誰? いろんな奴に聞いたんだけどみんないないっつってさ。んなわけねーべな」
「あいつの噂大げさ過ぎんだよな。セフレ百人とか二百人倒したとか。それもう人間じゃね――」
ゴッ!と硬い打撃音がして、男の声は途切れた。俺の腹の上の圧迫感もなくなっている。
なんだ……?
恐る恐る顔を上げてみると、男二人が重なって倒れていた。その横に仏頂面で立っているのは、未だに見慣れない圧倒的存在感の男。気怠げな顔で首に手を当て、灰色の冷たい目で辺りを睥睨する。
「どけ、ゴミども」
魔王、実藤雄飛その人だった。
「ゆ、ひさ……」
「んだこの体たらくはよぉ……カラオケ行くんじゃなかったのか?」
「あ……」
ヤバい、怒られる!
青ざめている俺をよそに、命知らずな高校生たちの残りがユーヒさんに殴りかかろうとする。
「実藤! てめぇはここでおわ――」
「おとなしく俺らの下にぃぃぃい⁈」
拳を振りかぶる男の懐に飛び込み鳩尾に一発、振り向きざまに別の奴にかかと落としを食らわせ、慌てて駆けつけたケンの顔の真ん中を射貫くように拳を叩き込む。その勢いのままケンはコンクリの地面に頭をぶつけ、動かなくなった。全員一発KOだ。
ほとんど一瞬のできごとだった。鮮やかすぎて、何が起こったのかすぐに把握できなかった。
「…………うぇ」
凄い。なんていうか、存在そのものが理不尽だ。
何もかもなぎ倒して何もかも従える。それが実藤雄飛。俺たちの王様。
やっぱりユーヒさんは最強だ。俺と浜田先輩が手も足も出なかった相手を、たいした労力もかけず片手間に倒してしまった。
さっきまで立ち向かいようもなく強大に見えていた高校生たちが、間抜けな格好で地面に転がっている。強い生き物もより強い生き物には敵わない。そんな単純な法則を思い知らされる光景だ。
助かったんだ、とほっとして、全身の力が抜けた。ユーヒさんから怒られるのは怖いけど、一応俺は仲間だから、取り返しがつかないほどボコられることはないはず。うっかり殺されるかもみたいな心配はしなくてすむ。
ユーヒさんはめんどくさそうにぼさぼさ頭をかきあげ、浜田先輩の脇腹を軽く蹴った。
「で、なんでやられてんだよお前らは」
「す、すんませんユーヒさん! あいつらがっ、参堂中とユーヒさんを馬鹿にしてきて許せんくてっ」
「そんで負けたら意味ねぇだろ。てめぇの力量であいつらに勝てると思ったか? 意地張ってやられっからクソ雑魚なんだよ、浜田。負けると思ったら即逃げろ。力ねぇならねぇなりに潰しようはあんだろ」
ユーヒさんは、自分がとんでもなく強いくせに力でなんでも解決しようとはしない。そこがユーヒさんの怖いところだ。卑怯とかビビリとか言われることを気にしてないのだ。ていうか、外野の声を全部雑音扱いしてる。最後に立ってた奴が勝ちでそれ以外はみんなただの敗北者、って思ってるから。
でもいくら不良といっても、ユーヒさんの域に達してる人はそういない。煽られればキレるし不良なりのプライドもある。浜田先輩は懸命に体を起こしながら、沈んだ声で謝った。
「はい……すみませんでした。でもあいつら、ユーヒさんを――」
「あ? 俺のせいにすんのか?」
「ち、ちが……! そうじゃなくて!」
「っるせぇな。ぎゃんぎゃん騒ぐな。俺はクソの役にも立たねぇ忠義心とかいらねんだよ。それで俺が得したか? してねぇだろ。俺を馬鹿にされてムカついたなら、その場は逃げてあとでそいつらの家割って潰せ。今更こんなこと言わすな、ボケが」
吐き捨てるように言うと、ユーヒさんは今度は俺の方を見た。
「神内、お前はこういうときは浜田より先に逃げろ。お前の仕事は喧嘩じゃねぇ。せっかくのツラ腫らして無駄にすんな。うるせぇこと聞かねぇ医者紹介すっからとっとと病院行け」
「え……」
あれ、なんかすげぇ優しい……? いや違うな、目が冷静すぎる。これ心配して優しいとかじゃなくて言葉通り「お前に喧嘩は期待してない」って意味だ。役に立たないところで無駄に頑張るな、と。
え、でも喧嘩に弱い不良なんて何の役に立つんだ? 事務仕事? そんなの俺じゃなくてもいい。強くない浜田先輩さえ「負けると思ったら逃げろ」で喧嘩するなとは言われてない。
なよっちく見える伏見先輩も戦ったらそこそこは強いらしいし、喧嘩得意じゃない先輩は鍵開けとかITとか特技がある。じゃあ俺は?
俺は何だ? 「せっかくのツラ」ってことは顔に価値がある? は? 顔? なんだそれ。たいした見た目じゃないぞ。だいたい不良が顔良くたってどうにもならないだろ。伏見先輩はモテてるけどあれは先輩のマメな性格あってこそだし。
考えがまとまらない。痛みで思考力が弱ってる。ぼんやりしていると、ユーヒさんが不審げに眉をしかめた。
「おい、いつまで座り込んでんだ。あぁ、骨やったんか? 足呼ぶから待ってろ。じゃあな」
スマホを取り出し、何回か指を滑らせると、悠々とした足取りで歩み去って行く。
足? タクシーか?
怒られなくて済んだのは良かったけど、ユーヒさんが俺に何を求めてるのかわからなくて、もやもやが残る。
「やっぱユーヒさんかっけぇな……」
浜田先輩は地面に足を投げ出し、後ろ手をついた状態でしみじみと呟いた。確かにそれだけは間違いない。ユーヒさんは何もかもかっこいい。一瞬で形勢をひっくり返す強さ、それを誇りもしないかったるそうな態度、悪辣な計算高ささえもひっくるめて、圧倒的にかっこいい。
あの高校生たちは異常に感性が鈍いか、死にたがりなんだと思う。ユーヒさんを目の前にして逆らう気になるなんて信じられない。
少しして、シルバーのミニバンが道路脇に止まって、中から出てきた男の人の手を借りて俺と浜田先輩は車に乗り込んだ。
初めて見る人だ。俺らが血と埃まみれになってるのを見越してか、車内にビニールシートが敷いてある。慣れてんな。
そういえば、と改めて自分の服を見下ろしたら、酷い有様だった。服で隠れる怪我はともかく服は誤魔化しようがない。これ全部ゴミ箱行きだな、とため息をつく。このシャツ、結構気に入ってたのに。
散々な休日だったけど、ユーヒさんの戦闘シーンが見れたのはラッキーだった。ドラマや映画のアクションシーンなんか目じゃない。見栄えや安全性を度外視した直球の暴力特有の、ひりひりするような威圧感。自分が向けられることを考えると怖いどころの話じゃないけど、味方の立場だと見惚れてしまうほどかっこいい。
誰の手も届かないほど高みにいるその姿が眩しくて、ずっと見ていたいと思った。
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