第13話

「なんかすっきりしねぇな! カラオケ行くか!」

 寂れた商店街に入ったところで、浜田先輩が突然がなった。

「え、マジすか」

「あんだよ、嫌いなん」

「いや、そういうわけじゃなくて、二人で行くって寂しいかなっていうか」

「あぁ、そーいうこと。じゃあほかの奴らも呼ぶか。あ、ユーヒさん今日この辺来るっつってたわ。来てくれっかな」

「えっ、ユーヒさん!?」

 俺はぎょっとして浜田先輩を凝視した。

「なに?」

「いえ……その、ユーヒさんって、カラオケとか行くんですね」

「行くぜ。お前ユーヒさんのことなんだと思ってんの?」

「や、だって、なんかイメージ湧かないというか、歌ってる姿が全然浮かばなくて」

「うめぇよかなり。あんま歌わんけど」

 あんまというか一切歌いそうにない。上手いとか下手とかそういう次元じゃなくて、人に歌わせて盛り上げさせといて自分はしらっと酒飲んでそうだ。

 あ、でもユーヒさん酒は嫌いなんだっけ。判断力が鈍るから無理とか言ってたような。 マリファナはたまに吸ってるのに。

 浜田先輩がスマホを出してなにやら打ち込みだしたので、近くのやってるのかやってないのかわからない服屋のウィンドウをなんとなく流し見ていると、道の向こうからやってくるガラの悪い集団が目の端に写った。

 紺のブレザー、鷲と木槿の校章、俺らより高めの背丈。根岸南高校の奴らだ。

 あちらもこっちの存在に気づいたようで、一人が浜田先輩を見ながら隣の男の腕を引く。

「なぁ、あれ参堂中の浜田じゃん。横にいんの誰? 初めて見た」

「一年だろ。お~い、浜田ちゃーん。シカトすんなよボケ。てめぇら実藤が強いからって調子乗りやがって、実藤がいねぇとなんもできねぇくせによぉ。なぁ浜田ぁ、年上に会ったら挨拶は基本だろ。頭下げて俺の靴舐めろや」

 にやけ面で言う男に、周囲の奴らが馬鹿笑いする。俺らが参堂だってわかってるのに吹っ掛けてくる奴、初めて見た。確かに浜田先輩は弱い方だし俺なんか言うまでもないけど、あとの報復が怖くてみんな低姿勢になるのに。

 あからさまに舐めた態度を取られて、浜田先輩は表情をピキらせた。俺達が舐められたってことは参堂中が、ひいてはユーヒさんが舐められたってことでもある。ここで下手に出たら、この一帯で揺るぎない頂点に君臨している参堂中の名に傷がつく。

 浜田先輩はヤる気なのかもしれない。正直俺は怖い。相手は高校生、体の厚みも背丈も上だ。しかも二対五。敵うわけがない。古賀先輩がいるならともかく、俺たちだけで倒せる相手じゃないだろう。そのことは浜田先輩だってわかってるはずだ。メンチ切る顔が少し強張っている。

「へー、あんたら年上だったんだ。余裕なさそーだからタメかと思っちゃったな」

 挑発するようなことを言いながら、浜田先輩は俺をちらりと見た。え、何? 俺も煽った方がいいのか? 言うことがなんも思い浮かばない。ていうか普通にビビってる。

「あ? 吹いてんじゃねえよクソガキが!」

 高校生たちは額に青筋を立ててキレた。反射的に後ずさり、かかとを半分浮かせる。ヤバい。これマジで喧嘩になる。

 どこから逃げればいい? 前は高校生の男五人が立ちはだかってる。左は寂れた個人商店、右は道路。後ろは空いてるけど足のリーチが違うからすぐに追いつかれるかもしれない。でもこれが一番可能性が高い。

 問題は、浜田先輩がどんなつもりなのかわからないってことだ。先輩が戦う気なのに俺だけ逃げたら、高校生に袋叩きにされるよりまずいことになる。

 先輩、さっきの目線どういうことなんすか? 煽りの催促? 隙を見て逃げるぞってこと? それとも戦うぞの合図? わっかんねぇよ! 今だけ心読める能力欲しい!

 俺が青ざめながら頭を高速回転させてる間にも、浜田先輩と高校生たちの罵り合いは過熱していく。

「ガキコラァッ! 中坊のくせにでけぇツラしてんじゃねえよ!」

「てめぇのツラのがよっぽどでけぇよ! ホームベースかと思ったわ」

「ああん!?」

「こいつ生意気すぎ。やっちゃおうよ、ケン」

「実藤いないしさ。中坊に喧嘩売られて黙ってるなんて示しつかねぇわ。つーか実藤もぶっちゃけ見掛け倒しだろ」

「だよな。ケンの筋肉ありゃワンパンだわ」

 呑気に歯を見せて笑う高校生たちの会話に、今日一でぞっとした。なんつう恐ろしいこと言ってんだこいつら。袖まくって腕の筋肉盛り上がらせてる場合じゃないぞ。ユーヒさんがどういう存在なのか全くわかってない。あの人は二、三歳年齢が上なだけでどうにかできるような人じゃないんだ。

 浜田先輩も唖然として高校生たちを見ている。すると、ケンと呼ばれていた奴がドヤ顔で腕を振り回し、大股でこちらに距離を詰めてきた。

「おい、ビビッて声もでねぇか? お前らにとっちゃ実藤が強く見えんのかもしんねぇけど、所詮あんなのはガキがイキってるだけなんだよ! 素直に謝れば土下座で許してやんぜ!?」

「ぁあ!? てめぇもっぺん言ってみろタコぅぐふっ!」

 浜田先輩は右ストレートを食らって吹っ飛ばされた。速い! 予備動作がほとんどなかった。スピードと腕力が噛み合って、回避が間に合わない。ユーヒさんに勝てるって思い上がるだけある。体格も、ほかの奴らは普通だけどこのケンって奴はホームラン打つ野球選手みたいにがっしりした逆三角形で、確実に180センチ以上ある。

 か、勝てるのか? こいつに。いや、無理だろ! 山内さえ殴れなかった俺ができることなんか皆無だ。相手に全然遠慮しなくていいのは気が楽だけど、全力で殴りかかったとしてダメージを与えられる気がしない。

 狼狽えているうちにこっちを向いたケンに腕を掴まれ、他の奴らが固まってるところにぶん投げられる。

 俺を受け止めた奴らはそのまま周りを取り囲み、四人がかりで小突き回してきた。四方から蹴りや拳が飛んでくる。ひっ! なんだこれ、逃げ場がない!

 咄嗟にかがんで頭を抱える。さっき見た三谷の体勢を思い出す。俺もあいつも喧嘩慣れしてない。きっとこれは本能が選ぶ体勢なんだ。反撃しようがないときはこれが一番ましだって。でもこんなのはただの一時しのぎで、ひっきりなしに襲ってくる痛みに、いつまで耐えられるのかと恐ろしくなる。

 そういえば、前にニュースでやってたよな。不良がリンチで中学生殺しちゃった事件。まさか自分が似たような立場になるとは思わなかった。

 こいつらそこまですんのかな? 別に恨んでるわけでもなくちょっと揉めただけの相手に……でも勢いってあるし、実際ユーヒさんたちは人殺してるらしいし。

「ヨッヂー! 起ぎろ! 根性見ぜろや!」

 高校生たちの壁の外から、浜田先輩の濁った声が聞こえた。姿は見えないが、あのケン相手にまだやられていないらしい。凄い。さっき思いっきり吹っ飛んだのに起き上がったのか。

「は、浜田先輩、これむっ!」

 無理です、と言う前に下から顎を蹴り上げられて視界に火花が散る。がつんと強制的に顎を閉められたせいで舌を噛んだ。悶絶している俺に、浜田先輩の怒号が届く。

「うるぜぇ、踏ん張れ! ユーヒざんにジメられでぇんか!」

「はははは! てめぇらみてぇな雑魚が仲間なんて実藤も大変だなぁ! あ、実藤も雑魚だからお似合いか」

「っでっめぇ……!」

 声だけで伝わるほど浜田先輩はぼろぼろだった。対して相手は余裕ありげに笑っている。

 見なくてもわかってしまった。これは対等な喧嘩じゃない。一方的にボコられてる。本当ならケンはすぐに浜田先輩を倒せるけど、あえて少しずつ痛めつけて遊んでるんだ。やっぱり高校生相手に勝てるはずがなかった。

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