第12話


 山内が休んだと、三谷から喜びのメールが来た。こいつも相当根性曲がってんな。山内がいなくなったところで、進学校のライバルなんて山ほどいるんだからまた誰かに抜かされるかもしれないのに、その度に襲撃を頼むんだろうか。

 弱くて臆病で卑怯で小狡い。優等生の皮を被ってても全然幸せそうじゃない。三谷は選択を間違えた。きっとこれからも間違い続けるだろう。

 逆恨みで襲撃されて怪我を負うことになった山内は気の毒だけど、あいつはまだましな方だ。こんな理不尽な思いをするのは今回だけなんだから。ただ金を貰えるってだけで、参堂中サッカー部がそこらの高校生の依頼を引き受けるわけがない。本当のターゲットは山内じゃないのだ。これから鎖を繋がれて一生後悔するはめになるのは――三谷だ。




「うまくやってくれたみたいだな。これ後金」

 相変わらずフードを深く被り、ぼそぼそと男は言う。

 俺はまた浜田先輩の後ろについて、橋の下で三谷と対峙していた。ただし今回は深夜じゃない。気が緩んだのか、塾の都合か、三谷の指定は午後五時だった。

「昨日は絶好調でさ、目障りな奴はいないし朝の占いは一位だったし、あ、もちろん占いなんて非科学的なこと信じてるわけじゃないけどなんていうか気分が良くて、まぁこれが俺の実力だし結局は俺が一番だってことがみんなに見せつけられたかなって、やっぱこれが俺の正しい立ち位置なんだよな。いずれこうなることはわかってたけどそれが短縮できて良かったよ」

 よっぽど嬉しかったのか、やたら口が回っている。まだテスト結果はでていないのに、もう一位になった気でいるらしい。

「どーも」

 浜田先輩は露骨にうざったそうにしながらも金を受け取り、ズボンのポケットにつっこむと、三谷の右肩をがしりと掴んだ。突然のことに三谷はびくりと体を揺らす。

「えっ、なに……」

「三谷クンがちゃあんとお礼ができる子で、ボク嬉しいな~。これからも月一で来るからよろしくね」

「はっ!? え、な、なんで? だってこれで終わり……」

「終わりなわけないでしょ? あのさぁ、ボクたちは三谷クンのために危険を冒して頑張って山内をやったんだよ? 三谷クンはそれに感動しないの? こういうのって、誠意が大事じゃん? もしかして、これ払ったらもうボクたちと縁切ろうとか思ってる? 悲しいな~。三谷クンがそんな冷たい人だって知ったら、お父さんもお母さんも学校の先生もびっくりするだろうな~」

 棒読み口調で白々しく追い詰めていく。三谷は浜田先輩の手から逃れようと身をよじったが、俺が横に回り込んだことで逃げ場がなくなり、硬直して唇を震わせた。

「な、なんだよ……脅してるつもりか!? こんなの約束と違う!」

「脅しなんて酷いこと言うなよ。友情の証として月三万俺らに渡すか、三万相当の情報くれればいいだけだって。あ、女子の盗撮動画とかでもいいぜ。明校女子なら需要ありそうだし」

 また下衆いこと言い出したな。同級生に盗撮されるとか最悪だろ。まぁ同級生にウリさせてる人たちからすればたいしたことないんだろうけど。

 三谷は警戒する小動物のように体をぎゅっと縮こまらせ、顔を真っ赤にして叫んだ。

「お、お前らなんか警察に言えばすぐに逮捕されるんだからな! 山内がお前らにやられたって匿名で通報してやる! あと俺がカツアゲされたって! 俺の叔父さんは警視庁にいるんだぞ!」

 浜田先輩は、はぁ、と派手にため息をつき、蔑んだ顔で三谷を見下ろした。

「あのさぁ、俺らはマエつくぐらいなんとも思ってねんだわ。この年なら鑑別所 かんべだしな。でもお前は違うだろ? いい学校行っていい会社入ってエリート様になるんだもんな? それなのにさぁ、自慢の息子が泣きついてきたらママ困っちゃうんじゃねぇの? 一番になりたくてライバル襲わせたら不良に脅されてまちゅ~って」

 空いている右手で三谷のフードをぐいっと引っ張り、顔を露わにさせる。三谷は目を見開いて口をパクパクと開け閉めした。気温は冷たいのに、額に汗が滲んでいる。やっとヤバい奴らのヤバさってものが実感できたか。

 自分から飛び込んでおいて今さら知らなかったなんて通用しない。三谷には同情心が湧かなかった。馬鹿がクズを利用しようとしたら弱みに付け込まれて痛い目見てるだけ。自業自得だ。

「ふ、ふざけるな! 俺は名門明翔に入った人間なんだぞ! お前らみたいな暴力しか能がない奴らの言いなりになん、かぁっ!?」

 三谷の声が裏返る。我慢できなくなった浜田先輩が腹に拳を叩きこんだのだ。オエッ、と顔面蒼白になり腹を抑えて崩れ落ちた三谷の頭を蹴り飛ばし、浜田先輩は唾を吐き捨てた。

「オベンキョーできるだけで俺らを使えると思ってるよーなクソバカが、いっちょ前にイキってんじゃねーよ。こっちはてめぇが依頼してきたDMも録音も全部握ってんだわ。それでも通報したいんなら好きにしろよ。ま、そうなったらてめぇのやったこと公開するだけじゃなくて家族ごと報復すっけどな」

 冷え冷えした声で告げ、亀のように蹲っている三谷を置いてその場を去る。

 登場人物全員ドクズで救いようのない案件だった。いや、山内だけはまともか。勉強ができるってだけで巻き込まれて暴力振るわれた可哀想な奴。

 俺は足早に歩いていく浜田先輩のあとをついていきながら、殴り損ねた男の幸せを願った。罪を犯さなかったお前はきっと報われるよ。今は怪我と風邪に苦しめられても、最後に笑えるのはお前のはずだ。

 勝手だよな。わかってる。でも、頼むからそう思わせてほしいんだ。

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