第11話
山内を道端に転がして、その場を離れる。すたすたと歩く古賀先輩についていくと、コンビニの駐車場に、来た時に乗ったタクシーが待機していた。帰りも送ってもらえるんだ。便利だな。運転手が俯き気味に会釈したので、俺もちょっと頭をさげる。
古賀先輩が助手席に座り、ほか三人は後部座席にぎゅうぎゅうになりながら乗り込んだ。目出し帽を取って、しゃっきりした夜の冷気に晒される。
「今日これで終わりすか?」
屋島が不満げに聞くと、浜田先輩は「楽な仕事っしょ」とスマホを弄りながら言った。
「あとは明後日ね。後金回収に行くから」
「荒事っつうから期待したんすけど」
「生意気言うなや、ガキ」
浜田先輩は手を伸ばし、俺の体越しに屋島の頬をぐいっと引っ張る。頬肉の薄い屋島は痛そうに顔を歪めた。
「あんまイキってっと潰すぞ」
「……すません」
一応謝ったものの、屋島はまだ納得いってない顔をしている。浜田先輩が自分より弱そうだから尊敬できないんだろう。屋島のモットーは弱肉強食だ。当然俺なんかゴミみたいに思われてる。
浜田先輩は目を眇めて屋島を見たが、ふと興味を失くしたように手を離し、スマホゲームをしだした。気まずいので俺も自分のスマホをポケットから出して漫画アプリを開く。
しばらく沈黙が続いた後、古賀先輩が低い声で言った。
「屋島」
一拍遅れて、はい、と屋島が答える。屋島は古賀先輩に対しては素直だ。部内屈指の強さだもんな。俺も屋島と一緒に、座席シートから覗く古賀先輩の後頭部をみつめる。
「暴力は必要な時に使うから力を発揮する。意味もなく暴れる奴は、無駄に疲れて無駄に敵を作るだけだ。お前は理性のない獣になりたいのか? 八つ当たりで恨まれ、つまらん乱闘でくたばるようなチンピラで終わるのか? お前の怒りはその程度のものか」
静かに夜道を走るタクシーの中に、不愛想な話し方をする古賀先輩の言葉が染み込んでいった。無口で何を考えてるのかよくわからない人だと思ってたけど、こんなこと言ってくれるんだ。屋島の方をちらりと見ると、真剣な目つきでじっと自分の膝の上の拳をみつめていた。
「……いえ、俺は、八つ当たりしたりしません」
屋島は言った。
「意味のある暴力にします。俺がもっと上にいくために力を使います」
表情は鋭いままだが、無暗にイラついているようないつもの雰囲気じゃなくて、芯を感じさせる顔だ。人間、気持ち一つでこんなに変わるんだな。ていうか、古賀先輩すげぇ。
「そうだ、お前は雑魚をボコって満足するような奴じゃない。暴れ足りない時は鍛えろ。それでも収まらないなら俺が相手になってやる」
「はい。ありがとうございます」
後部座席で古賀先輩からは見えないのに、屋島はきちんと頭を下げてお礼を言った。
もしかしたらこいつは、初めて喧嘩の強さだけじゃなくて精神的にも尊敬できる人に出会えたのかもしれない。サッカー部に入って古賀先輩と知り合えたことは、屋島の人生において大事な分岐点になるんだろうな、と思った。
――俺は。
俺は、どうなんだろう。ずっと、巨大な手に背中を押されて暗いトンネルに突っこんでいってる気分だ。前は見えない。戻れもしない。どこまでこの道が続いているのかもわからない。たまに浮かぶユーヒさんの幻影に縋りついて、かろうじて正気を保っている。背中を押す手はユーヒさんのものなのに。
背もたれに深く腰掛けて、真上の天井を見上げる。閉塞的な車内に五人も詰め込まれていることを思い出して、急に息苦しくなった。
後ろ手で座席に放り出した目出し帽を手繰り寄せ、握りしめる。古賀先輩は俺の救いにはならない。
重い瞼を閉じて、そっと息を吐いた。
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