第7話
「モテたいんなら伏見先輩に弟子入りでもすれば?」
適当に言ってみたら、野登は、わかってないなぁとでもいうように訳知り顔で俺を見た。
「伏見先輩はかっこいいけど、俺の系統じゃねぇだろ。俺はもっとこう、ワイルドでヤバい奴感溢れる危険な男っていうか」
そうか?
「群れのボスでハーレムの王っていうか」
お、おう……まぁ夢見ることは自由だけど。
「かつ男にも憧れられて、兄貴!みたいな。つまりユーヒさん――」
「無茶言うな」
とうとう俺は突っ込んだ。それは絶対お前の系統ではない。伏見先輩よりありえない。
というかこいつユーヒさんについてのイメージがだいぶポジティブだけど、そんなわかりやすい兄貴タイプじゃないだろあの人。幼馴染で右腕の古賀先輩にも心許してる感じしないし、絶対情に流されたりしなさそう。
ハーレムっていうのもなんか……まぁ確かに手駒の女子は沢山いるけど、はべらして喜んでるの見たことない。必要な時に呼び出して好き勝手に使ってるだけ。ユーヒさんはちやほやされたいとかモテたいとかいう欲求がないように見える。そこが野登とは決定的に違うところだ。
「なんでだよ。俺が弱いから? でも俺、西山先輩にセンスあるって言われたんだぜ。今度ボクシング教えてやるって」
「じゃあ西山先輩を目指せばいいだろ」
「やだ! 西山先輩モテねぇもん!」
叫んだ野登の肩が、後ろからがっしりとした手に引き寄せられた。大きい骨格にしっかり筋肉がついた大男、西山先輩だ。いつのまにか屋上に来ていたらしい。ニキビが目立つ武骨な顔をにんまり歪めて、固まっている野登の耳に囁く。
「誰がモテねぇって?」
「あっ、やっ、違くて! あの、えっと、」
「ボクシングやりたいんだったよな? 今教えてやる、すぐへばんなよ」
あーあ、駄目なルート入っちゃった。顔を引き攣らせて俺を見る野登に、ごめん無理、の意を込めて小さく首を振った。いやこれは自業自得だろ。俺が助けに入ったところで二人ともやられるのがおちだ。西山先輩、元々くだらないことで因縁つけて弱い奴ボコるの好きな人だし。
西山先輩は厚みのある体格で野登を屋上のフェンス際に追い詰めるとニヤニヤ笑いながら大ぶりに拳を振り上げ、野登がぎゅっと目を瞑った瞬間軌道を変えて腹に叩き込んだ。性格が悪い。全然爽やかじゃない方の体育会系だ。
殴打音と段々短くなる悲鳴をBGMに、俺は空を見上げてふわぁと欠伸を漏らした。やられてるのが木場だったらこんな呑気にしてないけど、野登を可哀想とはあまり思えない。あいつだって俺がぼこられてても助けないと思う。簡単な会話ぐらいはするし派手な喧嘩になることはないけど、俺たちはお互いうっすら嫌いあっていた。
あーそろそろ寒くなってきたなー明日カーディガンいるかなぁ、とかぼんやり考えていると、屋上に通じるドアが開いてまた誰か出てくる。伏見先輩だった。
「おっ、なになに、にっしー楽しそうじゃん」
軽い足取りで伏見先輩は西山先輩と野登に近づく。いつ見てもアイドルみたいなきらきらイケメンだ。
「こいつ、がっ! 俺の! 陰口! たたいてたからなぁ!」
殴る手は止めず西山先輩が答える。
「ふーん。でももう反応してないんじゃね? 殺すとヤバいからやめときな?」
伏見先輩の言う通り、野登はいまや殴られた反動で動いてるだけで、意識を失っているように見えた。西山先輩は手を止めてまじまじと野登を見たあと、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「よっえぇ。明日っからこいつ鍛えて持久力つけさせるわ」
「サンドバックにするために?」
「可愛い後輩のために決まってんだろ」
「あっはっは。やさしーじゃん!」
伏見先輩は大笑いして西山先輩の胸板をばしばし叩く。この二人はだいぶジャンルの違う不良だけど、妙に気が合うようだった。
ずたぼろになった野登をコンクリの床に横たえ、伏見先輩は何故か俺に笑いかける。
「なぁ、神ちー。そろそろ慣れた?」
「え……」
「神ちーいい子ちゃんだからさぁ、俺結構心配してたんだよね。俺らの仲間でいられっかな?って。駄目なら駄目で別にいいんだよ、色々使いようはあるし」
『使いよう』という言葉の響きの冷たさに、背筋がひやりとする。それは「馴染めなかったら放りだす」ではなく「馴染めなかったら使い潰す」を意味していた。一度取り込まれた人間は、例え役立たずでもまともな世界には戻してもらえない。なんとなく察してはいたけど、この人達相手に『逃げる』とか『見逃してもらう』なんて選択肢は取れないのだ。
「や、俺、先輩達に仲間だと思ってもらえてんなら嬉しいですけど……」
俺は曖昧な愛想笑いを浮かべて言った。奴隷として扱われるよりは、パシリ役の仲間ってことにしといてもらった方が百倍ましだ。
伏見先輩は、そう、と笑みを深めて俺の肩を叩いた。
「じゃ、今度さぁ、ちょっと人手いるから手伝ってよ。うまくやればお前もやっと童貞卒業できるし」
「え? なにするんですか?」
嫌な予感がした。今までの比じゃなく悪いことに巻き込まれるんじゃないかって予感。「次お前エナドリな」って、有無を言わさず万引きの指示をされたときと同じような圧迫感がある。どうすればこれを回避できる? とりあえず話題を変えて、なんかおもしろいボケでもして笑わして――くそ、こういうのは木場が上手いのに! でもその木場ですらとっくにそれじゃ誤魔化しが利かなくなってる。
内心焦りつつ必死で平静を装う俺に、伏見先輩はさらっと告げる。
「囲い」
「かこい?」
「みんなで輪になって的を囲むんだ。逃げらんないように。ま、ゲームみたいなもんだよ。気軽に参加してな。多分明後日あたり? わかんなかったら木場に聞け。仲いいんだろ?」
「あ、はい、まぁ……」
実のところ最近木場とはほとんど喋っていなかった。下手したら野登とより会話が少ないかもしれない。俺は変わってしまったあいつと話すのが気まずかったし、あっちもなんとなく避けてる気配があった。
「んじゃね」
伏見先輩は明るく言って俺に背を向け、屋上から校舎内に戻っていく。
俺はフェンスにもたれかかりながらずるずると体を落とし、コンクリの床に尻をついて目を閉じた。時折吹き抜ける少し冷たい風が心地よかった。こんなに爽やかな日なのに、俺の人生ときたらへどろみたいな汚いものに取り巻かれている。底なし沼に首まで浸かって動けなくなったところを、上から笑顔の悪魔におさえつけられているような感覚。
何も考えたくなかったから、とりあえずさっきの話は忘れることにした。問題を先送りにしたのだ。
カア、という間が抜けた鳴き声に薄目を開けると、淡い色の青空を背景に貯水槽から飛び立つ烏が目に映った。可愛い。家族から趣味を疑われても、俺はなんとなくふてぶてしく見えるあの鳥が好きだ。自由で、逞しくて、堂々としてて。
出口の見えない学校生活の中で、屋上でぼんやりするこの時間だけが唯一の癒しだった。
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