第6話

 最悪な環境であってもそれが続けば日常となり、なんとかその中で生き延びる術を身につける。この術というのは小手先の技だけじゃなくて、無意識の防衛本能からくる思い込みも含まれる。

 ギラギラした太陽がやっと落ち着きを見せ木々が赤く色づき始めた九月、俺は中学生活もそんなに悪くないと思うようになっていた。朝早くから夜遅くまで追い立てられるように練習している野球部や、新人しごきがキツいと噂の吹奏楽部、活動内容は大人しいが校内ヒエラルキーが低く肩身の狭い美術部などに比べると、サッカー部は緩くて自由。目指す目標もノルマもないし、どんな校則違反も咎められない。

 先輩には絶対服従だけど機嫌を損ねなきゃそれなりに可愛がってもらえるし、同級生からは一目置かれる。……まぁハブられてるとも言うけど。しょうがないよな、俺だってもしこんなことになってなかったら関わりたくないもん、不良グループの同級生なんてさぁ。

 ただ、どういうわけかわからないけどたまに女子からは告白されてる。不良に憧れるタイプの子なんかな。結構可愛い子もいて普通につきあいたかったけど、巻き込むのは可哀想だから全部断った。俺とつきあってるのがバレたら先輩に何かされるかもしれないし。さすがに先輩に彼女差し出すほどのクズには堕ちたくない。

 ちょっと憂鬱なのは、親にバレかけてること。

 学校出たら速攻で消臭剤学ランに噴きかけまくってアクセはずして第一ボタンまで留めて、って気をつけてるけど、最近お母さんはよく眉を寄せて困ったような顔で俺を見てくる。煙草押し付けられて焦げたシャツ、カモフラで破いたのがまずかったかな。それとも先輩のおふざけで足引っかけられて捻挫したの気づかれた? あれ地味に痛いんだよな。俺が転んだの見て爆笑してた同学年の野登が俺の代わりにパシらされてたのは、ちょっとすっとしたけど。

 野登、浜田弟、屋島は俺と木場みたいに無理矢理入部させられたんじゃなくて、本人の意思で入った筋金入りの不良だ。浜田弟は青髪の浜田先輩の弟で、屋島は父親がDV野郎なせいで本人も暴力に躊躇がない。

 家庭環境が悪い浜田と屋島がグレるのはまだわかるけど、野登はヤンキー映画が好きというすげー軽い理由で不良化したらしくマジで理解できない。自己紹介する時に「強い人が好きで! ユーヒさんならてっぺん取れると思いまして!」って言って浜田先輩から拳骨くらってた。そりゃそうだ。この学校にてっぺん制度はないし、ユーヒさんは既に頂点だ。

 しかもあいつ、一年は染めちゃ駄目という暗黙の了解があるのにうっすら茶髪にしてる。本人は地毛だって言い張ってるけど、ユーヒさんが「勝手にしろ」って言わなきゃ確実にほかの先輩にシメられてたぞ。元々ユーヒさんに憧れてたらしい野登は、それでますますユーヒさん信者になった。不良になりたくて不良になってる野登は、俺と違って充実した生活を送れてそうで羨ましい。

「よーっす、神ちー。教育実習生来るってよ! 見た?」

 俺らの溜まり場と化している屋上でぼんやりしてたら、いつものようにへらへら笑いながら野登が声をかけてきた。

「いや、知らない」

「そっか。曽根先輩が見たらしいぜ、女だって」

「ふーん」

 適当に聞き流して昨日木場がギってきたグミを噛む。この新味いいな。今度俺が行かされるときは木場が好きなガムにしてやろ。

「テンション低っ。まぁどーせ美人なら先輩が食っちまうんだろーけどさぁ。あー、俺も混ぜてもらえねぇかなぁ」

「……お前そういうことよく言うけど、実際マジでヤりたいわけ?」

「んぇ?」

「いや、なんつーかさぁ……先輩の真似してるだけってことない?」

「そっ、いやっ、そんなわけねーべよ! 俺健康な男だし! ワルだし!」

 両手を無駄に動かして、面白いぐらいにテンパってる。野登はこういうとこほんとわかりやすい。やっぱこいつただ「気軽にヤるとかヤったとか言うのかっこいい」って思って言ってるだけだな。馬鹿だ。

「エロキャラ出し過ぎると女子が引くぞ」

「い、いいんだよ別に! 強い男はモテんだから強くなりゃ関係ねーよ!」

 正確には『強い男は相手の気持ちを気にしなくても無理矢理女を手に入れられる』だ。野登はそういう奴になりたいらしい。つまりはユーヒさんに。まぁユーヒさんに憧れるのはわからないでもない。でもあの人は別格で、下手に真似したところで『強くもないし優しくもないしおもしろくもないモテない男』ができあがってしまう。野登はそのルートに行きそうな気がする。

「お、お前なんかなぁ! イケメンだけどそんなスカしててモテんのは今だけだぞ! 伏見先輩だって女釣るのは手間かけるって言ってたし!」

「はぁ? モテてねーよ」

「はあぁ!? ……くっそ!」

 野登は拳を握りしめ、その手を何度か振り下ろして悔しがる素振りを見せた。なんだこいつ。

 伏見先輩は二年のイケメンで、ユーヒさんとは別に近隣一帯の不良系女子を管理してるやり手だ。精神を破壊されて洗脳状態に追い込まれるユーヒさんの駒と違って、不良系の女子はちゃんと自我がある。ただ親と仲が悪いとか放置されてろくにご飯がもらえないとかで困ってる場合が多くて、そういう子が自主的にお金を稼ごうとするとき伏見先輩を頼るのだ。

 それで稼いだお金のだいたい六割が生活費や遊興費、三割が仲介料と警護代になるんだけど、残りの一割は伏見先輩が管理している。あの人顔が良い上に口も上手いし女子には優しいから、信用されやすいんだよな。実際お金誤魔化すわけではないし。

 そうやって集まったお金を、利息取って人に貸したり、ユーヒさんの知り合いに投資運用させたりして増やしているらしい。先輩達がやたらと高いアクセとかスニーカーとか身につけてるのは、かっぱらってきたからというだけではないのだ。

 伏見先輩こそ本物のモテ男だ。俺は不良系の先輩女子たちに可愛い可愛い言われがちだけど、あれはモテじゃなくておもしろがられてるんだと思う。露出高い女子が近くにいるときょどる童貞が珍しいからいじってやろうってことなのだ。伏見先輩みたいな気の利くイケメンに慣れてる人達が、ぼーっとした俺に惚れるわけがない。もちろん野登なんか論外だ。

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