第04話 カラドリウス①

 相互通信のコールを受けて、彼女の画像を映し出す。

 見覚えのあるその顔に、アリアは思わず目を見開いた。

 現れたのは美少女だった。

 真っ青な髪に、ルビー色の目。

 へにょんと垂れ下がった細眉は困惑が現れている。

 顔立ちは幼くも整っていて、いかにも男ウケしそうなデザイン。

 画像からはあまりよく見えないが、その胸は大きすぎず小さすぎず丁度いい。

 あらゆる点で配慮しながらも、僅かに体のラインがエロティック。

 この露骨とも言えるキャラクター。

 彼女こそがゲーム開始時に選択できる主人公の一人。

 デフォルト名をモニカ=ユンカース。

 機体名もまたデフォルト名の【カラドリウス】である。


(いよっしゃあああ! この世界の主人公はモニカたん! やった!)


 思わずニンマリしてしまうアリア。

 それを見て、通信画像奥のモニカは「ひっ」と怯えていた。

 それもそうだろう。

 アリアはモニカにとって格上のランカーお嬢様。

 そんな彼女が舌なめずりとばかりに微笑んでいるのだから。


『あ、あの、ごきげん麗しゅうアリア様。お初にお目にかかります。モニカ=ユンカースです。お噂はかねがね伺っております……あの、それで、そのう』


 言いたいことはわかっている。

 学園所属同士とはいえ、基本的にお嬢様とは傭兵である。

 戦場で出会ってしまったなら二つに一つ。

 敵か、それとも味方かである。

 今回はどうやら敵として出会ってしまったようだ。

 何故こうなってしなったのかも当然アリアは承知している。

 おそらく彼女が受けたの任務は「環境保護団体救出作戦」だ。

 最初の任務で「殲滅戦」とか「妨害戦」とかディストピアらしい依頼が並ぶ中で、「救出」とあるならそれを選んでしまうのが人情というものである。

 だがこれはシリーズ恒例の罠。

 大抵の場合、善意っぽい任務ではストーリー終盤でようやく倒せるかどうかのランカーGL――いわゆる「先生」的なキャラが出現し、負けイベントに突入する。

 この『ギガンティック・レディ』においては、その役がアリアだということだ。

 さて、ここがアリアの把握している中で一番最初のストーリー分岐。

 やることはただ一つだけである。


(敵対しない! とにかく仲良くならなきゃ!)


 でなければ、死。

 アリアが最終兵器として世界に喧嘩を売る「デストロイヤーお嬢様ルート」だ。

 アリアは緊張を悟られないようにすーっと息を深く吸い込んで、静かに吐く。


「こちら学園所属、【ダイナミックエントリー】ですわ。あなたが最近入ってきた転校生ね。お噂はかねがね」

『あう、その、私……』

「まず最初に言いますわ。貴方とは戦いませんからね」

『え……!?』


 安堵半分、驚き半分と言った顔だ。

 アリアに撃たれるのでは無いかと身構えていたのだろう。

 ゲームのアリアならそうする。

 が、今は違う。

 アリアであって、アリアではないからだ。


「何が楽しくてこんな可愛い子を撃たなきゃいけませんこと、ねえサム?」

『え、君そういうのは問答無用で蜂の巣にしてなかったっけ。見たところ彼女、僕たちの依頼の妨害に来たっぽいけど?』

「嫌なものは嫌ですわ」

『はぁ……』

 

 サムは怪訝けげんな顔をしていた。

 しかし、


『ま、君の気まぐれは今に始まった事じゃない』


 と半分納得、半分考えを放棄していた。

 アリアの中の人が宿る前は、考えたら負けな性格をしていたことが伺える。

 そんな彼を尻目に、アリアはニコリと笑う。

 モニカは尚も緊張しているようだった。

 さてここからが本番である。

 戦いでも交渉でも、最初のパンチが重要。

 ということで、アリアは初っ端からこう切り出してみた。


「モニカ。貴方マグナムシャネルズの依頼を受けたでしょう?」

『へぇ!? 何で知ってるんです!?』

 

 驚くモニカ。

 アリアは当然、そういう顔をするだろうと思った。

 サムも興味があるとばかりに眉根を上げている。

 

「カンタンな事ですわ。先ほどあの艦から出てきた量産機メイド達と交戦しましたけど……二機ともマグナムシャネルズ製の最新機でしたの」

『そ、そうなんですか――』

「おそらくあの戦艦もそう。最新鋭の機体を持っているということは、最新鋭のメンテナンス設備も持っているということ」

『あの、守るのは環境団体と伺っていたのですが』

「ニブいですわね。環境保護で戦艦だの量産機メイドだの用意できまして?」

『……無理ですね』

「なら、焚きつける者がいる。与えるものがいる。何をしても彼らのせいにして、利益を得るものがいる――」

『それがマグナムシャネルズと言うことですか?』

「御名答ですわ」


 推理小説の探偵のようにスラスラと言うアリア。

 当然これは知っているからである。

 因みにアリアの中の人は初見の時


「お前らグルだったんか!」


 と画面に吠えていた。


「他の勢力に最新機を回収されては困る。貴方へのは、その為の依頼。あの連中はモルモットであり捨て駒ですわね」

『捨て駒、ですか。私は捨て駒を回収しろと――』

「オマケに貴方はテロに加担することにもなる。あの連中の目標ご存じ?」

『抗議活動のため違法洋上施設への威力偵察と』

航空居住区ギガフロートへの砲撃ですわ」

『――!!』

「これがお嬢様の世界、ですことよ」


 モニカがショックを受けている。

 この世界で珍しい、善性の塊のような反応。

 そして、反吐が出そうな邪悪を見たという顔。

 アリアは


「その顔わかるわ~こんなんばっかやで」


 と言いかけたが我慢した。

 

「マグナムシャネルズは良い兵器を作りますけど、わたくしもこういうのは好きではないですわ」

複合企業コングロマリットだからね。どこも開発部門と上層部は別物と考えた方がいい』


 と、サムが割り込んでくる。

 世知辛い、と言わんばかりの顔だ。

 

『ちなみにアリアの推理には僕も同意だ。依頼人の『第9航空居住区自治会ギガフロート・ユニオン』は波動砲教会の息がかかってる。マグナムシャネルズとは犬猿の中だね』

【音声モード:兵器のウチが言うことでもないんスけど、ニンゲンってエゲつないッスね】


 でしょう、とアリアは再び肩をすくめた。


「モニカ。このままだと勢力間の代理決闘ですわ。くだらない。そんな依頼、放棄しちゃいなさい」

『い、いやでも、その』

「我々は傭兵であると同時に誇り高きお嬢様ですわ。勢力間の陣取りゲームに命を散らすほど、安くないの』

『我々は、お嬢様……ですか』

「そもそもこれ、相手方の契約違反ですわよ。それでもガタガタ言われるならこう言いなさい――あんまり新人をいじめると、このハイランカー、アリア=バスター=三千世界ヶ原がおめかしして参りますフル装備で凸るぞテメェとね」

『!』


 アリアのようなハイランカーは、三大勢力にある程度無茶を通せる。

 そのぐらいの戦闘力を持つ、という設定がある。

 アリアはそれをやり過ぎるからこそ問題児イリーガルと言われていた。

 ただ今のアリアは、単にわがままを通すお嬢様ではない。

 とにかく生き残りに必死である。

 モニカと敵対しないためならば、使えるものは全部使うと心に決めていた。

 しばらく沈黙が続く。

 モニカの機体【カラドリウス】は乱入する様子がない。

 内心アリアは胸を撫で下ろした。


「それで良いのですわ。命あっての物種ですわよ」


 モニカの顔はどんどん曇っていく。

 安堵と恐怖と、そして僅かに悔しさが入り混じった顔。

 未だ何か言いたげで、少し口を尖らせるも推し黙る。

 そのいじらしさといったらたまんない。

 アリアの中の人は


(はーモニカたん可愛いギュッてしたい)


 と身悶えていた。

 因みにアリアの中の人に百合のケは無い。

 が、可愛いものはジェンダーなど問題ない、可愛ければ最終的に側に居ればよいという考え方である。

 とどのつまり、なんでも節操なくデュフる。

 必要であれば私財を投げ打ってでも推す。

 オタクの鏡である。



【警告:パイロットメンタルの高揚を確認】



 呆れたかのようなアラートが鳴る。

 アリアは物理コンソールで


「お黙り」


 と伝えると、再び総合管制AIのD.E.ディー・イー


【へーい】


 と引っ込んでいった。


「そんな顔をしないでモニカ。可愛い顔が台無しよ」

『可愛いだなんてそんな!』

「うふふ。それではごきげんよう。学園で会いましたら、お茶でもしましょう。可愛い新人さん」

『そんな……お、畏れ多いです!』

「いいの。わたくしが気に入ったのだから。いつでも甘えてきなさい」


 チュッと投げキッス。

 すると、途端にモニカの顔が紅くなる。

 反応がいじらしくて可愛い。

 アリアは思わず戦闘を放棄して


「あ~んモニカたんちゅっちゅ」


 と飛んでいきそうになったが、努めて堪えた。

 そして誤魔化すように操縦桿を倒し、戦艦に向かっていった。



 ――何はともあれ、バッチリきまった。

 ――これで生き残れる!


 

 対空砲火をヒラリヒラリとかわしながら、アリアは鼻歌を歌う。


『随分と気分よさそうだねアリア。そんなにモニカ嬢のことが気に入ったのかい?』

「ええ」

『甘いと切り捨てるかと思ったけど』

「一人くらいああいうのがいていい。そうでしょう?」


 と、それらしく返す。

 内心は


「デストロイヤーお嬢様ルートを回避した!」


 と飛び上がって喜びたい気分だ。

 さて。

 あとは自分の立ち位置さえ間違えなければ、主人公と共闘するルートに入るはず。

 つまりは、生存確定である。

 だが喜びに浸る前に、今は眼前の問題を片付けなければならない。

 戦艦から発射された迎撃用マイクロミサイル群をヒラリと避けていく。

 しつこいものは腰部装甲スカートに納められたミサイル用のデコイでロックオンを散らす。

 そうやって次々と打ってくる手を冷静にかわして戦艦に肉薄。

 管制室は目と鼻の先にあった。

 メインカメラには唖然としている敵の司令官の顔まで見える。

 ここで鉛玉をしこたまくれてやってもいい。

 だが、せっかく主人公モニカが見ている前である。

 派手な花火を上げてしまおう。

 アリアはそう思った。


杭打ち傘パイルバンカーパラソルを使いますわ! モニカ、よく見ていなさい!」

『は、はい!』

 

 ボイスコマンドに呼応してメインモニターに


接続開始がってん承知


 の文字が浮き出る。

 やがて腰部装甲スカートから多目的アームが出現。

 【ダイナミックエントリー】の左腕に何かを取り付ける。

 接続されたのは巨大な傘――。

 否。

 まるでそれは、のようだった。


【エレガントウエポン:レディ】

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