第05話 カラドリウス②

 この世界には対立する三大勢力があり、各々がGLギガンティック・レディ用のパーツを作っている。


 一つ、ジュエリー業界からまさかの兵器製造に転身。

 史上稀に見る成功を果たした『マグナムシャネルズ』。

 掲げる『火砲はダイヤモンドの輝き』の通り、実弾武器を得意とする。

 GL用パーツも堅牢かつ確実なものばかりだ。


 一つ、全ての信仰を武力でまとめた超越宗教団体『波動砲教会』。

 光あれと神は言った。

 ならば熱線にも神は宿る。

 故にレーザー兵器を最も得意とする。

 GL用パーツはスタイリッシュで軽量な製品が多い。


 一つ、絶滅危惧種ジャパニーズが作り出した電子の迷宮。

 世界の裏側を識る『アキバ・クーロン電脳商会』。

 電子戦兵器製造を得意とするが、基本なんでも作る。

 GL用パーツはクセが強いが、組み合わせ次第で大化けする。

 

 それぞれのメーカーにパーツや武器の特徴がある。

 特にその色が強く現れるのが必殺兵器エレガントウエポンである。

 彼女の扱う杭打ち傘パイルバンカーパラソルはその一つ。

 名の通り対艦用杭パイルを撃ち込む武器だ。

 ロマンの塊のようなそれは『アキバ・クーロン電脳商会』製である。

 杭は銃身のような筒に覆われて、先っちょがニョキッと生えている。

 やがて銃身の先端がババっと六方向に枝を伸ばすと、その間をバリアが覆った。

 それは確かに傘のよう。

 杭が破壊した装甲がGLに降り掛からないようにするためだろう。



【警告:エレガントウエポンに高負荷。他の火器管制システムをシャットダウンします】



 エラーメッセージがメインモニターを覆った。

 ようするに他には何もできないという事だ。

 傘の部分がギュラギュラと周る。

 次第に杭が収められたバレルが電磁を帯びて青く光る。

 正面を見ると、戦艦の主砲がこちらを向き始めていた。

 愚行である。

 今更そんな事をしても、もう遅いというヤツだ。


「甘い! 既に捉えましたわ!」


 アリアは即座にメインブースターを展開。

 フワッと浮き上がって砲塔を追い越し、再び降りる。

 杭打ち傘パイルバンカーパラソルのその先端は、主砲の根元にピタリとつけられた。



「発射ァ!」



 ガチリ、とトリガーを引く。

 けたたましい破壊音が響き、衝撃がコクピットを揺らす。

 その威力の凄まじさは、メインモニターが一瞬ホワイトアウトするほどだった。

 視界が晴れて一番最初に見えたのは、戦艦主砲の台座に大きく穿たれた大穴。

 天にそそり立っていた主砲はひしゃげ、中折れしていた。

 戦艦が急に速度を落とす。

 大穴からは火災が見えた。

 甲板にはわらわらと乗務員たちが現れて、我先にと脱出艇に乗り込んでいた。


 これがエレガントウエポン。

 戦況を一気に覆す、一度きりの超火力。


 こんな馬鹿げた兵器を単体運用可能な有人兵器。

 これこそが貴婦人型汎用兵器ギガンティック・レディが兵器の覇権を取る理由の一つである。

 アリアはすぐさま戦艦から離れ、海の上で火球と化す鉄の塊を見届けていた。



【敵勢力の無力化を確認――姐さんお疲れさんっス】



 砕けた声が聞こえてきた。

 総合管制AIも緊張の糸が解けたらしい。


『アリアお疲れ様。あちらさんもようやく白旗上げたよ』

「わたくし達の役目はこれまでですわね。あー疲れた」

『そう? けっこう余裕そうだったけど?』


 戦う分には全く問題がない。

 というか、こんな初期ステージ目を瞑ってでも攻略できる。

 疲れた原因は当然、主人公の登場だ。

 一歩間違えればバッドエンド真っ逆さま。

 だが上手くいった。

 戦いを回避した上で、後輩に良い姿を見せてあげた。

 これでバッチリだろう。

 ここからは安泰も安泰。

 あとは適当にミッションをこなすだけ。

 ついでにお嬢様学園生活をエンジョイする。

 世界に忍び寄る危機はほどほどに、いろんな街に出掛けて遊びまくる。

 時々モニカの依頼を手伝っては、名誉を全てモニカに渡して恩を売るだけ売る。

 やがて彼女を立派な英雄にする。

 この世界では『黒いお嬢様ブラックレディ』という伝説の存在がある。

 彼女を皆にそう呼ばせるのだ。

 そして終末の時を乗り越えて、「お姉さま」と「愛しい妹」という関係になる。

 最強のお嬢様として世界に君臨して、自由気ままに生きるのだ。

 これぞアリアの描く「永遠の姉妹ルート」である。今考えた。

 そういうルートがあるのかどうかは知らない。

 だが、エンディングが自動で生成されているとも噂されるゲームだ。

 似たようなのがあるかもしれない。

 あってくれ頼む。

 なんにせよ、何とかなりそうだ異世界転生。

 最初はどうなる事かと思ったが、人間やればなんとかなる。

 もしかしたらこれは前世のしょうもない人生に耐えた、そのご褒美なのでは――



【戦闘モードへ強制移行】



 けたたましいアラート。

 メインモニターは


緊急事態発生やめちくり


 と表示され、端っこに映るサムも驚きのあまりコーヒーを溢していた。


「な、何!? 何が起きましたの!?」

『アリア。モニカ嬢が来る。D.E.ディー・イーは反射的に戦闘モードになったみたいだね』

「モニカァ!?」


 その通信のあと、ゾッとするような気配を背後から感じた。

 オカルティックな表現になってしまうのだが、そうとしか言いようが無かった。

 アリアが自機を振り向かせる。

 現れたシルエットに、心臓が口から飛び出るかと思った。


「……モニカ、貴方、何をしてるの」


 真っ直ぐに近づいてくるのは漆黒のGL。

 関節部が青色に光る、いかにも物語を回さんとする出立ち。

 モニカの機体【カラドリウス】だった。


『アリア様。いえ、アリアお姉さま』


 あっ。

 お姉さまって言われるのイイ。

 もっと耳元で囁くようにお願いします。

 ASMRが出たら言い値で買います。


 ――いやいや。自分、正気に戻れ。

 ――なんだかやっべえことになってんぞ。

 

 ほっぺをペチペチ叩くアリア。

 総合管制AIは何か言いたげそうだが、何も言わず引っ込んでいった。

 メインモニタに現れたモニカの顔にヒッと声を上げるアリア。

 彼女の顔は可愛らしい顔から一瞬だけ、獣のような顔になった。

 しかしすぐに恥じらう少女のそれになる。


『あの、私。アリアお姉さまの闘いがとても素晴らしくて!』


 感動を伝えに来たということなのだろうか。

 ならば安心かと思いきや。

 何かとてつもなくクソデカい感情ものがのしかかってくる。

 そんな、明確なイメージが見える。

 これ、以前に経験したことあるかもとアリアの中の人は思い出す。

 高校の時、アリアの中の人は後輩の女の子に告白されたことがあった。

 その時まだ恋愛の多角的な視点を持ち合わせていなかったので、


「や、無理」


 と、キッパリ断った。

 その時だった。

 後輩の子の背中からゴアッと真っ黒な感情が噴き出したのだ。

 あまりの恐ろしさに、おしっこをチビるかと思った。

 実際ちびったかもしれない。

 その後、後輩はしつこくつきまとい、立派なストーカーになった。

 最終的に保護者と学校を巻き込んだ騒ぎになり、青春の大部分がトラウマで埋まることになったのだ。

 モニカがまとうそれは、アレに近いように思える。

 近いってだけで、彼女に限ってそんなことはないと信じたい。

 こちらが一方的に知っているとはいえ初対面だ。

 まさか告白だなんてことは――

 ビビリ散らかしているアリア。

 モニカは何かを言おうとして、顔を赤らめては黙る、を繰り返している。

 可愛いのと不安が波状攻撃。

 アリアの背中は汗でびっしょり。

 D.E.ディー・イーはしきりに


【パイロットバイタル・メンタル共に急激に下降】


 とわめいている。

 モニカが息が荒くなる。

 やがて十八歳未満は見せられないような恍惚しゅきの表情になった。

 ついに彼女の口から、ぽろりとこぼれ出たのは――。


『お姉さま――私とひとつ、戦ってくれませんか』

 

(なんでだよおおおおおおおおおおマジかよおまええええええええええええええふざけんなああああああああ!)

 

 アリアは心の中で絶叫した。

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