第03話 ダイナミックエントリー③

 有空ありあはカスタムロボットゲームの世界一。

 その点を除けば、ごく普通の社会人だった。

 今の姿とは似ても似つかない、高身長かつ黒髪クール系。

 学生の頃はなぜか異性より同性にモテた。

 だが中身はガッツリとオタクだった。

 もう社会人辞めてゲーム配信系Vtuberにでもなろうかなとフワフワ考えていたある日のこと。車に轢かれそうになった猫を咄嗟とっさに助けて、そのまま全身を強打のち死んでしまった。

 せめてここで辛うじて生き延びたなら、人語を話す猫が恩返しを押し付けてくるファンシー&キュートな物語が始まったかもしれない。

 だが、現実は無常である。

 彼女はどういうわけか鋼鉄の咆哮が響き渡る『ギガンティック・レディ』の世界に転生していた。

 しかも転生したのは主人公ではなかった。

 よりによって悪役令嬢、アリア=バスター=三千世界ヶ原だった。

 アリアはいわゆるライバルキャラである。

 恐ろしく強いが基本コミカルに立ち回り、勝手に主人公をライバル視する。

 最初こそこちらを圧倒するが、こちらの装備が整い勝てるようになると度々再戦を挑まれる。

 そして撃破のたびに笑える捨て台詞を放ち、ギャン泣きしながら去っていくのだ。

 愛されキャラと言えばいいのか。確かに人気はある。

 有明の決戦場コミケではジャンルの多くが彼女の薄い本である。

 しかし彼女は物語終盤になるとその属性がガラッと変わる。

 主人公への嫉妬のあまり病み、壊れ、全てを失いーー最終的にはラスボスとして襲い掛かってくるのだ。

 その変貌ぶりはSNS上でも最恐と呼び声高く、



「愛しておりますのぉぉぉおおお貴方をおおおあはははははは!」



 という機械的な声が混ざった愛の絶叫はトラウマ級。

 そして画面を埋め尽くす苛烈な攻撃はプレイヤーを恐怖のどん底に陥れた。


 

「主人公じゃないんですの!?」



 それが数ヶ月前、有空がアリアとして発した最初の一言である。口調までアリアになっていたのは戸惑ったが、もう慣れた。

 この珍妙不可思議なる、しかし


「なるほど転生か」


 ……とすんなり理解できた現実がショックで自室に引きこもること三日。

 見かねたサムに布団を引っ剥がされたところで、ハッと気づいた。

 

「そうだ。このゲーム、まだ発見されていないルートがあるはず!」


 実はこの二〇三〇年発売の『ギガンティック・レディ』の世界はエンディングがかなり多い。

 あまりにも多すぎて、攻略サイトすら匙を投げるレベルだ。

 ようやく浸透し始めた6G技術を無駄に応用して、データセンターとやりとりの末、物語が自動生成されているのではないかとも噂されている。

 ならば、アリアがラスボスにならないルートは必ずある。

 ……と、今はそう信じるほかない。

 最初は逃げようかと思った。

 しかしサム曰く、この個人IDが完璧に管理された世界ではすぐに見つかるとのこと。

 そもそもお嬢様はイコールGLとも言える人材。

 その脱走、もとい途中退学は各勢力の争奪戦になるとのこと。


「君ならやりかねないけどね。三大勢力と鬼ごっことか」


 彼は冗談だと思ったらしくケラケラ笑っていた。

 ですよね。

 知ってた。

 当然、元の世界にも帰る術もないのだろう。

 何故なら明確に「あーこれ死んだわ」って解るから。

 肉体が残ってるのも怪しい。

 なんせ激突したのはエルフの名を冠するトラックである。

 そら死ぬ。

 そら異世界行く。

 納得である。

 ならば抗うしかない。

 闘うしかないのだ。

 

「畜生めええええ!」

 

 淑女あるまじき絶叫と、無駄にあるおっぱいをぷるぅんぷるん震わせてしばらく。

 腹をくくったアリアは、生き延びるために二つの目標を掲げた。


 一つ、ゲーム知識を生かして、知りうる限りのフラグに先回る。

 最悪な結果になる要因や因縁を片っ端から潰して生存に特化する。


 一つ、主人公を味方につけること。

 悪役令嬢ではなく「実は善人キャラ」になることで、主人公の信頼を勝ち取り、ラスボス化の決定的なフラグをへし折る。


 彼女は生き延びるために、努めてお嬢様となる道を選ぶしかなかったのだ――



【警告:パイロットメンタルに異常あり――姐さん? 大丈夫っスか?】



 ハッとなってコンソールを叩き、エラー表示を引っ込める。

 愛機の総合管制AIが一瞬通常モードの口調で話しかけてきた。

 ようするに、ビックリして素に戻ったのである。

 アリアは


「何でもないわD.E.ディー・イー


 と物理コンソールを叩くと、


【そうッスか。ウチはこれでも心配してますんで】


 と、引っ込んでいった。

 D.E.ディー・イーとはアリアが愛機の総合管制AIにつけた名前である。

 通常モードではやたら喋るので、【ダイナミックエントリー】からD.E.ディー・イーと名付けたら気に入ったらしい。

 ――さて、サムへの言い訳はどうしようか。

 バイトの執事オペレーターで本業は教授。

 なので、学習意欲を示せば余計な疑念を抱かせないで済むかもしれない。


「サム? わたくしこれでも結構勉強しているのですけれど」

『勉強と来たかお嬢さん。なら僕が手取り足取りバリア工学を教えてあげようか?』


 やっぱり食いついてきた。

 チョロいなこのドS眼鏡と、アリアは口角を上げる。

 

『お嬢様たちの中でも珍しく突撃する君からは、いつも生きの良いデータが取れる。だから特別に授業料はサービスしよう。どうだい?』


 なんとも気分の良さそうな顔。

 インテリジェンスを少しでも匂わせたら、すぐに破顔して距離を詰めてくる。

 典型的な孤高の人。

 友達少なそう。

 実際少ないらしい。

 そんなんだから同人誌で掘られまくってるんやぞ。

 いやはや、ごちそうさまです。

 ……とアリアは言えない。

 

「今のあなたは私の執事オペレーターですことよ?」

『つれないね――さ、メイドが射程圏内に入った。尻を焼かれないようにね。君なら大丈夫だと思うけど』


 コクピットに、三度アラートが鳴り響く。

 操縦桿からヒリヒリと伝わる殺意を感る。

 アリアは【ダイナミックエントリー】を加速させた。

 擦過する対GL用徹甲弾は、先ほどの対空砲に比べ精度が段違いだ。

 空へと舞い上がる【ダイナミックエントリー】を追う量産機メイド

 さらには、戦艦からの支援砲撃。

 はたから見ればアリアの劣勢だ。


「追いかけっこは好きですけれど……そんなに時間をかけてられませんわ!」


 アリアがそう吠えると、どっせいと左の操縦桿をひき、右の操縦桿を押し込む。

 すると【ダイナミックエントリー】のメインバーニアが突如停止。

 続いて、サブスラスター噴射により横回転。

 アリアの愛機はやや落下しながら、クルリと背後を向いた。

 突如のことで、メイドは度肝を抜かれただろう。

 慌てて腕部重機関銃を向ける量産機メイド二機。

 その時には既に、アリアのガトリング砲が火を噴いていた。

 青い弾丸が、量産機メイドを穿つ。

 貫いたのは腰部装甲スカートだった。

 GLも量産機メイドも弾丸や武装、または燃料などはここに集約されている。

 あっという間に火の手が上がり、量産機メイドの片割れが落ちていく。

 仇を討つべく、もう一機の量産機メイドが腕部重機関銃を向ける。

 だが射線上にいるはずのお嬢様は、忽然こつぜんと姿を消していた。


「遅い。遅い遅い遅いですことよー! サムがコーヒー豆をひく時間くらい遅いですわ〜!」


 量産機メイドがガバッと頭部を上に向ける。

 そこには天に舞い上がっていた【ダイナミックエントリー】が、ガトリング砲を向けていた。

 青い弾丸が容赦なく降り注ぐ。

 一瞬のうちにスクラップと化した量産機メイドは、火を吹きながら海へ落下していった。


 あっという間に量産機メイドを片付けたアリア。

 無人機は本来高性能な戦闘AIが搭載されている。

 普通の人間ならば太刀打ちできない。そのくらいの強さだ。

 だが『お嬢様』とは、それを上回る人材なのだ。

 彼女たちはGLの総合管制AIと量子間通信、つまり脳とのやりとりに適性のある人間。

 一旦接続すると途方もない演算力を有し、機体とほぼ一体化する。

 人機一体。

 一騎当千。

 まごう事なき戦いの申し子。

 それが、お嬢様――というのが、ゲーム公式ツイッターの宣伝に書いてあった。


「ンンンン! 気持ちいいですわぁああああああ! 響く砲火の音! 金切り声を上げて吠えるガトリングの音!」

『アリア、お下品だよ』


 下品でも何でも構わない。

 異世界転生して、これくらいしか面白いことがないのだ。

 むしろ、得意なゲームをVR飛び越えて実戦でできているのだから、これ以上に楽しいことはない。

 人が搭乗していたなら躊躇ちゅうちょもするだろう。

 だが量産機メイドは無人機という設定だ。

 遠慮なしに引き金を引ける。

 見ろ、メイドがゴミのようだ。

 ふはははは。


 それにしても――とアリアは思う。


 コントローラか車のハンドルしか握ったことのない自分が、ここまで複雑な操縦ができるとは。

 トリガーがしこたまついた両腕の操縦桿にパイプオルガン並にあるフットレバー。

 キーボードによく似た物理コンソールに、正面の壁は全部モニター。

 席と画面の間にはホログラフのウィンドウまで展開していて、機体状況や残弾、エネルギーが一眼で解る。

 見上げてみればエラー対応用の物理スイッチが整然と並んでいて、じっと見ているとクラクラしそう。

 もし


「乗れ、さもなくば帰れ」


 と言われたら


ェる!」


 と秒で返しそうな煩雑極まりない操縦席だ。

 ジャンボジェットでももうちょっと難易度が低いぞ、というレベルである。

 だが、彼女はそれをいとも簡単に、無意識レベルで操作できる。

 コントローラーで操作しているくらいに直感的にだ。

 多分だが、これが転生したときに与えられるチートというものなのだろう。


「さて、あのおクソ共から白旗はあがりまして?」

『残念ながらアリア、奴ら玉砕覚悟みたいだ』


 サムの言う通り、戦艦はますます速度をあげていく。

 アリアは肩をすくめた。

 とはいえこれもまた、知っている通りの展開。

 頭が茹で上がった過激派環境保護団体能無しエコカルトはそのまま放置していると、砲塔を空の都市に向けて発射する。

 これを制限時間内に防げるかどうかでまたストーリーは分岐する。

 時間を見るとかなり余裕がある。

 このまま蜂の巣にしてもいいのだが――


「サム。何だか嫌な予感がいたしますの。周囲に何かいませんこと?」

『……最近増えたねそれ。オカルトにでも目覚めた? それとも、それ系のアニメでもハマったのかな?』


 そんな感じ、と首肯するアリア。


「君、意外と可愛いところあるな」

「いいから広域レーダーを」

『わかったよ――待ってくれ。本当に何か来るぞ』


 サムの顔が険しくなった。

 乗せていた足をすぐに下ろしてコンソールを叩いている。

 ウィンドウに表示されたのは真っ直ぐに飛んでくる一機のGL。

 そのまま作戦領域に入り込むと、オープンチャンネルの通信で名乗りを上げてきた。


『こちら学園の所属GL【カラドリウス】。あっ、ああのっ! すいません、その戦艦への攻撃、待ってください!』


 オドオドしたそれは可愛らしい、新人お嬢様特有の――。

 否。

 このゲームの物語本来の主人公の声であった。




 

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新着メールが届いています

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TITLE :ようこそ

SENDER:AAA

TEXT:

私が何者であるかは些細ささいな事だ。

だがこの物語の目撃者になってくれた

貴方には心から感謝を示そう。


有空ありあがアリアたらんとしているのは、

終末の荒野に無理やり連れてこられた

その不安の裏返しでもある。


――もし貴方が応援してくれたなら。

彼女はこの終末を迎える世界に

一筋の光を見出せるかもしれない。


貴方たちは既にこの世界に干渉している。

だからこそ言わせてもらおう。

ようこそ、彼女たちの交戦領域ダンスホールへ。

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