第02話 ダイナミックエントリー②
「
『……うん、まあ……いや何でもない』
「サム。言いたい事があるならおっしゃって?」
『ナンデモナイヨー』
気まずそうにする
これが戦場でなければ微笑ましいやり取りである。
一方、
『穢らわしい傭兵共が。
「そもそも傭兵まで派遣されるお振る舞い、顧みてはいかが?」
『我々は大義のために戦っている!』
「たーいーぎー? だっはっはっはっは!」
思わず素が出てしまったアリア。
かつてコントローラーを握り、気の知れる仲間と共にあった時の悪い癖だ。
だがすぐにサムの視線を感じたのか
「あらやだはしたない」
と口元を手で押さえる。
これもまた、お嬢様特有の文化でもある。
「大義、大義ですか。一匹のアリンコよりも
『!』
そう言うと、アリアはふと真面目な顔になる。
先ほどのお下品な笑い声とは打って変わって、心の底から軽蔑をするような顔だ。
「あなた方がやろうとしているのは、どう美化したところで人の命を奪うこと。それを大義だから良いだなんて。やはり脳におクソでも詰まっていらっしゃる?」
『貴様!』
「確かに新大陸の開発は自然を破壊することなのかもしれないですわね。でも、あそこは
火の玉ストレートな正論。
環境保護団体ご老害一行はがなって応戦する。
しかしアリアはそんな無様な様子に「だっはっは」と笑うだけだ。
何故ならかの新大陸――【アトランティス】の現状を少しでも知るなら、環境を守るだのとても言えないはずなのだから。
「もう一度言いますわね。あなた達、無線からおクソの匂いがプンプンいたしますの。悪臭も立派な環境破壊ですわ〜!」
『砲手! あのアバズレを撃ち殺せ!』
ブチリ、と通信が切られた。
けたたましいアラート音が響く。
アリアはため息をついて操縦桿を倒した。
グン、と浮かび上がった【ダイナミックエントリー】のその場所に、轟音を立てて水飛沫が舞い上がる。
主砲の砲撃だ。
直撃したならば痛みを感じる前に昇天するだろう。
けれども赤い人は言いました。
当たらなければどうと言うことはない。
操縦桿を通じてビシビシと伝わる身勝手な殺意に、アリアは再びため息をつく。
「ああいう手合いって、どうして出てくるんでしょうねぇ。新大陸の開発に抗議するために、民間の居住区を撃つ? アホですの?」
『いつの時代でも狂気というものは、合理性を積み上げた果てに生まれるモノさアリア』
「大切な倫理を置いてけぼりですわ」
『電子世界の端で喚く分ならいいのだけれどねえ。しかしバカにできない。妄言は時に煽動になる。戦争に無理やりこじ付けることだってできるんだ』
サムがメガネの蔓を指で押し上げる。
『標的にされている
「ならば、もう手段は一つ。一発、カマしますわ!」
『そういうところは好きだよアリア。やるなら徹底的に、エレガントにね』
「無論ですわ!」
総合管制システムのAIが、ボイスコマンドに反応。
メインモニターに
【
という文字と、グッとサムズアップの表示が浮かぶ。
やがて【ダイナミックエントリー】が持つ対GL用ガトリング砲の砲身が、
「さぁ、覚悟はよろしくて? どんなに固い城門も、わたくしが蹴破ってさしあげますわ!」
メインモニターにアラート。
弾道予測が【ダイナミックエントリー】を貫く未来を示す。
それが見えたかどうかのほんの僅かの
バーニアが噴射され、鋼鉄のお嬢様が空へと躍り上がった。
再び海が爆ぜる。
主砲の砲撃はまたしても外れた。
「まずはお一つ!」
稲妻のような軌道が、空を
それを追うように、対空砲の弾幕が展開する。
殺意マシマシな
ガチりとトリガーを引いた瞬間。
対GL用ガトリング砲が火を吹く。
バオオオオオオオ!
止めどなく放たれる弾丸。
不要な程に明るく着色された曳航が伸びる。
これはアリアの趣味だった。
かつてプレイしていた時も、色をそう設定していた。
すぐに、青い弾丸が対空砲を捉えた。
ポップコーンが弾けるように爆裂。
砲身が千切れてくるくると空を舞う。
着弾を確認する間も無く、アリアは次へと照準を合わせる。
目標をセンターに入れなくともスイッチ。
システムが生み出す弾道予測の表示と同時に青い弾丸が飛ぶ。
「お二つ!」
グン、と空に飛び上がる【ダイナミックエントリー】が、ワルツを踊るように空をクルクルと回る。
コンマ一秒とも同じ場所にいない空は、お嬢様にとってまさにダンスホールである。
アリアの【ダイナミックエントリー】が三つ目の対空砲を穴あきチーズにした時、再びアラートが響く。
「サム?」
『
やがて戦艦の中ほどのハッチが開き、中から躍り上がる機影が二つ。
それはシルエットこそGL。
だが、どこか優雅さに欠けていた。
GLが汎用性特化のワンオフ機、
戦艦から出撃したのは
読んで字の如く基地や艦隊などに降りかかる空の脅威への要撃専門家。
つまりは
頭部装甲はレーダーを廃し、管制塔からの情報授受に特化したカチューシャ型短距離アンテナを装備。
腕部は基本的に武器と一体化していて、飛び出した二機は腕部が物々しい重機関銃になっている。
長距離移動を犠牲にした代わりに小回りの効く
「やっぱり。あの角張ったのはマグナムシャネルズ製ですわね!」
『やっぱり? すごいねアリア、まだ僕の解析は終わってないけど……』
アリアが「うっ」と返答に詰まった。
――これは彼に打ち明けて良いのだろうか。
予想がついていたどころか知っていた。
二機出撃してくることも知っていた。
それどころかアレが三大勢力の一つ、マグナムシャネルズ製の
そして、後々ストーリーにかかわる事まで知っている。
「そ……」
『そ?』
「そんなの当たり前でしてよ! あの戦艦の沈み具合からいって弾丸以外にも何かを隠していらっしゃるのは明白ですわ! あの連中の性格から言って実弾系が得意なマグナムシャネルズを選ぶはずでしてよ!」
『推理ができるだなんてね。君、そんなキャラだったかい?』
またしても「うっ」とアリアが返答に詰まる。
――そんなキャラだったか、などと。
――心臓が止まるような質問は辞めて欲しい。
もしこの姿が仮初の姿で、中身はゲーム好きの冴えないOLだったとしたらサムはどう思うだろうか。
アリアの正体――いや、中の人、あるいは魂と言うべきだろうか。
実は別の世界線の、ごく普通の日本人であった。
彼女は平日ブラック企業に片足を突っ込んだような会社で働き、休みの日には一向に続編の出ないカスタムロボットゲーム『ギガンティック・レディ』のオンライン対戦に勤しむ廃ゲーマー。
その界隈では有名人。戦い方からついたあだ名は「ギロチン女」だった。
あまりの強さに、匿名掲示板では対策スレも立つほどである。
それもそのはず、彼女はオンラインランキング一位、つまり世界一だった。
プロ転向まで考えて、実際にスカウトまで来ていたほどである。
名を
享年、二十三歳である。
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