ギガンティックお嬢様 ~このままだと最終兵器に乗る悪役令嬢は、超絶カワイイ後輩系主人公の為に絶望ルートを回避し続けます~

西山暁之亮

第01話 ダイナミックエントリー①

 青空に一筋の雲。

 飛行機ではない。


 ――お嬢様だ。


 鋼鉄のドレスをまとうお嬢様が、ジェットで空を駆け抜けている。

 それは貴婦人型汎用兵器ギガンティック・レディ、略してGLと呼ばれる全長約十メートルほどの有人兵器。

 全体的なシルエットは淑女レディのそれ。

 頭部には長つば帽子に似たレーダー。それは彼女達の交戦領域ダンスホールを見渡すためにある。

 見栄えのいい胸部装甲ブレストには、パイロットの乗るコクピットが納められている。

 盛り上がる装甲板から解る通り、全身の中でも一番堅い作りになっているようだ。

 腕部は随分とゴツい印象を受ける。

 おそらくは彼女の持つ対GLガトリング砲のように、様々な兵器を握るためにあるからだろう。

 そして腰から下。

 ここは特徴的だ。

 肥大した腰部装甲スカートの中に足はない。

 あんなのは飾りだと、そう言わんばかりだ。

 代わりに武器と弾薬、そして大小複数のバーニアのロケットノズルが隠れている。

 彼女たちはこの推進力で重力を強引に引きちぎり、空を自由に飛び回るのだ。

 

「……いた。目標、見つけましてよ!」


 空を飛ぶ白亜のGLが今、急降下した。

 目標は眼下の海を航走する戦艦である。

 全長は四、五百メートル超はあろうか。

 中央の冗談のように長い筒が主砲。それを取り囲むように、艦砲が複数配置されている。

 さらに外側に配置されている防御用の対空砲――それらが今更、慌ただしく空を仰いだ。急接近アプローチする鋼鉄のお嬢様に気付いたらしい。

 やがてパーティーの始まりだと言わんばかりに、一斉に火を噴きはじめた。

 弾幕が青空を埋め尽くす。

 その圧倒的な暴力の中を、白亜のGLは変則的に軌道を変え、ヒラリヒラリと避けながら落ちていく。

 腰部装甲スカートの中にある大小複数のバーニアと、それらの出力を同時に操る総合管制システム。

 そして、この恐るべき面攻撃をモノともしないパイロットのクソ度胸が実現する離れ業。


 GL戦略用語お嬢様言葉ではそれを、熱狂的急降下ギロチンダイブという。


 狂気の沙汰にも思える。

 だが、この程度のことはお嬢様パイロットたちにとっては造作もない事。

 この白亜のGLに搭乗している『彼女』にかんして言えば、この戦法を最も得意としていた。


『目標を確認。情報通り、過激派環境保護団体の船だ。最新鋭の戦艦だね。どこで手に入れたんだろうね』


 コクピットのメインモニターに、割り込むように現れた小型ウィンドウ。

 その奥では青髪で眼鏡をかけたやや吊り目の青年が、やれやれと肩をすくめていた。

 燕尾服ようなものを身にまとい、白手袋をはめたその姿はまるで執事。

 彼は操縦席のような場所に座り、さまざまなホログラフウィンドウを展開してはGLのメインモニターへ情報を送っている。


『今日も見事な熱狂的急降下ギロチンダイブだねアリア。怖くないのかい?』

「この程度の弾幕、パーティークラッカーみたいなものですわよ」

『流石だ。ただ毎回言ってるけど……もう少しスマートにアプローチしてみてはどうかな?』


 アリアと呼ばれた女性パイロットは少し不満そうに口を尖らせた。

 人型兵器に乗るようには見えない美麗な彼女。

 その金の髪は美しく、伝統的トラディショナルな縦ロールが連なっている。

 パイロットスーツも淡い薔薇色を基調とした戦術的優位性タクティカル・アドバンテージのカケラもないエレガントなもの。

 規律の厳格な軍隊ならば


「ざっけんなコラ―!」


 と怒鳴り散らされること間違いない。

 しかしこれこそが、この世界最強の傭兵。

 戦いに格式と優雅さを求める『お嬢様』の基本スタイルである。


「ご不満かしら。淑女レディが空から落ちてくるのは古今東西、理想のアプローチですわよ」

『落ちてくるのは大抵、護ってあげたい女性だけどね』

「サム。執事オペレーターのくせに、わたくしを護りたくないとでも?」

『砲火の中を笑って落ちていく君を護るだなんて、執事オペレーターとしては恐れ多いかな』


 サムの皮肉に、アリアはむーっと口を尖らせる。

 このドS眼鏡、推しだったのに――

 ――とののしりたいところだが、そろそろ相手が眼前に迫ってきた。

 地上をスレスレを飛ぶ白亜のGLが、戦艦の五時方向にピッタリとついた。

 巨大な戦艦がここまで接敵された事自体が負けのようなものである。

 だが相手は「だからどうした」とばかりに、今度は主砲を向けてきた。

 古風な武器に見える。

 だが恐らく、アレの実態はレールガンの類。

 大質量を高速でぶつける。

 それを究極に突き詰めた兵器だろう。


「あらやだ。この期に及んであんなのを?」

『君が魅力的で、大きなブツが収まりきらなくなったんだろう』

「サーム。下ネタはおよしになって? あなた仮にも私の執事オペレーターでしょう?」

『バイトのね。ほらほら、大艦巨砲主義マチズモのバカが通信入れてきたよ』


 

『どこの所属のお嬢様だ! 名を名乗れ!』


 

 高圧的な声が聞こえてきた。

 相手は軍人、あるいは元軍人なのだろうか。

 アリアは「お下品ですわ」と顔をしかめると、サムはため息をついて通信を代わりに受ける。


『こちら学園所属、とある貴婦人の執事オペレーター。貴艦を環境保護団体アース・クレイドルとお見受けいたします』

『傭兵め。次は威嚇射撃いかくしゃげきでは済まないぞ!』


 慇懃いんぎんに問いかけるサムに、またもや怒鳴りつける相手。


「威嚇? 完全に殺りに来てましたわ?」


 アリアがそう割って入りそうになったが、サムが画面越しに


『しーっ、話がややこしくなる』


 と人差し指を口の前に立てていた。


『依頼人からのメッセージです。「民間人のいる航空居住区ギガフロートを狙うのは言語道断。罰を受けてもらう」だそうです』

『ハッ! 支配者気取りか。を汚す愚か者どもめ。貴様らこそ天罰を受けろ!』

『こちらとしては停止するのをオススメいたします……余計な経費を出したくないので』


 サムがポロリと本音を漏らすと、無線の奥から


「やんのかコラー!」


 とすごむ声が聞こえてきた。

 どうも相手は話を聞くつもりがないらしい。

 否、話を聞かないからこんな暴挙を実行したというべきか。

 さてどうしたものかとサムが腕を組む。

 なるべく穏便にできればそれに越したことはないのだが。

 そうこうしているうちに、案の定堪え性のないお嬢様が無線に割って入ってきた。


「……黙って聞いていれば偉そうに。あなた方のしようとしていることは、大量殺人ですわよ」

『何ィ!?』

「あらやだ。無線からおクソの匂いがプンプンいたしますわ」


 アリアは操縦桿から手を離し、あろうことかガッツリと中指を立てていた。

 実に見事な、典麗てんれいなるおファックユーであった。

 それはお嬢様界隈において下賤げせんなる者に向ける宣戦布告マナーである。

 サムは一瞬止めようとしたが、すぐ諦めた。

 彼は自動操縦に変え、あまつさえ足をドカッとダッシュボードの上に置いた。

 サムもサムで執事オペレーターあるまじき態度である。

 しかし彼の本職は別にあり、そもそもバイトだから仕方がない。


「そのピカピカなお船に穴でも開かないと、わたくしたちの慈悲がわかりませんの?」

『笑わせる。たかだかGL一機で何ができる!』

「その割には対空砲マシマシですわね。肝が小さいにも程がありますわ〜!」

『こ、このアマ!』

「貴方たち、前時代的なテキストSNSの端っこでわめいたような主義主張をおったてて、みんなであんよそろえて歩くは楽しいですの? 楽しいでしょうねえ! でもど~~~~せ正論で殴られたら耳を塞いで被害者ヅラするのでしょう? そういう方の事、何と言いますか知ってますか? 『お無様クソ』というのですわ~!」


 流れるような罵倒ばとうが、アリアの軽やかな口調と共に無線に乗る。

 ラップバトルかくやと思えるそれもまた、お嬢様特有のものだ。

 古来よりお嬢様とはその腕っぷしとエレガントさ優雅さ品格の他、口撃サイファーにおいても秀でている者を言う。

 パイロットとしての腕も、あおりの腕も超一流であるということだ。

 もっとも。

 彼女は努めてそう演技しているだけだが――

 なかなかどうして、彼女にセンスがあったらしい。

 それが証拠に、あれだけがなっていた無線が一瞬止んだ。

 おそらく無線越しに怒り心頭顔真っ赤で言葉も出ないのだろう。


『……思い出した』


 しばらくして、無線から恐れとあざけりが混じった声が聞こえてきた。


『騎士が城門を蹴破るエンブレム! 機体名【ダイナミックエントリー】! 貴様は悪名高い学園の問題児イリーガル、アリア=バスター=三千世界ヶ原だな!?』

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