2-2-2 魔道具屋さんその1、ミランシャさん♥
「きゃあ! ちょっと、ピルピル! 変なとこから来るなっていつも言ってるでしょう!?」
「近道だよー。やあミランシャ、今日も美人だね!」
ちゃんとした道じゃなかったのか! どおりで覚えにくいしわかりにくいし、なんて辺鄙なとこに店を構えたんだって思ってたのに!
「もう、おべっか使ったって安くはしないよ。…あら?」
わ、目が合った。
お店の前の掃き掃除をしてたのは、豊かに波打つ長い黒髪、はっきりした化粧とむちっとした体つきが色っぽいお姉さんだった。
口調はきついのに声が甘いのが素敵で、肌も少し浅黒いし、赤い衣装のデザインがサリーに似ていてインド美人っぽい。なんとなく占いとか得意そうだ。
「こ、こんにちは…」
「昨日この町に来たばかりの駆け出し冒険者さ。相手してやってくれる?」
「もちろんよ。ようこそ、可愛い冒険者さん」
いつかかっこいいと言われてみたい!
男主人公の少年型デフォルトって、やっぱりかわいいどまりなんだよな。
こうやって綺麗なお姉さんに頭を撫でてもらったり、警戒心なくそばに来てもらえるのは正直うれしいけどねっ。
「あらぁ、髪の毛さらっさらねえ。私はこの通りのくせ毛だからうらやましいわぁ」
「く、黒い巻き毛とか素敵だと思いますっ」
「ま、うれしい!」
うわあ、一瞬頭をぎゅって抱かれた! み、魅惑の谷間が間近に! ありがとうございます!
じゃらじゃらのネックレスが豊かなお山の上をいい感じにこう、波打ってるのがまた…しかもちょっとスパイシーだけど、甘くていい匂いがする!
「おーい、じゃれてないでさっさと見るぞー?」
「はいはい。じゃあ、いらっしゃいな」
うふふ、と笑ったお姉さんに手を引かれて、俺はのぼせたようにふらふらとお店に入った。
長い爪も赤い。こっちにもマニキュアがあるんだなあ。こういう手は嫌いだっていう人が一定数いるけど、俺は似合ってるならいいと思う。
つまり、ミランシャさんには似合ってる!
「あーあ、上せちゃってまあ」
「一生の思い出になりました…」
顔を覆って幸せを噛みしめてたら、ミランシャさんとピルピルさんの大笑いが聞こえてきたけど、気にしない!
こちとら清らかなまま人生二周目だぞ? 女の人にこんな距離でにこにこしてもらったの、母さんぐらいなんだよ!
「こら少年。これからまだまだ一生の思い出は増やせるんだから、まずは商品を見ろよ」
おっと、そうだった。
まだ熱いほっぺたを手で押さえながらやっと店内を見る。
棚の並び、品ぞろえ、間違いなくゲームで見た道具屋さんだ。
それにカウンターに入ったミランシャさんを見て、そういえばゲームでは道具屋さんはいつもこんな感じのキャラだったと思い出す。
「ミランシャさんって、ここだけじゃなくてほかの町にもお店があったりしますか?」
「あら、どうして?」
「えっと、どこの町でも同じような雰囲気の方が店主さんみたいだなって。その、話を聞いて思っただけなんですけど」
我ながら苦しい言い訳だけど、幼いころのこっちの身体の記憶を辿ると、たまに来たばあちゃんのお客さんがよその町の話をすることもあったんだ。
だからこれも嘘じゃない。
「ああ、そういうことね。私のお店じゃないけど、私たちの一族のお店とは言えるかもね」
「親戚とか?」
「少年、ミランシャは遊牧民だ。彼らはこういう札づくりが得意だからなー。結果、魔道具屋は彼らの独擅場になる」
「なるほど。よくわかりました」
それなら納得だ。確かにそれっぽい。
「さあどうぞ。なにを買ってくれるのかしら?」
しかも、ゲームと同じセリフ!
ところどころでここが「Solomon of worth」がベースになった世界だって思い出させてくるんだよなあ!!
ここにあるのはケガ用のポーション、魔力回復用のエリクシール、薬草の成分を油に溶いた軟膏、種類別の毒消し、火、風、光の攻撃系以外の魔法札と、棚の下の籠に白くて小さな折鶴がたくさん入ってる。顔が書いてあってかわいい。
壁や天井に渡したロープに干した薬草の束を吊るしてあって、ミランシャさんからもしてたスパイスっぽい不思議な香りが漂ってる。
いかにもファンタジー全開の店内に、俺のテンションは一気に上がった。
「火と風の札の使い方はわかったけど、光ってどう使うんですか?」
しかも、これだけほかの二つより枚数が少ない。火と風は三十枚ずつなのに、十枚しか入ってないんだ。
「火を使えないような場所で光が欲しい時ね。魔力の火は普通の火よりも消えにくいけど、やっぱり雨とか風が強い日は
モールス信号っぽい! なるほど、便利そうだ。
「船乗りの人とかも使ってそうですね」
「そうね。彼らはこの小さいやつじゃなくて、もっと強力なのを用意してるわ。マルスの町じゃ一番売れてるわよ」
港町マルスか。行ってみたいなあ!
ゲームだとあそこで船を入手するイベントがあったんだけど、現実じゃ無理だろうし。
大体、駆け出し冒険者の俺じゃ自分一人さえ食っていけるかわからないんだ。
第一自分じゃ操舵も維持もできないし、いつ使うかわかんない船のために船員を雇うなんて無理無理!
「あと、この折鶴は?」
「オリヅル? ああ、『小鳥』の札ね。これは飛ばしたい先の人に印をつけてもらうの。ギルドならギルドの職員、仲間ならその人にね。お腹に自分の魔力を吹き込んで飛ばせば、その相手のところに飛んで行くわ。有効な距離はそうね…。深き森ならどこからでも大丈夫だったと思うわ」
なるほど、これがマイヤさんの言ってた小鳥か。すごいな。まるで伝書鳩みたいだ。
「それだけですか? そうか、合図にしたりするのかな」
でもなんかかわいいかも。一人暮らしになってからはペットが飼えない暮らしだったから、余計本物の小鳥っぽく感じるな。使い捨てじゃなかったら飼いたいぐらいだ。
そう思って値段を見たら、一つ百ダルムもしてびっくりした! 使い捨てでこのお値段か。通信機器に恵まれてたところから来た身には、今までで一番高く感じる!
「少年、『それだけ』だけどバカにはできんぞー? 一言ぐらいだったら言葉も入れられるから、仲間に『逃げろ』、ギルドに『助けて』、いよいよの時は、誰かに『ありがとう』とかな。あーでも、礼はやめとけよ。小鳥が礼を伝えに飛んで来たら、それはお別れの合図さ」
「お別れ……」
「そう。昨夜、行き倒れた冒険者を見たんだろ? あいつのいた場所には、飛ばせないままの小鳥が落ちてたそうだ」
「え?」
「ギルドに飛ばしたかったのか、仲間に飛ばしたかったのかはわからない。でももし仲間なら、その仲間もどっかで死んじまってたってことさ。儚いもんだ」
俺はたまたま立ち会っただけで、まったく知らない人のことだけど、胸が痛い。
ピルピルさんは相変わらずなにを考えてるのかわからないままの笑顔だけど、長く生きてるっぽいしな……。そんな思いをしたことがあるのかも知れない。
「ほらほら、そんなしょんぼりしないで! 可愛い駆け出し冒険者さん、ほかになにか聞きたいことはあるかしら?」
小さな折鶴を見ながらしんみりしてたら、空気を変えるようにミランシャさんが明るく声をかけてくれた。
……うん、そうだ。
今ここで俺が落ち込んでもしょうがない。
「えっと……この横にある呪符紙って、この小鳥用ですか?」
「そうよ。この呪符紙に風の魔力を付与してあるから、どの属性でも術式を知っていたら飛ばせるの。ただし火だけは駄目よ。風と相性の悪い火の魔力をエンチャントしたら燃えちゃうから。これなら中に文章を書けるし、使えるようになったらこちらにするといいわ。折り方はちょっとコツがあるから、よかったら教えるわよ」
「これなら自分で折れるから大丈夫です。でも、こうなったらどれも欲しくなるなぁ…」
「とりあえず、火と小鳥だけ買っといたらどうよ? どんな依頼を受けるにしても、火起こしが楽にできる道具を持ってると便利だぞ。おまえならもうちょっと育ったら使える
ピルピルさんは気軽に言ってくれるけど、本当に使えるようになるのかな~?
できればなりたい。俺も攻撃
弓を使ってるのも接近戦が怖いからだもんな。殴り合いのケンカだって兄貴とさえしたことないんだ。剣と槍まではいつかなんとかなるかも知れないけど、拳闘士なんて絶対にやりたくない。
「じゃあ、火の札を一冊と、小鳥を一羽ください」
「合わせて四百ダルムね。火の札は雨の日でも問題なく点くけど、水気が多い場所では札に込めた魔力が少しずつ抜けちゃうから、普段はこの袋から出さずにしっかり閉めてね。小鳥はこうして畳んでおいたらかさばらないから、変に折ったりなくさないようにすること! 羽が千切れたりしたら飛べなくなるから、それも気を付けて」
「わかりました! 大事にします」
注意事項大事! 俺にとっては未知のアイテムだし、適当な扱いは絶対ダメだな。
「それと初めてのお客さんだからお試しで光の札も一枚あげちゃう。この紐を千切ったら発動するから、糸をひっかけないように気を付けて。これは濡れても大丈夫よ」
「はい。ありがとうございます!」
支払いを済ませたら、緑と白の組紐でボタンっぽいのをぐるぐるして閉じる油紙の袋に入れた火の札とはべつに、しおりみたいに黄色と茶色と白の組紐がついたクリーム色の札を一枚もらった。
この組紐も不思議だ。それぞれの糸に魔力を感じる。緑は風、黄色は光、茶色は土……。白がわかんないな。
「ポーションはいいのかー?」
「あ、はい。持ってるし、一応作れるから」
「へー、出来が見たいな」
「今はばあちゃんの作ったやつもあるから、そっちはいいやつだと思うよ」
「ほら、そーゆうことをさらっとバラすな。また一つ少年の鞄の価値が上がっただろ?」
うぐッ、そんなこと言われたら俺、なにもしゃべれないじゃん!
「どうもありがとう。また来てね」
ミランシャさんの見送りにぺこっとしてから、さあ次だ。
おまけでもらった光札をじぃっと見ながら歩いてたら、ピルピルさんにわき腹をつつかれた。
「こら、ちゃんと前見ろ。さっきからなにを気にしてるんだ? そんなに札を買えたのがうれしかったかー?」
「それはもちろんうれしいですけど、この組紐の白ってなんの属性かわかんなくて」
「ああ、その糸は属性なしだ。っつーか、そういう属性だ」
「属性なしが属性?」
どういう意味だろう? こてんと首を傾げたら、ピルピルさんが小さな手で俺が見てた光の札をちょんと触って教えてくれた。
「そー。たとえば風属性の緑の紐だけで組紐にしたら風属性が強くなりすぎるから調整のために組み合わせたり、光と土だけじゃ馴染まないから間に編み込んで仲良くさせたりに使うってこと」
「へえ、便利! すごいな、どうやって作るんだろ」
「属性を付与するより抜く方が難しいからな。内職でも抜くのが上手いヤツは結構稼げるぞ」
そうなのか。
俺の使えないけど持ってるスキルの中にあるかな? 「
ゲームじゃそんな話出てこなかったし、使ってみないとどうなるかわからない。
ああ気になる!
「強くなりたい…!」
っていうか、ステータス上げたい!
こういうの、気になったらすぐ試したくない? 俺は試したい! せめて初級の
思わず顔を覆って呻いたら、けらけら笑ったピルピルさんにめっちゃお尻叩かれた。
「ははは! まあがんばれ。ほい、じゃあ二軒目行くぞ」
「はーい…」
こうして歩いてる間もあっちこっちから声を掛けられて、手を振ったりなにかもらったり。この人、本当に知り合いが多いな。
まあ食べ物は俺ももらえてありがたいけどね!
血入りで肉とレバーの旨味もスパイスも塩気もがっつり濃い、大きなパリパリ真っ黒ソーセージと、小魚の丸揚げに、塩とたっぷりハーブとレモンとライムの間の子っぽい果汁をかけたやつは、どっちも美味しいけどレモネードっぽいのじゃなくてビールが欲しくなった。
ピルピルさんもお酒は飲んでないから、俺だけ欲しいとは言えないこの辛さ!
次のこの割りばしっぽい棒に刺さったバナナサイズの黄色い揚げ芋に飴がかかってるのは、超大学芋っぽい。あれよりねっとりしてるし、もうちょっと繊維が多いかも。
とろっとしたソースが蜂蜜ベースだからだろうなあ。美味しいけど、カリカリ派の俺としては飴がけの方がうれしい。
「あれ、ピルピルさん。教会に新しく入った子ですか?」
「似たようなもんかなー。一応、新人冒険者の街案内さ」
「ピルピルさんがわざわざ案内ってことは有望株か。こりゃ将来が楽しみだ。がんばれよ少年!」
「はは…がんばります」
お世辞でもうれしい。こんなこと言ってもらえるなんて小学校のころ以来だよ。
「あ」
「んー? どうした?」
「いえ、またあの音がしてるなって。こっちでも石畳を修復してるんですね」
ここからは見えないけどカツーンカツーンって、独特のリズムが聞こえてそっちを見て言うと、ピルピルさんも耳を澄ませて笑った。
「そりゃそうさ。ナーオットに限らず石畳のある町じゃ、いつもあちこちで職人が修理してるからな」
「そうしないと追いつかないんだなあ」
「特に鍛治師ギルドが商売をする時は重たい荷車の往来が激しいから、傷みも早い。まあ、町の風物詩ってやつだなー」
風物詩かー…。いいな、こんな風物詩だったら歓迎だ。
次のお店は北の地区だった。こっちは貴族もいるエリアだ。門番の鎧もゲートそのものもなんか立派で通るのにちょっと緊張したけど、ピルピルさんは慣れた様子で気さくに世間話をしながらあっさり通過。
ここってゲームじゃ冒険者ランクが上がらないと入れなかったのに、今は入れたってことは、ピルピルさんとパーティを組んでる状態ってことかな。
北のエリアはさすがに整備が行き届いていて、石畳もぴしっとしてるし街灯のかがり火は魔法の火を使うランプっていうか、凝ったデザインのガス灯みたいなのが並んでる。
お店の並ぶ通りだけど屋台はなくて建物と建物の幅も広めだし、窓のガラスも綺麗な透明なものだ。
貴族や騎士がいるだけあって、こっちの貧富の格差は露骨だなあ。
通行人はまばらで、徒歩の人は姿勢の良さや装備で見分けると、騎士やお使いの人が数人、御用聞きの商人さんっぽい人も一人見た。
あとは一頭立ての馬車が一台と、なかなか豪華な二頭立ての馬車が一台。たぶん貴族のお出かけだと思う。
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