2-2-1 買い物に行こう

 

     2


 今日は月の日! つまり月曜日!!

 前の俺にとっては憂鬱な週の始まりだったけど、…いや、最後の方は連勤しすぎて曜日あんまり関係なかった。

 こちらの世界でもそうなのかな。だって昨日は太陽の日、つまり日曜日だったけど、普通にどこのお店も開いてたもんね。

 午前九時の商店街は、開いてるお店と閉まってる店、絶賛開店準備中のお店とバラバラで混沌としてた。

 食べ物の屋台は混雑してるな。一番多いのはこれから出発する冒険者だ。二日酔いっぽい人がいるのはどこもいっしょだな。


「どうした、少年?」

「俺はサトルです。いい加減その『少年』ってやめてください。子どもじゃあるまいし。お店が開いてたり閉まってたりしてるから、営業時間って決まってないのかなって」


 不思議に思って歩くのがゆっくりになってたせいかな。ピルピルさんに聞かれてそう答えたら、にやっと笑って言われた。


「おまえがボクの名前を正確に呼べるなら、考えてやってもいいけどー?」

「ピ、ピル、ポ、パ……ピルピルさんっていい名前ですね!」

「ピルパッシェピシェール! 言っておくがなー、ボクたち小人族リルビスは大体みんな愛称で呼ばれるけど、本当はこーゆう名前ばっかりだからなー?」

「なるほど。ピルパ…シェ? …えーと、まあ鋭意努力するということでお互い平等にガマンでご容赦いただければ」

人間ヒューマンはそーゆうトコが調子いいなー!」

「はは…」


 なんとでも言え! そんな早口言葉みたいな名前、すぐに覚えられるもんか。

 笑ってごまかしつつ隣に並ぶと、あちこちのお店や冒険者に「ピルピルさん、この前はありがとうね!」とか「よう、早いなピルピル!」とか気さくに声を掛けられてて、ベテランの風格だな~って思った。


「営業時間だったか。さっきの話。そりゃお店は店主が好きな時に開けるし好きな時に閉めるさ」

「え、決まってないんだ!?」

「当たり前だろ。冒険者を兼業してる店なんて、店主が帰ってる時しか開いてないし。あーでも王都サリギランと聖都ジークハースはきっちり法で定められてるなー。特に聖都は厳しくて酒を飲むのも苦労するぜ。潜った店の方が繁盛してる」


 へえ、面白いな。

 ゲームじゃそんな詳細な設定はなかったし、文化の違いって感じで興味深い。

 でも、最後がよくわからん。


「潜った店? 地下なの?」

「そうそう。神官どもがうるさいから、見つからないようにしてるのさ」

「うわーなんかかっこいい。見てみたいなあ」

「そんないいもんじゃないぞー。少年にはまだ早いな」

「大人だってば!」


 くっそ、「はいはい」で流された!

 こっちの成人年齢っていくつなのか知らないけど、孤児院の子どもたちだって働いてるんだから、十五歳なんかもう一人前扱いされてもよさそうなものなのに。

 中身は大人ですと言えないこの歯がゆさよ…!


「ところで、魔道具屋に行きたいって言ってたな」

「あ、はい」

「なにを買いたいんだ? 買うものによって行く店が変わるぞ」

「そうなんですか? 火の札が欲しくて…」

「あーなるほど。じゃあこっちだな」

「魔道具屋さんってそんなにいくつもあるの?」


 頷いたピルピルさんが広場を正面に見ながら右に曲がった。狭い! 細身の人間ヒューマン二人すれ違うのがやっとぐらいだ。

 それにゲームでは普通に道具屋で、魔道具屋なんて名前じゃなかったんだよね。そもそも一軒しか出てこなかったし。


「あるっちゃあるし、二軒っちゃ二軒だな」

「えーなにそれ」

「そりゃ、モグリでやってるとこがあるからだろ」

「またモグリ…。俺みたいに知らない人はどうやって見つけるんですか」

「そんなの、紹介に決まってるだろー? 潜ってるぐらいだから、強力なものを取り扱ったりしてるし、信用できるヤツしか相手しないさ」

「なるほど…」


 俺が行けるようなお店じゃないってことだな。そういうところでなんか強い装備とか買えるようになったら、俺も一人前ってことなのかも。

 いいなあ、憧れる!


「今から行くところが生活雑貨に近い魔道具を置いてる店、もう一軒の方は魔導書とか宝珠を扱ってる方だな。こっちの方がお高めだ」

「そっちも行ってみたいです」

「お? なんか使えるのか?」


 うわあ、興味津々って感じ。俺を見上げたピルピルさんが楽しそうに笑う。


「一応杖も使えるし、治癒ヒールの宝珠が欲しいなって。魔導書もなにか使えたらいいんですけどね」

「おお、いいな! じゃあ装備品もちょっと見ようか。火の札が欲しいってあたりを見ると、火魔法ファイアスペルはダメな感じか?」

「どうなのかな…。今は使えないけど、いつか覚えられたらいいなって」


 大体の魔法スペルは「使えないけど覚えてはいる」って感じなんだよね。

 使用可能になる条件が足りてなかったり、そもそものMPが足りてなかったりだから、いつか使えるようになれると思いたい。


「オウルは火以外はどれも得意だったな。教わったんじゃないのか?」

「えっと…一応。でも俺、魔力があんまりなくて」

「ふーん…」


 あ、ピルピルさんの目が物理的にキラっと光った! 鑑定アナライズされてる!!


「お、感じた?」

「なんとなく…」


 バレた? バレちゃった!?

 身を引いてドキドキしたけど、面白そうに目を細めたピルピルさんは大仰な仕草で腕を組んで言ったんだ。


「ボクの鑑定魔法アナライズスペルを感じたんだったら、今はまだまだでも潜在的に魔力が高そうだなー。あの深き森で魔女に育てられたんだし、質のいいマナを浴びながら大きくなれたってことだろう」


 ば、バレてなさそう。よかった!


「それより、楽器を買ったらどうだ? 少年、歌が得意だろう?」

「え゛」

「あとは『交渉』を持ってるのもいい。少年は自分がなにを得意かちゃんとわかってるか?」

「え、や…あんまり……」


 なにこれ、この人怖ッ!!

 相手のスキルは見えないと思ってたけど、実は見えるの?

 今まで俺が見えなかったのって、俺の魔力が足りなかったせい!?

 俺がまだ使えないものは見えないみたいだけど、使えるようになったらすぐバレるやつじゃん!

 確か自分の魔力が相手より勝ってたら鑑定アナライズはされない。でも負けてるときは「隠蔽ハイド」がないと突破され…待って。

 俺、「隠蔽ハイド」は持ってるはずなんだけど!?


「ねえ、ピルピルさん。なんで見えたの?」

「ん?」


 ここは家と家の隙間だ。小さな子がきゃあきゃあ言いながら俺たちの間を走るのを見送ってから、固い声で聞いた。

 ばあちゃんのことを娘呼ばわりするし、隠蔽ハイドは無視されるし、気になるよ。


「少年が『隠蔽ハイド』持ってるのにってこと?」

「はい」

「そりゃ簡単だ。ボクは超・超ベテラン冒険者だからね。鑑定アナライズのレベルも高いし、針の穴ほどの隙間があればいくらでも潜り込むさー。自分のステータスを隠す意味での『隠蔽ハイド』は覚えた時点で常時発動だけど、覚えておくといいよ。格上の相手といる時は、意識して隠そうと思うこと。魔物から身を潜める時と同じさ」

「なるほど~…」


 なにそれ、かっこよくない!?

 自分のことを「格上」なんて俺も人生で一回ぐらい言ってみたかった!

 はっ、これからがんればそうなれるのでは!?


「よし、がんばります!」

「はは、がんばれー。ま、意識しとくだけじゃなくて、絶対固定ハプルーンってスキルも必要なんだけどな」

「ええっ!? なにそれ知らない!」

「ははは」


 ふんすと鼻息を荒くしたところでそんな話を追加されて、文句をつけたのに! ピルピルさんは無視して笑いながら植え込みをよいしょと越えて、お店らしいところの敷地に出た。

 知らないスキルは気になるけど、いつか覚えられたらいいな。

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