2-1-2 見参、ピルパッシェピシェール(ピルピルさん)


「神父様って、もしかしたら」


 思わず口にしそうになったけど、ほほ笑んだまま「しぃ」ってされて黙る。

 神父様のことは怖い。でも、それより頭にきた!

 なんだよ。こんなに強いなら、エルフィーネよりこの人が冒険者になったら稼げるだろうに!!


「エルフィーネは、本当に危なかったんですよ。まあ俺の方が助けられまくりでしたけど」

「君には感謝してもしきれない」

「じゃあどうして」

「すまないね。私はここを離れられないんだ」


 なんだそれ。わけがわからん!

 ……とはいえ、ただ一晩世話になっただけの部外者の俺が聞き出せるはずもないし、その資格もない。


「~~~~」


 小さく唸りながら頭を掻いて、俺はすっぱりと諦めた!

 俺が本当の十五歳だったら、もどかしい気持ちのまま素直に神父様に詰め寄れただろう。

 でも実際は違うからさ。子どもには言えない事情なんだろうって察しがついたら、無理に踏み込むなんて不躾なことはできないよ。


「その歳でオリジナル魔法スペルを持っているのは大したものだ。私が見せるつもりでいてもそれがわかるほど覗ける者はいなかったのに、すごいね」

「それはどうも」


 褒められてもうれしくない!

 サーチ・オリジンは俺だけのチート魔法スペル。言わば裏技とかイカサマだ。

 相手のレベルとかステータスで弾かれるなんて思ってもみなかった。


「それもオウル殿が君に?」

「そういうことにしといてください。てか、神父様こそ塩代ぐらいはどうにかしてくださいよ。大人なんだから」

「そうだね。気をつけよう」


 くっそ、楽しそうに笑いやがって!

 人生で初めて人前で舌打ちを披露しそうになったけど、その前に水音が止んでエルフィーネがこっちに来た。


「神父様、あの…」

「ああ、片付けが終わったか。エルフィーネもおいで」

「はい」


 まだしてなかったからセーフだ! 若いお嬢さんの前で、まして世話になった家の家長相手に舌打ちなんて柄が悪い真似、大人として絶対しちゃいけない!!


「さて、本題だ。実は昨夜、この子から君の持っている鞄について聞いてね」

「え…」

「ごめんなさい、サトル。あなたの鞄を狙う人が出るかも知れないってお話をしたんです。だって、収納魔法ストレージスペル重量無効アンチグラヴィスのかかったマジックアイテムなんて、とても珍しいでしょう? ギルドでもずいぶん強引な勧誘を受けましたから」

「あ、うん。そうだよね」


 「時の天秤クロノリーブラ」については黙っていてくれたらしい。

 お肉を昨夜のうちに氷冷庫に移しといて本当によかった!


「寝ている隙に大きなネズミが入ってくるかも知れないと思ってね、君の部屋に封印ケーラをかけさせてもらったんだ」

「あ…そうか。窓に浮かんでたあの紋章みたいな光!」

「そうだよ。へえ、あれが見えたのか」

「さっきの魔法スペルで調べたけど、『窓』しか出なかったですよ」


 あ、笑われた! くそ、この神父様いい性格してやがる!!


「じゃあもう少し鍛錬を積まないとね」

「そうします」


 あああ、どうしてもぶすくれた顔になってしまう! エルフィーネ、そんな顔しないで、大丈夫だから。俺はこのおっさ…神父様にケンカ売ったりしないから!


「それで結果だけど、三回ほど反応があったね」

「え?」

「三回ですか……。わたしは一回しか気づきませんでした」

「え゛?」

「最初のは素人だ。いや…一応盗賊シーフ系のジョブの者だったかな。二回目と三回目は本職だね。でも三回目は心配いらない」


 いやいや、めっちゃ心配なんですけど!?


盗賊シーフの本職ってなんですか?」

怪盗ファントム暗殺者アサシンだね」

「サトル、落ち着いてください」


 ひゅっと息を呑んで固まった俺の背中をエルフィーネが撫でた。

 だって、怪盗ファントムはともかく暗殺者アサシンって…俺、命を狙われてるってこと?

 この鞄欲しさに!?


「心配しなくても目的はその鞄だ。君の命を奪うことじゃないさ」

「でも…」

「物騒な呼び名だが、本当に暗殺を生業にしてるような輩は少ない。極限まで自分の気配を消して偵察したり、採取をしたり、魔物の隙をついて狩ったりすることがほとんどだね。そして中には泥棒をするためにスキルを使う者もいる」

「じゃあ…」

「はい。この鞄を盗もうとしたんだと思います」


 エルフィーネに笑顔で言われて、ほっとはできないけど、でもよかった~!

 さすがに鞄のために死ぬのはいやだ!!


「どちらにしろ、封印ケーラ解呪ディスペルする力はない者たちだった。割ろうとしたら大きな物音が立つだろうし、力ずくでは割れなかっただろうけどね」


 すごい自信だな。つまりそれだけ自分の力に自信があるってことか。やっぱりこの神父様はタヌキだ。


「そういうわけで、君は重々気を付けた方がいいと伝えたかったんだ」

「はい…」


 ここでお礼を言うべきなんだろうな。大人だったら。

 でも残念! サトル・ウィステリアは十五歳だから、そんな割切りまだ無理です!!


「君にはエルフィーネも世話になったし、貴重な肉まで寄付してくれた。なにより、子どもたちも懐いている。もしも君に何かあっては皆が心を痛めるだろう」

「気をつけます。じゃあ、俺はそろそろ…」


 俺だって命が惜しい。言われなくても気をつけるよ。

 そうと決まればさっさと買物に行くことにしよう。だって夜には焼肉だし、出歩くなら明るくて人が多い時間の方が安全だろうし。

 そう思って立ち上がったところで、にこっといかにも聖職者っぽく笑った神父様に言われた。


「出かけるのだね?」

「はい。魔道具屋さんに行きたくて」

「そうか。それなら連れがいた方がいいね」


 え、まさかエルフィーネ? ちょっと期待しちゃったけど、だめだめ!

 危ないのがわかってるんだし、ここは男らしく断らないとって思ったら。


「頼めるかい? ピルピル」

「ピルパッシェピシェールだってーの!」


 なんか変な呪文を叫びながら、派手な色したなにかがテーブルの下から飛び出てきたあああ!!


「おはようございます、ピルピルさん」

「おはよう、エルフィ。ボクはピルパッシェピシェールだよ。いつも働き者だねー。あ、台所の塩壷はボクからの差し入れだ。たっぷりあるから、もう危ないことしちゃダメだよー?」

「はい。次は気をつけます。ピルピルさん、いつもありがとうございます」


 飛び上がって驚いてるのは俺だけで、エルフィーネはまるで知ってたような顔で挨拶してる。

 あの変な呪文、名前だったのか…。本人も小さいころは覚えるのに苦労したんじゃないかな!?


「よう、少年。顔を合わせたのは昨日ぶりだな」


 羽根つき帽子がちょんと乗った金属っぽい水色の巻き毛、お日様の下で青い宝石を覗いてるみたいな丸いブルーの目が俺を映して楽しそうに細くなったけど、ほっぺたに涙マークの宝石っぽいものがキラッとして表情通りの感情じゃない気がした。

 それにシャツ、サスペンダー、ベスト、半ズボン、仕込みがありそうなブーツ、一つ一つが黄緑やオレンジ、赤や黄色でまとまりがない派手な衣装だから、派手な髪の色も合わさって前に立たれただけで目がチカチカする!

 どっかで聞いた声だと思ったら、冒険者ギルドだ! でかくておっかない人たちといっしょに勧誘してきたうちの一人、確か採取がメインだって言ってた小人族リルビスの男!!

 あのときは頭から外套を被ってたけど、あの下ってこんな派手だったのか!


「えええ、か、か、勧誘…?」


 こんなとこまで押しかけて来たのか? っていうかいつからテーブルの下に??

 ぜんぜん気がつかなかった!!


「違うよ。おまえが襲われたりしないようにって、ギルドに依頼されてついてたのさ。収納魔法ストレージスペル重量無効アンチグラヴィスつきのマジックアイテムを持ってる駆け出しなんて、野放しにしとくとあっという間に行方不明になるからなー」

「行方不明ってなに!? 怖いんですけど!!」

「そりゃそーゆうことだよ!」

「どーゆうことだよ!?」


 けらけら笑うな! 俺は本気で怖い思いをしてるんだ!!

 震えあがって後ずさったのに、ずいっとさらに俺に近づいたピル…ピ? パ??

 ピルピルさんがいつの間にか俺の胸倉を掴んでて、かくんと膝をつかされた。


「ねえ、少年。聞いて? おまえの持ってるこのマジックアイテムは、それぐらい危険なんだ。まだ駆け出しなのに、昨日はもうグラスボアを放り込んでギルドまで持って帰ってきたよな?」

「は、い…」


 笑ってるのに、なんだこの人。

 怖い……。

 さっきまでは明るいブルーだと思ったのに、今はまるで海の深い場所を覗いてるみたいだ。


収納ストレージ重量無効アンチグラヴィス、それぞれどっちかの魔法スペルを付与するだけでも大変でなー。ましてそれを付与したマジックアイテムを持つ者って、限られちゃうんだよ。それこそSランクパーティとかなー? ここまではわかる?」


 こくこく頷きながら、俺は自分が完全にへたり込んでたことにも今気づいた。


「で、どうしておまえが危険なのか。駆け出しってのは伸びしろがあるってことだ。なにより素直で、ちょっと脅せばこんな風にすぐ泣いちゃう。無理やり仲間に引き入れてたたき上げてもいいし、面倒だったらおばあちゃんの形見だっていう鞄なんか、簡単に取り上げられちゃうよなー?」


 確かに、また泣いてた。

 怖いし震えてた。

 でも、俺はこの無礼者が大事な鞄に触ることは許さなかった!


「ありゃ、そこで振り払っちゃうか」

「脅されたら怖いよ。殴られたくないし、つい泣いたりもするよ。でもだからって俺が簡単に大事なものを渡すと思うな!!」


 明るいブルーに戻った目がくるんと丸くなったけど、もう騙されないぞ!


「えーと、少年。脅すってのはさー、ただそれをよこせってだけじゃなくて、おまえを殺してでもって意味なんだけどね?」


 え、首が冷た…は?

 ダガー? ダガーを突き付けられてる!

 おい待て、見えなかったぞ!?


「ほらなー? 殺して奪った方が早いだろ?」

「こ…の鞄は、俺にしか使えないんだけど……」


 いや、鞄っていうか、ソロモン・コアが必要だからって意味でね!?


「おっと、おばあちゃんの愛のプレゼントってやつかー? おい、レオンハート。解呪ディスペルしてくれ」

「あー、すまん。できない」

「おいこら、いい人ぶるなよ」

「いい人じゃないと神父なんてできんだろう」

「嘘つけ。いい聖職者なんか見たことないぞー」


 小人族リルビスだし子どもに見えるけど、サーチするまでもない。

 こいつ、絶対おっさんだ!

 おっさん同士で不毛な言い合いするなよ! 腹立つなあ!!


「取り消して! エルフィーネはちゃんと真面目なシスターだろ!」

「サトル、今はわたしのことよりあなたのことです」


 ムカついて真面目に言い返したのに、エルフィーネまで冷たかった!

 そういえば昨日は俺が絡まれてたら庇ってくれたけど、今は見てるだけだ。

 これはつまり、エルフィーネも同じ考えってこと!?


「おっと、確かに。それは認める」

「離せよっ」

「うん、離そう。えーと、レオンハート、質問を変える。これ、解呪ディスペルできるのか?」

「私の魔力では無理だね。ちなみに、エルムでもおそらくできないな」

「えー、じゃあこの町でやれるやつがいないってことか。収納ストレージ重量無効アンチグラヴィスまではともかく、おまえの解呪ディスペルを弾けるような封印ケーラねえ……。あの深き森に隠居した娘にそこまでの魔力があったかなー? 文字通り命がけでおまじないやっちゃったかぁ」


 はあ、と大げさな溜息をついたピルピルさんに、俺の心臓がひやっとした。


 オウルばあちゃんを「娘」って言った……。この人、いくつなんだ…? もしかして、俺が持ってるのがアイテムボックスだってバレる!?


「……ふーん……」


 また深い海の底みたいな目に射竦められて、心臓が口から出るんじゃないかってぐらい緊張した。

 どうしよう…。どうしたら…っ。


「そっか」


 大見得切ったくせに身体の芯から震えてたら、ぽつりと呟いたピルピルさんの目がまた明るいブルーになって、今度は今までで一番小人族リルビスらしい、無邪気な子どもそのものの笑顔で俺の顔をじっと見たんだ。


「同じ人間ヒューマンの男にも女にも裏切られてあんな森の奥で孤独に過ごすことを選んだのに、あの娘は最後におまえを愛したんだな」


 奪うためだった小さな手が、俺の大事な鞄に触れる。

 その仕草がまるで小さな女の子の頭を撫でるような優しさで、胸が痛くなった。

 この鞄は確かに、ばあちゃんの一番強力な装備を解いて作られたものだ。

 火蜥蜴の革なんて固くて縫いにくかっただろうのに。

 三つの魔法スペル付与は、ソロモン・コアが与えたものだけど…でも、俺にとってはそれだってばあちゃんが遺してくれたものだよ…。

 だって、ばあちゃんが俺を拾ってくれなかったら、この身体はまた一人ぼっちであの森で冷たくなってたんだから。


「あーよしよし。泣かない、泣かない。オウルはまだ子どものおまえが一人になることを心配して、自分の全部を使ってそんなすごいものを遺したんだな。長い間一人ぼっちだったあの娘が、おまえを愛したことがうれしいよ」

「ううう…!」

「単純な話さ。それがおまえにしか使えないってわかったら、無理やり連れて行こうって連中も出るぞってこと。わかったか?」

「はいぃ…! でも、俺…っ、絶対言うこと聞かないからぁ!!」

「ははは、その頑固さは確かにオウルの子だ」


 やっと離れてくれた!

 手に汗びっしょりだよ! っていうか、人間の出せる下半身以外の液体ぜんぶ出たじゃん!!


「よし、じゃあボクが同行するよ。エルフィ、もういじめないからあんまり怖い顔しないで?」

「ピルピルさん、やりすぎです」

「ピルパッシェピシェールね。あーやだやだ。女の子はいくつでも怖いなァ」

「サトル君は魔道具屋に行きたいそうだ。よろしく頼むよ」

「りょーかーい。どうせ勧誘の呼び出しもあるしな。今日は子守りをしてやるさー。少年、じゃあ行こうか」


 にこっとかわいく笑って手を差し出してきたけど、もう信じないぞ!

 腹が立ってぱんと小さい手を払って立ち上がると、ピルピルさんは「お」と目を丸くしてからおもちゃを見つけた子どもみたいな顔をしやがった。


「わあ、嫌われちゃった~♪」

「喜ぶとこじゃないと思うんですけど!」

「あはは、子どもはそれぐらい元気な方がいいよ」


 うわああ、いちいちイラっとさせるなこの人!

 できたらいっしょにいたくないけど、これ断れないんだろうな…!!


「サトル」


 我慢できずにふくれっ面になりながら出口に向かってたら、エルフィーネが見送りに来てくれた。


「ピルピルさんや神父様のお話を聞いてわかったと思いますが、どうか気をつけてくださいね」

「うん。気をつけるよ」

「はい。サトルに女神の加護がありますように」

「へへ、ありがとう」


 エルフィーネが深い森の色の目を閉じて祈ってくれたら、ふわっと胸があったかくなった。

 エルフィーネだけじゃなくて、この教会の子どもたちみんなに加護があったらいいな。

 俺は聖職者じゃないから、願うことしかできないけどね。


「よし、じゃあ行くぞー」

「なんであんたが仕切るんだよ!」

「そりゃ-、ボクが少年よりこの町に詳しいからさ!」


 せっかく最後はいい気分で出発できたのに、ピルピルさんめ!

 俺のふくれっ面なんてなんのその。

 散歩がてらいろいろ見ようと思ってる俺を無視して、ピルピルさんは上機嫌でさっさと歩き出しちゃったんだ。

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