1-4-6 まって俺って美少年だった!


「神父様、お部屋に案内してきます」

「うん、それがいい。エルフィーネももう休みなさい。ここは私がやっておくから」

「でも…」

「いいから。でなければサトルくんがここで眠り込んでしまいそうだよ」


 いや、さすがにそれはないです。大丈夫!

 口にしたつもりが出てなかったらしい。


「わかりました。お願いします。サトル、立てますか?」


 エルフィーネに促されて、俺は「うんうん」と頷きながら立ち上がった。

 一日動いて疲れたあと、お腹いっぱい食べた子どもの身体だもんな。

 そりゃ驚きの眠さだよ…。正直もうこのあたりの床で転がりたい。朝まで寝られる自信がある。


「足元に気を付けて。階段です」

「うん…ん?」


 階段か~辛いなあと思ったんだけど、三段ほど登ったところで派手にぎしぎし鳴る音に気がついてぱっと目が覚める。

 え? 大丈夫か、この階段…。怖いんだけど!?


「エルフィーネ、この階段、大丈夫?」

「先週修理したばかりですし、神父様はこの段だけは飛ばしますけど、たぶん大丈夫ですよ」


 そういうことはもっと早く言ってくれ!

 エルフィーネの手燭の心細い明かりを頼りに慌てて次の段に進んで、あとは恐々しつつもなんとか最後まで登りきる。

 ここの階段って段差が高めだし、幅も狭いからおっかないな。

 もしかしたら建てる人の感性次第とか、安全のための建築基準法とかこっちの世界にはないのかも知れない。

 二階は擦り切れた絨毯が敷かれた廊下の脇に、ずらっと六つの部屋が並んでた。人数とドアの間隔を考えたら、二段ベッドを使ったりした相部屋だろうな。

 まだ起きてるらしい部屋から声が漏れてる。楽しそうでほっこりした。

 うんうん、子どもが笑ってるのは平和な証拠だ。


「お手洗いは最初に案内したところです。私は一番向こうの部屋ですから、もしなにかあったら声をかけてくださいね」

「わかった。どうもありがとう」


 俺が案内されたのは、一番奥の部屋だ。ここだけドアがちょっと立派だし厚みがあるっぽいと思ったら、唯一の客室だからなんだって。

 お客さんなんて身分じゃないけど、かといってじゃあどの部屋で寝るんだって話になるもんな。

 散らかしたり汚したりしないよう、有り難く使わせてもらおう。


「おやすみなさい。いい夢を」

「エルフィーネもね。おやすみ」


 ドアノブを握って振り返ったら、エルフィーネもこっちを振り返ってたからつい手を振る。振り返してもらえたのがうれしい。

 エルフィーネがちゃんと部屋に入るまで見送ってたら、並んでるドアの一つが開いて、手燭を持ったマルカートとプリモがにやにやしながら、赤ちゃんを抱っこして遠巻きだった名前のわかんない男の子は、視線だけで刺されそうな目つきでこっちを見てた。

 そんな、監視しなくたっていたずらとかしないよ! もうさっさと部屋に入ろう!

 慌ててドアを開けて中に入る。

 はあ…疲れた。っていうか真っ暗なんだけど。

 そうか。電気とかないもんな……。

 「暗視ウルフアイ」のスキルを使いたかったけど、残念ながらステータスが足りないらしい。

 まあなくたって前の俺より夜目は効くし、月明かりもあるからなにも見えないってほどじゃないか。

 広さは八畳ぐらい。リビングと同じでむき出しの壁じゃなくて、ちゃんと壁紙が貼ってあるし、床もカーペットが敷いてある。

 薄いし少し擦り切れた感触がするけど、靴底にざりざりした砂の感触がないのは、あまり使われてる様子のないこんなところもきちんと掃除が行き届いてるってことだ。

 あとはチェストが一つと、机と椅子。広めのベッド。一通りの家具がそろってるし、部屋の空気もこもってない。

 ドアのそばの棚に置いてある蝋燭を三つ立てられる燭台を見たら、そばにメモ帳の束みたいなものが置いてあった。

 あれ、これから火の魔力を感じるな。もしかしてこれが火の札じゃないの?

 どうやって使うんだろ…。不思議に思いながら一枚ぺりっと剥がすと、ぽっと紙に小さな火が浮かんで慌てて横の三つの蝋燭に移す。

 それぞれに火が灯って、ふわっと甘い蜜ろうの香りが立ち上ったところで札そのものが消えた。

 へえ、普通の蝋燭より明るいや。これならベッドのサイドボードに置いて読み書きもできそう。

 ゴミも出ないし、火の札って便利だなあ。

 長年愛用の弓切り式の火起こし道具を持ってるけど、こんな電気のない世界じゃ早く火をつけられるのってそれだけで安心感が違う。

 マイヤさんが火の札を紹介してくれたときもマッチより安いみたいな感じだったし、俺でも払える値段なら買いたいな。

 ……あれ、そういえば明日って夕飯はここで焼肉だ。それに加えて魔道具屋さんに行くとなったら、仕事以外で一日に二つも予定が入るじゃないか!


「うわぁ…なんか俺、リア充っぽくない?」


 でも、くふふと笑いながら燭台を持ってベッドに向かおうとしたときだった。

 ふと見た先に同じように燭台を持った小柄な人影が見えて、俺の心臓が思いっきりはねた!


「え!?」


 何の気配もなかったのに、誰!?

 びっくりしつつもよく見たら、明るい髪の色をした男の子だ。

 てっきり話したことがない子が入り込んだのかと思ったんだけど、会った中にはいなかったし、その子は動かない。


「あれ…これって…」


 いや、動いた。俺が動いたらその子も動く。


「ん? んん??」


 燭台を上げたり下げたり、首を傾げてみたりして、その子が同じ動きをすることを念入りに確かめてから、やっとわかった。

 これ、窓に映ってる俺じゃん!

 なんだよ! 紛らわしいな!!


「あれ? もしかして俺、色だけじゃなくて顔も前と変わってる?」


 それに心なしか昔より頭が小さいような?

 抜け毛を見て髪の色が黒じゃなくて銀色になったらしいってぐらいの認識だったけど、もしかしたらほかにも変わってるのかも。

 森の小さな家には鏡がなかったし、街中でもまだ見たことがないから、こっちの文化レベルで鏡はだいぶ高価なんだろう。


「ステータスの引継ぎができなかったし、みなし子ってだけでこの身体の両親については公式でも設定がなかったから、なんとなく顔は前の俺のままだと思ってたんだけどな~」


 しみじみ呟きながら右を向いたり左を向いたりして、窓ガラスに映った自分らしい男の子の姿を眺めてみる。

 町を歩いて見かけた窓のガラスはどれも透明度が低くて気泡が多いものだったけど、このガラスは透明度が高くてすごく滑らかだ。

 客室だけあって高いやつを入れてるんだな。

 なかなかよく映るみたいだし、せっかくだから今の自分の顔をもっとちゃんと見ようと近づいて、俺は驚愕した。


「……マジか」


 生前の俺が、毎日毎晩画面越しによく見た顔がそこにあったからだ。

 燭台の火に照らされて、今は金色に見えるつるつるキューティクルの眩い銀色の髪、まつ毛ばしばしでくるりと大きな目は、中心に明るいオレンジが揺らいで外側が青っぽいアースアイ。恐る恐るぺたりと触った滑らかなほっぺはもっちり柔らかくて産毛の存在しかなく、驚きの白さだ。

 勝手に手入れされたみたいな細い眉毛、控えめな鼻とぽかんとした唇はどっちも小さく、「あ」と開けてみたら小さな白い歯が綺麗に並んでた。

 どおりで見覚えがあるはずだ。

 それもそのはず、「Solomon of worth」の男主人公の少年型のデフォルトじゃないか!

 パッケージはもちろん、あらゆる宣伝媒体、ゲーム中の特殊ムービーなどでもこの少年型が使われてたから、この姿がゲームの公式な主人公だったんだろうな。


「へえ、三次元になったらこんな顔になるのか~。うわ、まつ毛なっが! こんだけ長いと、自分でくるんってカールするんだなあ」


 母さんが化粧台の前でハサミみたいなのでぎゅうぎゅうやってた苦労は、なんだったんだって感じ!

 にこっと笑ってみたり、怒ってみたり、泣きべそになってみたり。

 うおー、間違いなく俺だ!

 今ここにアルティメット装備があったら、勇者ごっこするのにな! この先も手に入れる予定がないから残念!!

 前の俺だったら痛い行動も、今なら子どもってことで許されそう!

 ――なんて笑いかけて、ふっと気がついた。


「…あれ? そういや元の俺ってどんな顔だったっけ?」


 ……ぱっと浮かばない。

 考えてみたら、生前も一人暮らししてから鏡見る機会がほとんどなくなってたもんなぁ……。

 朝髭剃るのも寝ぼけながらだし、ショーウィンドウでつい身だしなみが気になって…なんて性格でもないし、っていうかそもそもそんな時間なかったよね!

 最後にじっくり見たの、大学生ぐらいかも。社会人として最低限の身だしなみを整えるために床屋は行ったけども、毎回寝落ちしたとこを起こされてた上、眼鏡も外しちゃってたし……ははは。

 もし元の世界でこの顔に生まれてたら、大変な美少年だ。中身が俺のままだったら注目されて苦痛だっただろうな。

 こっちには性別種族問わず、この程度なんか目じゃない美形がごろごろいるだろうし、目立たず生きていけそうなのは幸いだ。

 俺としては正直、青年型の中でも逞しいCタイプ、それが無理でもせめて一周目で使ってた青年型のデフォルトの黒髪バージョンがよかったけどな~…。

 若い方が何事も伸びしろがあるのは間違いないだろうけど、こんな美少年の身体に入ってるのがおっさんってのが我ながらかなり気持ち悪…いや、きついだけで。

 赤ん坊からやり直しならまだしも、本当になんでこんな中途半端な年頃で……って、いや。待てよ。

 生前の俺は、清らかなまま召されてしまったあげく、今は人生二周目だ……。

 あれか。三十過ぎて清らかな男がなってしまうという、魔法使いになっちゃったが発動したのか…!?

 それなら「森の子フォレストゲイン」より「魔法使いマージ」のジョブが先に来そうなのに、子どものまま死んだんだからおまえはそっからやり直せってことなのかも!?


「も、もう今日は…寝よう……」


 お、俺だって好きで清らかな身体のまま死んだわけじゃないのに…!

 なんだか打ちのめされた気分になったけど、それでも始まってしまった物語はきちんと完遂したい。

 そして悟った。

 すでにゲームとはずいぶん話が変わってるし、きっと同じストーリーをなぞる様なことにはならないんだろう。

 だって仮にゲームと同じようにエンディングまでシナリオが進んでも、俺はもちろん、この世界の人たちの人生は続いて行くんだ。

 この大きな世界の中に生まれ変わったといっても、俺一人でなにかできるわけじゃない。

 でも世界の小石の一つとしてここで生きて、ときには水に波紋を起こしたりはできるかも知れないじゃないか。

 気持ちを切り替えて、ベッドのサイドテーブルに燭台と大事な鞄を置く。

 それからブーツや服を脱いで、ベッドの上に置いてくれてある長いシャツみたいなのを着た。

 燭台の蝋燭を吹き消し、ばふっと広い寝台に寝転がって、その心地よさに大きなため息をつく。

 あー野宿じゃないって最高! 地面の上に転がるのは辛かったもんなぁ……。

 それから今日一日、俺に親切にしてくれた人たちの顔を一人一人思い出した。

 とろとろと優しい微睡の気配を感じながら、これからのことを考える。

 生きることは、なにかと戦うことだ。

 俺の場合はとにかく働いて、その日の生活の糧を得る。

 きっと毎日がその繰り返しだろう。

 それは昔と同じはずなのに、世界が変わっただけでこんなにも明日が楽しみだと思えるようになれたことがうれしい。

 うれしいし、わくわくして、こんなに眠くなかったらまた歌い出したいくらいだ。


 ――明日もどうか、いい一日でありますように。


 以前の自分じゃとても思いつかなかったような祈りを呟いて、ナーオットで迎えた記念すべき初めての夜、俺は本当に久しぶりにぐっすりと眠ったのだった。

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