1-4-5 教会の子供達


「俺、ばあちゃんを弔うときに、塩とか入れなかった!」


 もしかして、魔物に目を付けられるの? 操られたりするのか?

 でも、ゲームでそんなイベントなかったよな? いや、でも俺、二周目終わらずに死んじゃったし…どうしよう。すぐ帰ろう!!


「サトル、落ち着いてください」

「まず話を聞こうか。ほら、ここに座って」


 居ても立ってもいられなくて飛び出しかけたんだけど、エルフィーネが俺の手を握って、神父様が肩を抱いて、マルカートって呼ばれた男の子が椅子を持ってきて俺を座らせてくれた。

 でも俺は全然落ち着けない!


「では、サトル君。おばあ様を弔ったのは君ですね?」

「うん。だって俺しかいなかったし。でも本当に知らなかったんだ。ばあちゃんも教えてくれたら…」

「神父様。サトルを育てたおばあさまは、オウルさんという森の魔女です。ご存知ではないですか?」


 顔を覆って項垂れた俺の代わりにエルフィーネが説明してくれて、そこで一気に神父様の声の調子が明るくなった。


「君が森の魔女オウルの養い子か。それなら心配いらない。魔女なら自分できちんと旅立ちの準備をなさっただろうからね」

「でも…準備ってそんなべつに……」


 のろのろと顔を上げて、不安で震えながら首を横に振ったけど、神父様の表情は変わらなかった。

 高いブランデーみたいな色の優しい目でじっと俺を見て、落ち着いた口調で聞いてくれる。


「では思い出してみよう。弔いの時になにかしなかったかね? オウル殿に頼まれたり、言いつけられたことはなかったかな?」

「ええと…どうだったかな…。俺、あのときはただ…悲しくて……」


 俺の意識がはっきり目覚めたのは、弔ったあと、お墓の前に立っているところからだ。

 記憶を辿ると恐ろしいほどの孤独感と悲しみが押し寄せて、それが俺の味わう初めての深い痛みになっていた。

 これはこの身体が家族を失って孤独になる、その痛みの記憶だ……。


「ほら、しっかり思い出せよ。あんたはちゃんと家族がいたんだろ?」


 背中をさすってくれるマルカートの小さな手に励まされながら、俺は涙を堪えて必死に思い出す。


「確か、埋めたあとにばあちゃんが用意してた小さな花が浮かんでた水を土の上からかけました。そうしなさいって言われて……」

「うん、それは魔女が聖水の代わりに使う『祝福の水ファルエーデ』だね。じゃあ心配ないよ。それに、誰かに心を込めて弔われた者は、めったなことでは彷徨う死者になったりしない」

「ほ…本当ですか? ばあちゃんは、ちゃんと安らかに眠ってくれてる?」

「もちろんだとも。だから大丈夫だ。君の大事な家族は何者にも穢されたりはしない」


 冷たくなった手を俺より大きな神父様の手にぎゅっと握って言ってもらえて、ほっとした!


「よかった…!」

「ほら、大丈夫だったろ? 大げさだなー!」

「こら、やめなさいって言ってるでしょう? サトル、もう大丈夫ですか?」

「うん。ごめん。もう、なんか俺、みっともないとこばかり見せちゃって……」


 次から! 次からはもう大丈夫だから!!


「よし、落ち着いたね」


 今度は恥ずかしくて顔を覆いたくなったのをガマンして立ち上がると、笑って頷いた神父様が棺の蓋を持ち上げながら言った。


「さあ、ではこちらの方を見送ってさしあげなくてはね。暖かくなってきたし、すぐに運び出すよ」

「わかりました。マルカート、手の空いてる人を呼んできてくれる?」

「おうよ!」


 マルカートが白いスモックを翻してぱたぱたと出て行って、神父様とエルフィーネが二人で棺の蓋を打ち付け始めた。

 これって、俺も手伝うべきかな? 神職じゃないし、邪魔かも? でもじっと見てるのもなんか悪いし……。


「あ、あの…よかったら俺も、なにか手伝えますか?」

「大丈夫、もう終わりました」

「運び出しは力がいるからね。それに高さが合わないとこの方も落ち着かないだろうから」


 う、それはそうだ!

 邪魔になる方が申し訳ないし、おとなしく待つことにする。

 ほどなくマルカートに連れられた細いけど背が高い犬型の獣人族ガルフの男の子と、二人の人間ヒューマンのおじさんがやって来て、神父様といっしょに棺を担いだ。


「さあ行こうか」


 神父様の呼びかけに厳粛な表情でみんなが頷く。

 エルフィーネが燭台を手に先に出て、そのあとをマルカートがまた歌いながら歩き出した。棺を担いだ四人と俺はその後をついて行く形だ。

 もう一度鐘が鳴る。通りすがりの人たちが立ち止まって祈って、俺たちはそのまま狭い通りを進んだ。

 また俺のステータスアイコンが反応した気配がして確認したら、新しい唄が増えてた。

 さっき覚えたのは女神様に許しを乞い、罪を洗い流す「清めと赦しの唄」。今度覚えたのは旅人の歩く道をどうか照らしてください。迷わないようお導きくださいって願う「旅立ちと送り人の唄」……。

 どちらも見送りの儀式、俺の感覚では告別式になくてはならない大切な唄だった。

 賛美歌とか今まで興味なかったけど、ヒーリング音楽じゃないか?

 高音の伸びるところとかちゃんと歌えたら、すごく気持ちよさそう。「吟遊詩人バルドラー」のジョブを持ってるせいか、なんだか俺も歌いたくてうずうずしてきた。

 でも人前でとか絶対ない!

 ……竪琴が欲しいな。お金が足りたら買っちゃおうか。

 どこで歌えばいいかわかんないけど。

 どうやら孤児院を兼ねてるらしい教会の隣の二階建ての建物の前を横切って裏手に回ると、広い墓地があった。

 ここは篝火がないから暗くて怖い! 燭台の蝋燭の光だけでこんなところに来るなんて、俺一人じゃ絶対無理だ。

 ただでさえ電灯もないし、こっちの世界の夜って暗いんだなって実感中なのに。

 運ばれた人が葬られたのは、墓地の左側だった。この一角はほかと比べてお墓の間隔の一つ一つが狭い。

 どのお墓にも名前はなくて、あるのは種族と性別、おおよその年齢だけだ。無縁仏になってしまった人たちのための場所らしい。

 最後にみんなで土をかけ、花と祈りを捧げておしまい。

 俺も「どうか安らかに」と名も知らない人のために祈って、頼りない燭台の光から離れないようにエルフィーネのそばに駆け寄った。

 それから棺を担いだおじさん二人は帰って、獣人族ガルフのひょろっと背が高い男の子とマルカート、神父様とエルフィーネに連れられて教会の横の大きな建物、孤児院に案内してもらったんだ。

 木造二階建てのなかなか広い建物で、一階は台所、風呂、トイレなんかの水回りと今俺たちがいるリビング、神父様の部屋があって、二階は客室が一つとあとは子どもたちの部屋なんだって。

 家具や調度はどれも古くて一部壊れたりもしてるけど、きちんと掃除が行き届いていてとても落ち着く居心地のいい家だった。

 いかにもエルフィーネが育ったところって感じだ。


「へえ、兄ちゃんもそんなナリして冒険者なのか!」

「えー弱そう! いっしょにいたくせにエルフィ姉ちゃん、怪我させられてたしさー!」

「せめて剣とか槍を使えないと、プリーストと組むなんてだめだよね~」


 最初が教会で歌っていたマルカート、その次が七歳ぐらいのやんちゃな黒ラブっぽい犬型の獣人族ガルフの男の子のボッコ、三番目は小生意気そうな十歳になってるかどうかぐらいの人間ヒューマンの女の子のレジェ。幼いながらも相当な美少女で、ややこしい編み込み頭にあちこちリボンがついてて、将来は間違いなく敵に回したら怖い女の子に育ちそう。

 どの子もさすがの手厳しさだ。

 こういうところの子って、ちゃんとした両親がいてぬくぬく育った子と違って、しっかりしてたりするよね……。

 というか、やたらしっかりしてるか情緒的に幼いかのどっちかな気がする。


「返す言葉もございません…」


 そして、実はそうなんだよ……。

 エルフィーネ、腕に大きな痣ができちゃっててさ。グラスボアに転ばされたときにぶつけたらしいんだけど、痛かっただろうに俺、気がつかなくて…。

 エルフィーネが先に水浴びをしてたところにレジェが行って気がついて、湿布はどこだって大騒ぎしたり、騒動で泣き出した赤ちゃんとか幼児でてんやわんやになってしまった。

 とりあえず、俺も杖は一応使えるから借りて治癒ヒールをかけたんだけど、やっぱり魔力の高さが違う。

 俺の深い切り傷はエルフィーネのおかげですぐ治ったけど、エルフィーネの打ち身が治るまでには結構な時間がかかってしまった。

 いや、治せただけよかったんだけどね!? 治癒ヒールの宝珠は魔力分だけ回復だから、これはもうどうしようもない。


「わたしが言わなかったんです。それよりも弓だけじゃなくて治癒ヒールの宝珠も使えるなんて、サトルは器用なんですね」

「いや…でも俺、魔力はあんまりないし。神父様を呼んで任せればもっと早く治せたよね? 気が利かなくて本当にごめん」

「使えるだけでもすごいですから、自信を持ってください。それに、教会では自然に治る傷にわざわざ治癒ヒールの宝珠を使ったりしませんから」

「勝手をしちゃって、ますますごめん…!」


 笑って励ましてくれたエルフィーネは、デザインは同じだけどちゃんと清潔なワンピースに着替えてる。

 俺も裏の井戸を借りて血を流せたし、着替えられたからさっぱりした。しかも血まみれの服を洗ってもらえたのがありがたい。


「まあけど、あんたにはこうして美味い肉を分けてもらったわけだしな」

「そうそう。ここはよくぞ来てくれましたサトル様ってとこだぜ!」


 真面目ながらもなんかニヒルな言い方をするのはさっき棺を担いだ細くて背の高い犬型の獣人族ガルフの男の子、ジュスト。薄い垂れ耳と細くて平たい尻尾がどことなく温厚な猟犬を思わせる落ち着いた見た目と物腰だけど、なんとこの身体と同い年の十五歳だ。身長をちょっとわけて欲しい…。

 その次はこの中では最年長の十七歳だけど、小人族リルビスだから俺の胸ぐらいの身長のプリモ。金属っぽい緑のくせ毛で髪と同じ好奇心旺盛そうなキラキラした目がご機嫌に俺を見上げてる。

 まだそんなに何人も知り合ってないけど、なんとなくわかった。小人族リルビスはきっといくつになってもいたずらっ子だと思う。

 だって俺が鞄からグラスボアのお肉を出したら、プリモのやつ! 目を輝かせて「すげえ! ほかはなにが入ってるんだ!? 俺も入れるかな!?」って頭を突っ込もうとしたからな!

 エルフィーネが「プリモ! おやめなさい!」って怒ったのが怖かった…。

 まさか鞭でも出して叩くのかと思ったら、あのショートロッドでばしんとお尻を叩いて、しかもいい音がしてたのがまたいっそう怖かった!


「でも晩御飯が終わってたから、間に合わなかったね」

「明日のごちそうになるから十分です。だからどうぞ泊って行ってくださいね」

「そうだよ! それにご飯も食べてね!!」


 エルフィーネに続いて上からぐいっと覗き込んで言ってくれたのが、女の子の中ではエルフィーネの次にお姉さんな巨人族タイタンのベッラ。

 褐色の肌でポニテにしたドレッドヘア、まだ十四歳らしいけど身長はすでに俺より頭一つ分高いし、体つきもしっかりしてる。

 巨人族タイタンは女の子でも体格がいいなあ…。あの腕の筋肉、ちょっと分けて欲しい。

 俺に声をかけてくれたというか、寄ってきてくれたのはこの子たちだけで、少し離れたところにはいはいぐらいの赤ちゃんを抱っこした、まだ十歳になってないぐらいの人間ヒューマンの男の子がいる。

 つんつん頭で目つきが悪いから、なんかハリネズミみたいだ。

 仲良くなりたいけど、そばに寄ったらめっちゃ威嚇されそう。

 そしてなんか覚悟の違いとか肝の坐り方っていうのかな。絶対勝てない。

 だから自分が傷つかないためにもそばには行かず、俺は敵じゃないですよ~なにも悪いことはしませんよ~って態度で地道にアピールすることにした。


「さあ、あなたたちはもう寝なさい。ジュスト、プリモ、ベッラ、お願いできる?」

「はいよ、りょーかい」

「もちろん! もっとあの鞄を見たかったけどな~」

「いいよ。ほら、プリモも、お客様の持ち物に勝手に触っちゃだめ! みんな行くよ!」


 エルフィーネに言われて、ジュスト、プリモ、ベッラが子どもたちを引き連れて二階へ連れて行った。

 残ったのは神父様とエルフィーネと俺だけ。やっと静かになった。

 いや~、実はテーブルに食事の支度をしてくれてて、早く食べたくて仕方なかったんだよね。

 お腹の音が聞こえちゃうんじゃないかってひやひやしたよ。


「遅くなったが、さあどうぞ。これでは礼にもならないが、よくエルフィーネといっしょに行ってくれたね。この子は言い出したら聞かない上に、私が兵舎に呼ばれている隙に行ってしまって、本当に心配していたんだ」

「ええ~…それはだめだよ、エルフィーネ」


 お招きいただいて椅子に腰を下ろしながら思わず突っ込むと、エルフィーネは赤くなって恥ずかしそうに俯く。


「それは…はい。心配をかけてしまった自覚はあります……」


 そう言いながらパンが入ったバスケットをこっちに寄せてくれるあたり、本当に優しいなあと思うんだけどね。


「私が口に出したせいだけれど、まずは食事をしなさい。二人とも」

「あ、はい」

「女神よ、今日の恵みに感謝をいたします」


 なるほど、こっちの世界の「いただきます」はこうか。


「俺も感謝します。じゃあ、いただきます!」


 でもやっぱりこっちじゃないと落ち着かない。

 両手を合わせて挨拶してから、久しぶりにちゃんとした食事を楽しんだ。

 ここのパンはちょっとすっぱめで固い。黒くはないけど白くもないし、なんだろう。雑穀っぽいのが入ってる感じか。貴族なんかは白いパンを食べてそう。

 あとは肉より骨の方が多いなにかの肉が少しと、ジャガイモと細長い玉ねぎっぽいのがたくさん入ったシチュー。

 味は薄い。牛乳…なのかな? とりあえずなんかの乳より水の方が多いし、教会で塩が足りないっぽい話をしてたから、そのせいかも。

 でも美味しい!

 ここのところずっと干し肉だったし、昼間に食べたあのパンと串肉も美味しかったけど、あれとはまた全然違う。

 誰かが手をかけてきちんと作ってくれた料理だもの。贅沢に慣れた人は文句を言うかも知れないけど、俺にとってはなによりのご馳走だよ。

 おかわりがないことが本ッ当に残念だ!


「サトル、これでは足りないのではないですか? よかったらグラスボアのお肉を焼きますよ?」

「大丈夫! 明日のお楽しみに取っておくんだ」


 うーん、お腹がいっぱいになったらいよいよ眠くなってきた……。

 元々魔力切れで眠くなってたし、自然回復もそんなに多くないからしょうがないか。


「サトルくん、もう休みなさい」


 食後のお茶ならぬお湯をいただいてるところでかくんと寝落ちしそうになって目元をこしこししてたら、苦笑した神父様に頭を撫でて言われてしまった。

 いかん。この孤児院の子たちの中では、俺はお兄さんの方なのに。

 っていうか中身で言ったら神父様を含めても最年長かも知れないのに、なんて思い通りにならない身体なんだ!

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