1-4-4 教会へ行こう


「はぁ…緊張した」


 ギルドから出たら、辺りはすっかり夜になっていた。

 澄み渡った空は満天の星がきらめいて、その星を従えるように大きなラベンダー色のと、その三分の一ぐらいの大きさの淡い金色の三日月が登ってた。

 衛星が二つもあったら引力の関係で環境激変しちゃうと思うんだけど、この世界では大丈夫なんだな。

 まあ魔法のある世界だし、気にしてもしょうがないのかも。

 時計台の時間は十九時過ぎ。

 街往く人はまだまだ多いけど、やっと帰れるって感じのお疲れ顔の人、これから晩御飯だ楽しみって感じの人と、どこかに飲みに行くのかなって雰囲気で連れ立ってる人、いろいろだ。

 俺たちはお疲れ組かな。とにかく濃い一日だった。


「サトル、ごめんなさい。貴重なお肉を…」


 篝火が噴水に反射して綺麗だなあと思って眺めてたら、改まった様子のエルフィーネに申し訳なさそうに言われて慌てて振り返る。

 こんなまだ若いお嬢さんにそんなこと気にさせるなんて、とんでもない!


「ううん。気にしないで。教会の子どもたちのことを知っちゃった以上、自分だけ美味しい思いをするなんて無理だよ。みんなで食べた方が絶対美味しいしね!」


 食育大事! 子どものうちからしっかり栄養を取って丈夫な身体を作らないとね。

 今は同じ子どもになった俺にできることなんてたかが知れてるけど、できることはするよ!


「ふふ、サトルは優しいですね」

「え、そんなことないよ。普通じゃない?」

「いえ、優しいです。おばあさまがどんなにあなたを慈しんで育てたか、わかります。それに、ギルドのマスターも、職員の方もすごく優しかった」

「それは…どっちも、うん。わかるよ。冒険者の人たちもね」

「はい。特にわたしは、感謝してもしきれません」


 サイモンさん、見た目は超おっかないしぶっきらぼうだけど、優しいと思った。

 でなきゃ俺やエルフィーネなんて冒険者になれずにつまみ出されてそうだし。


「サトルがお礼にお肉を差し出した時に、マスターは前脚でいいって言ってくれたでしょう?」

「うん? そうだね」

「前脚は筋が多くて固いんです。調理にもコツが必要ですし」

「そうなの!?」


 知らなかった。サイモンさんに失礼なことをしたんじゃないかって焦ったんだけど、エルフィーネは首を横に振って言ってくれた。


「あなたが知らないから、きっとそうしてくれたんです。あなたが初めて倒したんですもの。きっと美味しく食べて欲しかったんですよ」

「……うん」

「サトル?」

「待って、また泣きそう」


 ふふふって笑われた!

 あーもう、子どもの身体になったからって、涙腺弱りすぎだろう、俺!


「またハンカチを貸しますよ」

「いや、その…借りっぱなしだし。しかも鼻水も拭いちゃったから、洗って返すよ。ごめんね」

「気にしないでください」


 ぐすっと鼻をすすって歩いてたら、突然リーンゴーンって大きな鐘の音が聞こえて思わず立ち止まる。


「鐘? あれ、でも時計台の鐘とは違うよね」

「送る鐘の……。教会で最後の旅立ちとお別れをされる方がいます」


 行き交う人たちが一瞬足を止めて、ある人は胸に手を当てて祈り、ある人は帽子を取って胸に当てて目を閉じた。

 荒くれっぽい人は祈りはしないけど、一瞬鐘の音がした方を振り返ってまた歩き出す。

 エルフィーネも胸に手を当てて祈ったから、俺も慌ててそれに倣った。


「今の音って、けっこう近いよね」

「はい。この道を奥に行ったところ…わたしの住んでいる方の教会ですね」


 もう一つは北の教会で、そちらは貴族とか富裕層が行くところだった。

 そういえばゲームでは東の教会は特に用事がなかったから序盤に一度通り過ぎただけだ。北の大きい方は冒険者レベルが上がらないと入れなかったけど、貴重なアイテムがあったしすごく立派なステンドグラスが綺麗だったのを思い出した。


「エルフィーネは東の教会で育ったんだよね」

「はい。採取の帰りにお話ししたとおり、わたしは幼いころに家族を亡くしたので。もう十年はお世話になってますね」

「そうか…。俺はついこの間までばあちゃんがいっしょだったけど、エルフィーネはさびしかったよね」


 優しい人たちと過ごしていても、家族じゃないって気持ちは残るものだ。

 俺は家族仲がよかったし、オウルばあちゃんの記憶は優しいものばかりだから恵まれてるけど、でもやっぱりもう家族はいないんだ、会えないんだなって気持ちは残った。

 そんな気持ちもあってつい言ってしまったのだけど、エルフィーネは微笑んでそっと首を横に振った。


「思い出が多くても少なくても、違う形になった淋しさはあると思います」

「じゃあ俺はこれから淋しくなるかも。いやだなあ…」

「それなら、淋しい時はいつでも教会に来てください。たとえお互いに冒険者ではない道を選んでも、せっかく知り合えたのですから。教会には子どもたちもいます。もしサトルが子どもが苦手じゃなかったらですけど」

「苦手じゃないよ。得意ってほどでもないけどさ」


 俺自身は兄貴に子どもがいたしな。そこだけは否定しといた。

 一応、赤ん坊のおむつも替えたことあるし、いっしょに遊んだことだってある。まったく相手できないってほどじゃないはず!


「ふふ、よかった。じゃあさっそく行きましょう」

「うん!」


 笑ってくれたエルフィーネに照れながら、俺は「こっちです」って歩き出した華奢な背中について行った。

 ギルドを出て南に二つ目の路地に入る。馬車は通れるけど、二台がすれ違うと通行人が気をつけてよけなきゃいけないぐらいの道幅だ。

 篝火が少なくて、ここも石畳だけど傷んだところをちらほら見かけるし、家も小さいものが多い。


「おや、こんにちは。エルフィのお友だちかい? ずいぶん可愛いらしい子だねえ」

「こんにちは。こう見えてサトルは冒険者なんですよ」

「そりゃあ勇敢な子だ。ようこそ、坊や」

「こんにちは。とんでもない、エルフィーネの方が勇敢でした!」


 背中の曲がったしわくちゃの優しそうなおばあさんに声をかけられて、俺も笑顔で挨拶する。

 俺もばあちゃんを亡くしたばっかだから、かわいいなんて言われても怒れない!

 ほかにも何人かの住人に親しげに声をかけられて、そのたびにエルフィーネは優しく丁寧に返してた。

 いい子だなあ…。こんな娘さんには幸せになってもらいたいよ。

 ゲームじゃどうしても名前が出てくる登場人物しか目に入らないけど、あの世界には本当はこんな風にいろんな人が生活してたんだなって思った。

 今は俺だってその一員なんだってしみじみ思いながら、だんだんと粗末な作りになっていく建物を横目に歩いて、十分ぐらいかな。


「ここです」


 エルフィーネが足を止めて、東の教会についた。あちこちすっかりガタが来てるけど、精一杯の修繕や手入れの跡が見える、素朴で素敵な教会だ。


「あれ、歌声……?」

「『清めと赦しの唄』です。どんな人の旅立ちであっても、必ず歌われるんですよ」

「へえ…知らなかった」


 いくつもの燭台に灯された蝋燭の暖かな光の中、簡素な木製の棺の右側で、白いスモックみたいなのを着た十歳ぐらいの男の子が歌ってる。

 綺麗な歌だなあ。外国の少年ばっかりの聖歌隊ってこんな感じなのかもと思いながら耳を傾けていたら、ぴこんとステータスアイコンが反応した気がした。

 こっそり確認すると、今のでこの唄を覚えたらしい。すごい、ちゃんと旋律と歌詞が頭に浮かぶ!

 今の俺は吟遊詩人バルドラーのジョブを持ってるから、そっちの繋がりらしい。

 歌ったのなんて森の小屋を出て街に出るまでの夜営の心細さを紛らわすためだけだったし、最後のお願いにしたことも忘れてたよ。


「この美しい月の夜、長い旅を経て、女神の御元に一人、寄る辺なき者が歩いて行きます。孤独な魂が迷わぬよう、どうかその道を照らしたまえ……」


 正面には、生前の俺と同じかちょっと年上ぐらいかな? 眼鏡の似合う、暗い金髪ですらりと背が高い神父様が立って、最後の祈りを捧げていた。

 棺の左側に五十がらみの小柄で痩せた人間ヒューマンのおじさんが一人、跪いて帽子を胸に当てて祈ってる。

 おじさんが祈る先には、金や銀の装飾もなくて質素ながらもきちんと整えられた祭壇と、その前に女神像があった。

 目を閉じて穏やかにほほ笑む女神は、この世界の神様だ。

 右手に矛、左手に豊穣を意味するオレンジっぽい実を握ってる。

 この実が盾だったらアテナ像っぽい気がするな。戦うには食べるのが大事って意味なら、すごく現実的な神様で俺は好きかも知れない。

 勇気と根性で勝てとか結果出せっていう神様とか上司より、絶対いいよ!


「おや、おかえり。エルフィーネ」

「神父様、ただいま帰りました。……この方はあなたが見つけてくださったのですね」


 祈りを終えた神父様が目を細めてこちらを向いて、エルフィーネもほっとした様子で答える。それから帽子を被ったおじさんに丁寧に頭を下げた。


「森で行き倒れていましてな。身元がわかるようなものもありませんでしたし……」

「はい。あなたのおかげでこの方の旅立ちは孤独なものではなくなりました。あとはわたしたちがきちんとお送りいたします」

「ええ、よろしくお願いします」


 頭を下げて見送る二人、いや、歌ってた子も入れて三人に倣って俺もぺこっとして、恐る恐る棺を覗く。

 冒険者っぽい恰好の若い人間ヒューマンの男の人だ。たぶん三十代にはなってなさそう。脇腹とか脚に黒っぽい血が滲む布がぎゅっと縛られてるから、その傷が原因なのかな。

 まだ若いのに、気の毒に……。


「塩は足りましたか?」

「ああ、大丈夫。今日明日困るってほどじゃないさ」

「塩?」


 なんで塩?

 エルフィーネと神父様の会話の意味がわからなくて、つい聞いてしまった。


「ええ、昨日の夜、塩が足りなくなりそうだって神父様がおっしゃっていたのが聞こえて、それでわたし、塩だけは確保しなくてはと」

「そう、塩だよ! 教会には超大事なのさ!」


 頷いたエルフィーネに続いて返事をくれたのは歌ってた子だ。くりんくりんの茶色の巻き毛とそばかすが目立つ白い肌、意志が強そうな大きな目をしたなかなか将来有望そうな男の子だ。

 歯が一本欠けてるのも愛嬌になっててかわいい。


「そんなに大事なの?」

「当たり前だよ! 亡くなった人の口に入れるだろ? 教会はどうしてもたくさん使うからな~。この調子だと近いうちに味なしスープを食うことになるかも」

「え、口の中に塩を入れるって、しょっぱくない!?」


 いや、亡くなってても最後にしょっぱい思いをするなんてかわいそうじゃないかって思ったんだけど、男の子が「はあ!?」ってこいつ馬鹿じゃねぇのって顔で俺を見る。

 やばい、ダメなことを言ったらしい!


「なに言ってんだよ! 塩を入れてあげなきゃ、災いが口から入っちゃうだろ? 魔物に操られて死人ゾンビとか不死兵グールにされたら、そっちの方がかわいそうだよ!」

「そうなの!?」


 マジか、いや魔物の死人ゾンビは知ってるけど、発生理由もこんな風に弔うことも知らなかった!


「なんだよ、あんたなんにも知らないんだな!」

「マルカート、お客様に失礼よ」


 頭の後ろで腕を組んで「やれやれ」って顔をされたけど、もちろん腹は立たない。


「エルフィーネ、気にしないで。知らなかった俺が悪いんだ。そっか…って、あ! どうしよう…!!」

「サトル? どうしたの?」


 いきなり真っ青になった俺に、エルフィーネが慌てて聞いてくれた。

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