1-4-3 嵐を呼んだアイテムボックス
うう、その子たち、そんなことして稼いだって喜ばないんじゃないかと思う!
なんだよ! 教会ってほかに頼れる大人はいないのかよ!!
「サイモンさん、お肉は売らずに持って帰りたいです。子どもたちといっしょなら食べきれそうだし」
「えっ、サトル、そんな!」
「いいのいいの! ご馳走はみんなで食べなきゃだよ」
俺の家は本当に普通で、べつに食べるのに困ったってことはないけど、牛肉で焼肉なんかは食べ放題か、年末とか受験に合格したとか、なんかそんなタイミングでしか出なかった。
孤児院もきっとそんな感じじゃないかと思ったんだ。俺も子どものころはもっと焼肉食べたいって思ったからな。
「…あ、でもサイモンさんとマイヤさんの分はべつで! 今回の授業料は別としても、お肉を食べて欲しいです」
「そうかい。せっかくだ。じゃあ前脚をもらうぜ」
「はい! じゃあさっそく…ん? これって引っこ抜くんじゃなくて、切る? でいいんですか??」
「ついでに持って帰れるようにしてやるから、先にマイヤのとこに行け。肉以外の買取を頼みゃいい」
「わかりました。ありがとうございます! 行こう、エルフィーネ」
「はい」
二人でぺこっと頭を下げて、俺たちはマイヤさんのところへ戻ろうとした…んだけど、なんだろう。
出入り口のとこから覗いたら、冒険者が数人マイヤさんに詰め寄ってる…のか?
あんまりいい雰囲気じゃないみたいだけど……。
あ、マイヤさんがこっち見た。
あれ、カウンターの下で手を振られてるのって「来るな」って意味? 尻尾の揺れ方が不穏だ。たまに近くの棚にたしったしって当ててるの、機嫌が悪いからじゃないか?
「サトルはここにいてください」
「え?」
もしかして俺に用事かも知れないと思ったんだけど、エルフィーネに固い声で言われて足が止まる。
「エルフィーネ?」
「わたしが行ってきます。大丈夫、待っててくださいね」
「でも…」
そんなの申し訳ないからとは断れなかった。
いつも微笑んでたエルフィーネが、すごく真剣な顔で行ってしまったからだ。
不思議なんだけど、カウンターはすぐそこなのにこっちまでは会話が聞こえない。そういう
ギルドの職員エリアって機密もありそうだしなあ……。
冒険者たちが今度はわっとエルフィーネに詰め寄ったのを見て心配したんだけど、さすがに誰もエルフィーネを突き飛ばすようなことはしなかった。
マイヤさんがしっしって追い払って、にこにこしながらなにか言って、エルフィーネが頷く。
お? 終わった感じかな?
初めての仕事だったんだ。せっかくだし、俺も見たい!
でも来るなって言われたしな…。
なにか言われて逆らうって、正直すごくエネルギーがいる。こんなだから仕事でもあれこれ断れなくてさ、気がついたら休みが潰れたり、ずっと残業ばっかしてたんだよなぁ……。
落ち込みそうになったけど、エルフィーネが乱暴そうな男に肩を掴まれたのを見て、気を取り直した。
マイヤさんが「ふしゃっ!」って尻尾まで膨らませて怖い顔で止めようとしてくれたけど、俺が任された以上、よその大事なお嬢さんになにかあったら一大事だ!
「エルフィーネ、待たせてごめん!」
「サトル、来ちゃだめです! ここは大丈夫ですから!」
「サトルくん、いいからあっち行ってなさいっ」
颯爽と登場したのに、あれ!? 俺、超歓迎されてない!!
二人がかりで追い払われてショックだったんだけど、回れ右するより早く今度は俺がわらわらっとエルフィーネのときよりさらに増えた冒険者に囲まれた。
え、なんかみんな大きい!
一人
なんだこの状況!?
「よう、おまえサトルっていうのか。よろしくなァ、うちは前衛二人と後衛一人でよ」
「なあおまえ、うちのパーティに入れよ!
「うちにしとけ! ちゃんと飯も食わせるし、報酬に色もつけてやるぜ。もちろんほかの
「いやいや、うちがもらう! この中でもうちは古株だし、
「それよりうちは採取がメインだから、とりあえずうちにしときなよ!」
しかもいっせいに話しかけられて、心臓も大事なとこもヒュンと縮み上がった!
ど、ど、どうしよ…聞き取れないっ。
「え、いや…俺…」
怖い、え、嘘マジで?
なんでこんな俺、囲まれてんの?
「サトル! やめてください!!」
「ちょっと、あんたたち、やめなさい!!」
止めようとしてくれたエルフィーネが払われて、マイヤさんの声も耳に入らないらしい。
「おい、聞いてんのかァ!?」
「返事しろよ、耳ついてんのか、あぁ!?」
どっかから伸びた固い手に耳を掴まれて引っ張られて、悲鳴をかみ殺して飲み込んだ。
今まで平々凡々に生きてきて、絡まれたことだってなかったんだよっ。怖すぎる!
「なんとか言えよ!」
「俺が使ってやるって言ってんだろ!」
「おい、面倒だからこのまま連れて行こうぜ!」
今度はぐいっと誰かに腕を掴まれてとうとう「ひぃっ」と情けない声が出た。
なにか言わないと、なにか…「交渉」が仕事しない。
「あんたたち、いい加減に…!」
マイヤさんが怒り心頭って感じで唸るように低い声で言いかけたけど、やばい、俺もう泣きそう!
「なんの騒ぎだ?」
そこに低くてざらついた渋い声といっしょに、ラスボスかって雰囲気のサイモンさんが出てきてくれた。
もう、なんていいタイミングなんだ! 安心しすぎてとうとう涙が出た!!
「サイモンさん~!」
さすがの貫禄っていうか、サイモンさんが現れたとたん、俺を囲んでた冒険者たちが一部舌打ちしながらもささっと離れてくれて、俺は半分以上泣きながら訴えた。
「エルっ、エルフィーネが突き飛ばされてっ」
「サトル、わたしは大丈夫ですから!」
「マイヤさんだって止めてくれたのにぃ…!」
「ごめんね! でも止めきれてないから!」
だめだ、これじゃ学校の先生に言いつけてるみたいじゃん! 子どもの身体って制御が効かない!
目と鼻にじわっと来たらもうガマンできなくて、どうしたってぶわっと出てきてしまう。
せめてぐいぐい袖で拭いたら、そうだった…。俺の服、血まみれだった……!
顔を拭いてるのか血を塗りたくってるのかわかんない状態になって、血生臭いの再びだし安心したけど怖かったしでいっそう泣けてきた。
「サトル、ごめんなさい。ちゃんとわたしが理由を言っていれば」
「エルフィーネ…! こっ、怖い思いさせちゃって、ごめん~…!」
「東の教会は荒っぽい方も多いですし、わたしは慣れていますから。ね、泣かないでください」
そしてエルフィーネにハンカチを借りてるこの情けなさよ! 記憶引き継ぎプラス十五年分の俺の人生の経験値、どこ行った!?
「ああほらほら、二人とももう大丈夫だからね」
苦笑したマイヤさんが俺とエルフィーネをまとめてよけてくれて、やっと一息つけた。
「おーい、泣くなよ。怖がらせる気はなかったんだぜ。ごめんな!」
小柄な体に頭から外套を被った
こんなときでも一人だけ気にせずそばに来るあたり、
「ナーオットのギルドじゃ強引な勧誘は許してねえぞ。新人相手の交渉はギルド職員立会いの下、1パーティずつ行うのが規則だ」
丸太のような腕を組んだ巨漢のギルドマスターの、ずんと肚に響く低い声に、集まってた冒険者たちがしおしおとおとなしくなる。
「あーはい…」
「じゃあくじ引きしねえと」
「ちッ」
でも、まだすっごいこっち見られてて怖い!
1パーティずつって言われても、とても安心できない…。だって、これから俺、勧誘っていう名の脅し? カツアゲ?? されるんじゃないの?
そんなの困る。俺は静かに、真っ当にこの世界を冒険して生きたいだけなんだ。
うう、どうせなら強いお兄さんかおじさんと組みたいって思ってたけど、それがおっかないとセットになるんだったらもう諦めるよ!!
俺は一人でいい!!
「エルフィーネ、巻き込んじゃってごめん…」
「どうか気にしないでください。わたしよりもあなたが心配です」
うん、俺、こっちの世界のことまだよくわかってないもんね……。
しかも、俺の方が中身はずっと年上なのに、助けられてばっかりでひどい。
せめて剣、槍、斧のどれかだけでも使えるようになろう。そうしよう!
「サトルくん、エルフィーネちゃんも、気を取り直してこっちおいで」
落ち込みながらも決意を新たに控えめな刺しゅう入りのハンカチで涙と鼻水を拭ってもらってたら、マイヤさんが茶トラの長い尻尾をふりふりしながら俺たちを呼んでくれた。
「せっかくだし、さっきの買取の書類。よかったら君もサインしましょ」
「え?」
「だって初仕事でしょう。記念になるわよ。ほら、登録カードを出して」
「あ…そうですね。サトル、そうしましょう」
そう言ったマイヤさんが冒険者登録するときに出した不思議な道具と書類をぴらっと出してくれて、現金な俺はすぐにテンションが上がった!
「い、いいの?」
「もちろんよ!」
まずカードを渡して、冒険者登録のときにも借りたガラスペンを握って、いざ書面を確認する。
ラトリ草が十本の束を八つで、千六百ダルム、レダの根が十個の依頼が二つで千ダルム、それぞれの半端を合わせて二百五十ダルム。
グラスボアは毛皮が三千ダルム、牙が五千ダルム、
支出はグラスボアの
もちろん、ポイントも報酬もここからエルフィーネと半分こだ!!
「サトル、本当に半分こでいいんですか?」
「当たり前だろ! マイヤさん、レダの根の依頼は二百ダルムも上乗せされてるけど、こんなにいいんですか?」
「それだけいい状態だったってことよ。二人ともよくがんばったわね!」
「うれしいです! 初めて自分で稼いだお金だ…!!」
怖い思いをした分、社会人になってもらった初任給よりうれしいかも知れない!!
「ちなみにお肉を売ってくれたら、倍ぐらいは行くんだけどな~?」
うっ、それは欲しいけど!
マイヤさんにキランとした獣っぽい上目遣いで覗き込まれて流されそうになったけど、もちろん売れません!
「あれは教会の子どもたちのごはんになるから、売れないんです。俺も楽しみにしてるしね!」
「あら、それじゃしょうがないわね。じゃあさっそく届けてあげたらいいわ」
「そらよ」
あれ、いつの間にさっきの冒険者たちはいなくなったんだろう?
サイモンさんがところどころ血が付いた油紙で包んだ塊をどさどさっとカウンターに置いて、俺はまるっきりブロック肉になった姿にあんぐり口を開けてしまった。
これがサランラップなら完璧だった。ないから油紙なんだろうけど。
「……はい、これでいいわ」
マイヤさんが俺たちのカードを不思議な道具に翳したら、また輪と玉がくるくる、天秤がゆらゆらした。
「ポイント達成はギリギリでもいいから、がんばってね」
「はい」
「がんばります!」
エルフィーネも俺もマイヤさんから自分のカードを受け取って見たら、冒険者ランクの横にポイントが6って浮かんでる。これであとは今月中に14ポイント稼いだらセーフってことだな。
よし、がんばるぞ!
無くさないようにまずカードを
「サトルくんがその鞄を持ってなかったら、それこそ
「えへへ、便利ですよね。俺、荷物運びの仕事する冒険者を目指そうかなあ」
にこにこそう言ったマイヤさんに俺も笑い返しながら、お肉を「
「あら、鮮やかなお手並み! 荷物運びを目指すなら、あとは『
「う…反省してます」
なるほど、そんな
でも俺のスキルには入ってなかったから、使えるようになるかは不明だ。
なにせマジックアイテムのふりしてるけどこれ、特別仕様のアイテムボックスだし!
「ふふ、ギルドならマスターがいるけど、外じゃいないからね。そうしたら採取ももっと捗るわよ」
「はい。でも俺の力じゃ強い魔物が出るエリアは行けないし、採取専門は当分無理かな」
「そうね。強い冒険者と組めても、乱戦になったら自分の命は自分で守らなくちゃいけないからね」
いつまでも「
でも、いい人じゃないと怖い目に遭いそうだし、これはあとで考えよう。
「じゃあ、これを教会に持っていきます。ありがとうございました!」
「お世話になりました」
よし、準備ができた。
エルフィーネといっしょにぺこっと礼をすると、マイヤさんは笑って、サイモンさんは腕を組んだまま重々しく頷いて見送ってくれた。
「勧誘のことはまたあとでお知らせが行くからね!」
「はーい…」
それはなくならないんだな。
まあしょうがないか。
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