1-4-1 嵐を呼ぶアイテムボックス
4
MP切れってどんな感じかぴんと来なかったけど、歩くうちに「あーなるほど」と実感した!
とにかく、怠い、眠い、動きたくない。
地面に身体が吸い込まれそうというか、連続一週間ぐらい終電で帰ってきたのに、出勤はいつもと同じで六時起きし続けたあとの最後の一日って感じ。
明日は休みだ、よし今夜は寝るぞもう絶対寝るぞ明日もなんならずっと寝てやるぞっていうか、あれ…。
これって明日出て来いって連絡きたら泣くやつ……。
「サトル! 大丈夫ですか!?」
「へっ? う…うん。平気平気」
途中まではいろんな話をしながら歩く元気があったけど、たまにサーチ・オリジンで
ゲートが見えて来たところでふらついたらしい。エルフィーネが支えながら声をかけてくれて、慌てて笑顔を作ってしゃんとする。
なんか周りがざわついてる? 不思議に思って辺りを見たら、まばらになったゲート待機の人がみんな俺を見てた。
あれ、なんでそんな見られてるんだ? 注目されなれてない万年モブなんだからびびる!
「サトル! しっかりしろ!!」
どうしようこの空気と思ってたら、装備を解いたガストさんが血相を変えてゲートから飛び出してきて、ぐいっと俺の肩を掴んだ。
「ひえッ、だ、大丈夫です」
「大丈夫なもんか! 二人とも血まみれじゃねえか!! お嬢ちゃんは立っていられるな。よし待ってろ、今俺のポーションを、」
わあ、そんな申し訳ない!!
「本当に大丈夫です! ただの魔力切れで、これはぜんぶ返り血なんで!!」
「草原エリアで駆け出しのひよっこが倒せるのは草玉ぐらいだ! 返り血でこんなことになるはずないだろ!!」
さすがに目が覚めた!
あわあわ言い募ると、焦ったガストさんにエルフィーネも説明してくれる。
「本当なんです。怪我は
「グラスボア!? 二人でグラスボアをやったのか!?」
ガストさんに飛び上がって聞かれて、しかもちらちらこっちを見てる人たちまでなんか感心したって雰囲気になって、俺は慌てて言い訳した。
頼むからこっち見ないでほしい!!
「う、うん。なんか、出ちゃって。逃げられなかったんです。ね、エルフィーネ」
「はい。それでサトルががんばってくれたんです」
「二人でがんばったんだよ! 大体エルフィーネは一番危ない囮役をしてくれたし、とどめのときも脚をつかんでくれたよ! 俺一人じゃとどめを刺せなかったってば! 俺のケガだって
「そんな、わたしはプリーストなんですから当たり前のことで」
「いや、そんな当たり前なんて」
しかもエルフィーネは遠慮っぽいし!
本当に二人で倒したんだから、それでいいのに!!
「ほら、そこまでだ!」
二人でわあわあ言い合ってたら、がしっと俺たち二人の肩を抱いたガストさんに止められた。
うわあああ、恥ずかしすぎる…!
こんなところで大声で女の子と言い合いをするなんて、以前の俺じゃ考えられないよ!
これたぶん、身体の分ちょっと心も若返ったっていうか、幼くなってるのかも!?
「なんにせよ、無事に帰ってこられたならよかったぜ」
「あ…はい。でも、最後に俺が手こずったせいで、エルフィーネもグラスボアもかわいそうな目に遭わせちゃいました」
これは深く反省だ。
しゅんとして言ったら、エルフィーネがまた笑ってそっと俺の頬に触れながら言ってくれた。
「そんなことありません。サトルはとても勇敢でした。あなたがいたから、わたしは生きてるんです」
「はは、それこそお互い様だぁ」
「はい。そうしましょう」
二人で顔を見合わせてへへっと笑ったところで、ガストさんがぎゅっと俺たちを抱きしめてくれて、なんだか照れくさくなった。
「二人とも、よくがんばったな! 依頼だったんだろう? ギルドに報告してこい。次から魔物を倒した時は、
「もしかして、買い取ってもらえるんですか?」
「ああ、そうだ。冒険者ならそうやって『ついで狩り』できるようにならなきゃ、いつまで経っても稼げんからな」
なるほど。効率的だ。
「はい。俺も『ついで狩り』…は難しくても、『ついで採取』をがんばります」
「その意気だ!」
ぽんと背中を叩いて見送られて、俺はうれしくて何回もお礼を言いながらエルフィーネといっしょに大通りに入った。
血まみれだしじろじろ見られるかと思ったんだけど、もう夕方だもんな。
暗くなって街灯代わりの松明が焚かれているし、スパイスの香りで血の匂いもごまかされるみたいで、特に誰にも見られなくてほっとした。
「優しい方でしたね」
「うん。うれしかった。エルフィーネのいる教会って、兵士の人がよく来るの?」
若い連中に妬まれるぞって言われたもんな。
確かにこんな綺麗な女の子がいたら、積極的な連中が放っとかないと思う。
「来てくださることもありますが、兵士の方たちは訓練でもよく怪我をしますから、直接練兵所に呼ばれる方が多いですね。北の教会や治療院で
「ふうん…。エルフィーネが
「いいえ。わたしたちの教会に依頼をくださるのは、軽い怪我だからだと思います。あちらは高位の司祭様もいらっしゃいますし、宝珠の力を底上げする由緒ある杖もお持ちですから」
「そっか。そういうこともあるかもね」
ゲームでも
現実なんだからクリック一つでつけ外しできるわけでもなし、宝珠の付け替えは俺が思う以上に手間がかかるものなのかも知れない。
「さすがにお腹が空いてきましたね…」
「あ、なにか食べる?」
子どもがお腹を空かせるなんてとんでもない! 俺も腹ペコだし、いっしょに食べようと思ったんだけど、エルフィーネは笑って首を横に振った。
「せっかくがんばったんですから、先にギルドへ行きましょう。それに、まずは着替えないと」
「そ、そうだよね! うん、そうしよう」
女の子だもんね。血まみれはいやだよね!
しかもエルフィーネがそうなったのは、血でべしょべしょの俺を支えてくれたせいだし。
よし、さっそくギルドだ!
入口の前には出発したときとは違う人たちがたむろしていて、またじろって見られたけど、今度は怖くないぞ。
よいしょと重いドアを開けて、ちらっと中を覗く。
残念だけどエルフィーネを紹介してくれた人たちも、俺たちを助けてくれたあの三人のパーティもいなかった。
あのご夫婦はもう旅立ったのかもだし、三人のパーティは俺たちより遠いところに行ってるんだもんな…。オレンジ玉の
「あの、ただいま帰りました」
行きに見送ってもらったし、黙って入るのも申し訳ない気がして遠慮がちに言いながら入る。
「あ、おかえりなさい…って、酷い怪我!!」
俺たちを見て耳と尻尾をぴんとさせたマイヤさんがぱっと笑顔から一転、飛び上がってカウンターから身を乗り出したから、俺たちはまたガストさんと同じ説明をするはめになった。
サイモンさんは無言だけど、錆色の目がものすごいこっち見てるし、おっかない!!
「ええ~、すごい! まさか初心者二人でグラスボアをねえ…!」
「えへへ、がんばりました! あの、それでまず採取の依頼なんですけど…」
「うん、ちょっと待ってね」
ほっとした様子のマイヤさんがにこにこしながらこっちへ出てきて、掲示板の依頼書を手に取る。
「次からはカウンターに来る前にここの依頼書で条件が合うものを取るといいわ。採取の場合は緊急依頼じゃない限り報酬は変わらないから、日付が短くなっちゃったものから取ってね」
「わかりました! じゃあこれとこっちと、…あっ。ねえ、エルフィーネ。こっちのレダの根の依頼もできそうだよ!」
「はい。すごい、こんなにたくさん…。サトル、本当にあなたのおかげです。わたしではあんなに見つけられませんでした」
「もう、そういうのやめようってば。ほら、採取の依頼はほかにもあるし、見てみよう」
「はい」
エルフィーネは本当に素直ないい娘さんなんだけど、こんなことぐらいでそんなに感謝してたら、変なやつ相手にあっさり騙されそうで心配だよ!
でもまあ、今回はサーチ・オリジンが便利だったってことかも。うれしいし、ここは素直に喜んでおくか。
うーん、退治系の依頼はいろいろあるけど、やっぱり高額な緊急依頼は駆け出しじゃ歯が立たないようなのしかないなあ。
残念だけど、この中でやれるのはラトリ草とレダの根の採取だけだった。
「あら~、本当にいっぱい! ふふ、がんばってくれたわねえ。じゃあ受け取るから二人ともここに出してくれる? 査定するわね」
「はい!」
依頼は十本ごとだから、まずはラトリ草をばさっと出して数えてもらう。
森のやつの方がいい効能になるからそっちを出したかったけど、
「八十八本ね! うん、合格。八件分の依頼達成と、残りはうちが買い取るわね。さっき言ってたけど、レダの根もあるの?」
「はい。これもお願いします」
鞄からエルフィーネのショールで包んだレダの根を出したけど、よかった。つぶれてないし、グラスボアの血もついてない。アイテムボックスって本当に便利だ。
「へえ、丁寧な採取ねえ…! レダの根はよく途中で千切っちゃって中が漏れてるものが多いのよ。しかもこれだけまとまってだもの。これは色を付けさせてもらうわね」
「やった! これはエルフィーネが採ってくれたからだね」
「そ、そんなこと」
「いやいや、丁寧な採取ってすごく大事なんだよ! 俺もばあちゃんにものすごく仕込まれたもの」
万事控えめというか遠慮っぽい子だから、ここは自信をつけてもらうために褒めないと!
兄貴のとこの姪っ子ちゃんもこういうタイプだったんだよなぁ。あっちはまだ幼稚園児だけど、控えめすぎたら調子のいい子にいいように利用されたり、いじめられたりしないかおじさんとしては心配だった。
「そうよ。採取専門の子はちゃんと丁寧にしてくれるんだけど、ついで採取だとどうしても細かいところがね~。冒険者を続けるなら、二人ともこの姿勢は忘れないでほしいわ」
マイヤさんもそう言ってくれて、エルフィーネは落ち着かなさそうにしながらも、ほわっとうれしそうに笑ってくれた。
「これ、まだ洗ってないけど返すね。貸してくれて助かったよ」
丁寧に土を払ってたからだろうな。レダの根を包んでいた生成りのショールもあまり汚れてないし、肩から元のようにかけてあげたら返り血がだいぶ隠れていい感じだ。
「ありがとうございます」
「ううん。さすがに女の子に俺の着替えを貸すわけにはいかないからね」
さて、あとはほかの薬草とグラスボアか。薬草の方はまとまった数がないし、ポーションを作るときに使いたいから出すのはやめとこう。
「マイヤさん、グラスボアってここで買い取ってもらえるんですか?」
「もちろんよ。もしかして
ぴこんっと耳を立てたマイヤさんが猫目を輝かせて聞いてくれたけど、
「
「あら! それじゃこれから困るじゃない。本もあるし、ここで教えてもいいわよ。授業料は自分で魔物を用意するなら百ダルム、魔物の持ち込みができない場合千ダルム! できたら先輩冒険者に現場で教えてもらうのが一番だけどね」
「魔物なら用意できます。ここに出してもいいですか?」
「ここ?」
マイヤさんが首をかしげて、後ろでほかの冒険者の相手をしてたサイモンさんも「なに言ってんだこいつ」って様子でこっちを見た。
「はい。えっと…引っぱり出せるかな」
カウンターにどさっと鞄を置いて、まずはアイテムボックスを起動。パネルからグラスボアを探してタップして手を突っ込むと、すぐそこに太い脚があった。
よし、あとは掴んで引っ張るだけだ。ぐいっと掴んで引いたら、蹄がぴょこっと顔を出した。
でも、そこまでだ。あとはぐいぐい引いても鞄がゆさゆさするだけでびくともしないし、両手で力を込めたらずる…っとちょっとだけ鞄が動いた。
「へっ、蹄??」
マイヤさんの目がぱちくりと丸くなって鞄の中を覗いたけど、猫目でも真っ暗で見えないらしくて首をかしげる。
うん。不思議だよね。持ち主の俺が見ても真っ暗なんだ。
中に入ってるもの自体はリストでわかるんだけど、覗くと目的のものしか見えないんだよな。
「サトルくん、これは一体?」
「グラスボアなんですけど、出すときのことあんまり考えてなくて…」
「サトル、わたしも手伝います」
「ごめん、助かる」
「いっしょに引っぱればなんとか…」
「じゃあ行くよ。よいっしょ~!」
エルフィーネもいっしょに脚を掴んで二人でぐいっと引っ張ったけど、出てこない!
それなら鞄をひっくり返せばと思ったけど、取り出し始めたせいかもう重くて鞄自体を持ち上げられなかった。
「エルフィーネさん、交代しましょう! 私の方が力がありますからねっ」
「じゃあ、わたしは鞄が動かないように抑えます!」
次はマイヤさんと俺が引っ張って、エルフィーネが抑え役。
ずるっと太ももまで出たけど、そこで俺とマイヤさんが疲れちゃって休憩!
「お、重い!」
「お肉の鮮度が落ちやすいし、グラスボアを持ち込むなんて、力自慢の冒険者が担いで月に一回あるかどうかですからねえ…!」
だめだこれ、サイモンさんの手が空いてからお願いしたら、引っぱり出してくれないかな!?
「あのぉ、サイモンさん……」
そう思っておずおずとサイモンさんを見たら、ぽかんとこっちを見てる冒険者を放り出してこっちに来てくれた。
「この中だな?」
「はい。
だってなんとかなると思ったんだよ! ゲームでも出すときの呪文なんかないし!!
しょぼんとしてたら、サイモンさんが「貸せ」って俺たちの代わりにグラスボアの脚と鞄を掴んで、ぐいっと力を込めた。
丸太のような腕が膨らんで、ずるるっと大きなグラスボアがカウンターの上に引きずり出される。
「にゃあああ!?」
「嘘だろ!?」
耳も尻尾もびこーんとなったマイヤさんとカウンターにいた冒険者が飛び上がって、バンコにいたほかの冒険者もざわっと一斉にこっちを見た。
わかるわかる。だってどう考えてもこの鞄に入らないものが出てきたら、びっくりするよねっ!
「ほお、こりゃいいグラスボアだ。若い雌で出産経験もねえな」
「えええ~!? サトルくん! 君、マジックアイテムの鞄を持ってたの!?」
「あはは…実はばあちゃんの形見でして…」
うわぁ、猫じゃらしで超興奮した猫みたい。
瞳孔がまん丸くなるぐらい興奮してずずいっと身を乗り出してきたマイヤさんにそう答えたら、ふっとニヒルに笑ったサイモンさんが血でべとついたグラスボアの毛皮を撫でながら言ってくれた。
「そういや坊主は森の魔女オウルの養い子だったな。いいもんを遺してもらったことに感謝しとけ」
「…はい。大事にします」
「
「え!? あ、でも」
「こっちは私が替わるから大丈夫、行って!」
ひょいっとグラスボアを担いだサイモンさんがのっしのっしと行っちゃって、ぽかんとしてる冒険者とサイモンさんの大きな背中をきょろきょろ見てたら、マイヤさんが「さあさあ」と促してくれて助かった。
エルフィーネと頷き合って、慌ててサイモンさんのあとをついて行く。
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