1-2-1 いざナーオットへ


     2


 ……うん。

 ………だよね。

 ……………知ってた。

 本当はちょっと、そんな気がしてた!

 誰だよ「数時間ぐらいかかるかな」なんてアホなこと思ってたのは! 俺だよ!!

 現実なんだから、数時間やそこらで着くはずないよね!?

 ゲーム自体、中盤あたりから転移ワープゲートはあっても転移魔法ワープスペルそのものはなかったし!

 いやもう、なんというか…元の自分がへなちょこな現代っ子だったという事実をまざまざと思い知った……。

 オウルばあちゃんに育ててもらった知識というか、記憶はある。今はまだ子どもだけど、それでも以前の自分よりはずっと鍛えていて丈夫になったって自覚も自信もある。

 でも! だけど!!

 森の中ぼっちで三日間の野宿は、きつかったんだ!!

 たった三日、されど三日!

 初日の夕暮れには遭難したと思って泣いたよ!!

 オウルばあちゃんの作った虫と魔物どっちもよくばり避けと「猫歩き」と「隠蔽ハイド」のスキルがなかったら、早くもそこで俺の二周目の人生終わってた!

 このどっちも避け、臭いとか思ってごめん! ミントとラッパのマークのお腹の薬を混ぜたみたいで臭かったけど、食われるよりぜんぜんよかった!!

 っていうか、夜は真っ暗だし火を焚いたらいくらこのどっちもよけを燻してても近くまではくるし、虫って言うかもう蟲だよ! でかいし一部もう魔物だし!!

 大体俺、キャンプもしたことなかったもんなぁ……。

 火起こしだけでも大変だった。脳内に知識があっても、やったことなかったら手がちゃんと動いてくれない!

 アウトドアに縁がないくせにさ、サバイバル系の本を読んでいっちょ前に憧れたりはしてたんだ。

 けどそんな中途半端な知識だけあっても役に立つか! なんで一回ぐらいキャンプ行かなかったんだ俺!!

 行きたい場所がはっきりわかる地図を持ってるし、どんな魔物がいるのかもちゃんと頭に入ってる。そして俺が通るルートにはそんな強いのはいないってこともわかってるけど、それって魔法を使えるばあちゃんにとってはってことだしね!?

 一応、前世より夜目は効くんだ。正確には、森の木は視えるからさ。

 今の俺は森育ちだから、木に宿る水や土のマナ…自然を司る精霊たちの力の片鱗みたいなもので、魔力の源っていうのかな。そういうのはわかるから、本当になんにも見えないわけじゃないけど、夜でも電気がない環境になんかいなかったんだから、うっすらそんなのが見えたところで真っ暗と変わりないよ!

 夜中にトイレに行きたくなって起きたときに見た、狼型の魔物の目の光が怖かったのなんのって……!

 保存食は貴重だし、角のあるウサギ、ホーンラビットぐらいは狩って食べようと思ったけど、小さくて素早いからなかなか矢を当てられない。やっと当たったと思っても膀胱ぶち抜いたりして肉を台無しにしたし、ボーラは動き回る小型の魔物を相手にするには、俺の腕じゃまだまだ難しい。

 一人じゃ食べ切れないから、ウサギ系か鳥系がちょうどいいんだよね。ウサギは味はいいけど小骨が多くて処理が面倒だし、元の世界でもあんまり出回ってなかった理由がわかる気がする。

 今でもウサギってペットのイメージが強いもんなあ。

 木の実がある時期でもないしさ、結局貴重な干し肉を頼り、夜は心細さに思い出せる限りの歌を熱唱することでなんとか孤独感に耐えた。

 結果、音痴は治ってた気がする!

 声変わりする前って、こんな高い音が楽々出るんだなあと感動したよ。

 誰も聞いてないんだから歌い放題さ! 楽器が欲しかったなあ……。

 装備できるってことは、きっと使えるはずだ。定番の竪琴の弾き方が不思議と思い浮かぶしね。

 そんな風にしてなんとか三日間森を歩き続けて、今。俺はようやく森を抜けて目的地の始まりの町、ナーオットの城壁を見ることができたんだ。


「み、見えた…!」


 ああ、幻じゃない! 長かった~!!

 整備された道に出たときはうれしかったなあ…。冒険者っぽい人たちとすれ違って挨拶もできたし、見も知らない他人に会えて、感動したよ。

 思えば、オウルばあちゃんはもう故人だったし、こっちの世界で生きてる人との初めての遭遇だったもんなぁ……。

 すれ違った人たちみんな剣とか槍とか持ってるし、鎧っぽい防具を身に着けてておっかなかったけど、追剥とかもされなかったし普通に「よう」とか「気をつけてな」なんて声をかけてくれて、テンションも上がった。

 なにより、やっと町が近いってわかったんだから。

 さすがはこのあたりで一番大きな町だ。あちらこちらからいろんな人たちが集まって、一番大きなゲートのある南門に向かって並んでる。

 北に雄大なラルベルテ山脈、西に女神の鏡と呼ばれる大きな湖と豊かな穀倉地帯、東南に広大な草原地帯、南に深い森を擁した恵まれた領地で、ナーオットはその中心となる町だ。

 町の周りはぐるりと立派な壁と広くて深い堀が囲んでいるし、大陸でもはしっこの方でどこの国とも国境が近くないから戦乱からは遠い。

 背後に険しいラルベルテ山脈があるのも大きいけど、魔物はその限りじゃないし、初心者から英雄ランクまでまんべんなく戦えるほど魔物の強さの幅がある。

 エリアがしっかりわかれてるから生息域さえ頭に入っていれば、初心者がひどい目に遭うことはないはずだ。

 まあこれもゲームの知識だから、どこまで反映されてるかはわかんないけど……。

 とにかく、ここまで来たらもう大丈夫だって気持ちもあって、俺の足取りも軽くなった。

 どやどやとゲートに向かう人たちに俺も混じって列に加わる。

 少し待ったら数歩進む感じだし、チェックはそんなにかからなさそうだ。


「おや、坊や一人かね?」

「あ、はい」


 どうやって建てたのかロマンを感じる石造りの城壁を見上げながら並んでたら、お腹がどんと出た商人っぽいおじさんが一頭立ての馬車の御者台から声をかけてくれた。

 こっちの馬は足が太くて全体的に毛が長い。ずんぐりめだし早くはないだろうけど、力持ちそうだ。

 それに、小型だけどほかの馬車に比べて頑丈そうだなあ。車輪も鉄が使われてるし、サスペンションもついてる。長い旅をしてきたのかな?


「そうか、一人で…」


 俺の上司ぐらい…いや、今だと父親ぐらいになるのかな? くりっとした目としゃべると鼻の下の口髭がもさもさ動くのに愛嬌を感じる。


「若いのに偉いね。どこから?」

「森の奥です。ずっとばあちゃんと暮らしてたんだけど、ばあちゃんが亡くなったんで……」

「ああ、それは悪いことを聞いてしまったね。これからは街で暮らすのかい?」

「そうですね。たぶん…まだわかんないです。でも、ちゃんとしなくちゃって思って。働かないと生きていけないし、へへ」


 ゲートでのチェックを受けるためにのろのろと進みながら答えると、気の毒そうな表情をしたおじさんの前を進んでた人たちも似たような表情でこっちを見てた。

 はは…。「見た目は子どもだけど中身はいい年のおっさんなんで大丈夫です」とは言えないんで、ちょっと居心地が悪いというか申し訳ない気分になるのはしょうがない。


「そうか……。それは大変だなあ。もし仕事が見つからなければ声をかけなさい。商売をしているとなにかと雑用が増えるから、手伝ってくれたら心ばかりだが駄賃をあげるからね」

「え、そんな…いいんですか?」


「もちろんだとも。わしはワボロといって、この街には二週間ほどいる予定だ。いつも『金鹿の蹄亭』に泊まっているからね。君のことはちゃんと伝えておくから、安心して訪ねて来なさい」

「はい! 俺はサトルと言います。ワボロさん、本当にありがとうございます!!」


 ここはがばっと頭を下げておかないと!

 おお、スキルの「交渉」がさっそく仕事してる! 初対面の相手とこんな円滑なやりとりができるなんて、コミュ症気味な自分からは想像もつかなかった。

 喜びをかみしめて、次はワボロさんの順番だから、あとはもうおとなしくついて行く。

 それからこっそり「サーチ・オリジン」発動だ。森を抜ける間に練習したから、これはもう周りに聞こえないように声を出さなくても発動できる。

 ワボロさんのステータスは…まあ見た目通りだな。

 四十五歳で、種族は人間ヒューマン。ジョブは商人、HPは俺より高いけど、MPは俺と同じぐらい。使える魔法スペルはないみたいだな。

 森ですれ違った冒険者にも試してみたけど、スキルまではやっぱり見えないらしい。

 だって商人だったら「交渉」ぐらい持ってそうだし、思い出してみたらゲームでも敵のステータスや弱点は見えてもスキルは見えなかったし。

 ここから見える範囲の人も似たようなものかな。用心棒や冒険者、芸人っていうのも遠くに見えたけど、離れている人はジョブだけで細かい情報まではわからなかった。

 ただ、獣人族ガルフがちらほら混じってたのはうれしい。獣人族ガルフは文字通り獣の特性を身体に持つ種族だ。大半が犬と猫、稀に虎。超希少種に獅子、狼、狐がいる。

 この世界では人間ヒューマンだけじゃなくて、人語を話せる種族はみんなまとめて「人族」だ。これは元の世界で言うところの「人類」に近い感覚かな。人種は違ってもみんな人類ってくくりなのと同じ。

 ほかには魔族や魔人がいるはずだ。普段は魔界に住んでいるからめちゃくちゃ珍しいし、軒並み強い!

 ゲームでは良いやつも悪いやつもいたなあ。現実だとどうなんだろう? おっかないから俺はあんまり会いたくないな。

 そういうこともひっくるめて、この世界をもっと知るためにもまず冒険者になろうと思ってるんだ。

 問題は、俺一人でできるかなんだよね……。たぶん、仲間が欲しくなると思うんだよな。

 正直、誰かと仲良く旅しましょうなんてハードル高いし、自信はないけど、生き延びたかったらほかに選択肢がない気がする。

 俺と同じようなやつ、できれば気が合うやつがほかにもいると信じるしかない。


「よし、次! 身分証を出せ」


 おっと、俺の出番だ。

 でもまだギルドカードがないし、身分証はないからお金を払わないといけないはず。

 そう思って鞄に手をかけたのだけど、その前に服の中で鍵の形の「ソロモン・コア」がちりちりと揺れた。


「おや、それは」


 思わず引っ張り出したら、門番の三十代後半ぐらいのベテランっぽい兵士がそっとその鍵を手に取る。

 それから、さっきまできりっと厳しかった顔が笑顔になった。


「君は、森の魔女オウル殿の養い子か!」

「あ、はい…」

「そうか。大きくなったなあ…! 使いで薬をもらいに行った時に、何度か君に会ったことがあるんだよ。ガストだ。覚えていないかい?」


 懐かしそうに目を細めた兵士、ガストさんがさっと兜を取ると、暗い茶色の短い髪と太い眉、優しそうなたれ目の顔がはっきり見えた。

 ふっと記憶の中に、もう少し若いころの面影が浮かぶ。


「あ…! 最後に来たの、確か十年ぐらい前でした?」

「そうだ! ちょっとだけ出世してな!」

「いつも美味しいクッキーをくれた優しいおじちゃん!」

「ははは! かみさんが焼いたやつだな! 覚えていてくれてうれしいぜ!!」


 大きな声で笑ったガストさんがくしゃっと頭を撫でてくれて、照れくさくなった。

 だって大人になってからこんな風にされたことないし、籠手を着けた手って固いんだなあ。


「しかし、君がここに来たのは初めてだな。オウル殿は具合でも?」

「いえ…数日前に亡くなりました」


 隠しても仕方がない。正直に答えると、悲しそうな顔になったガストさんが俺の頭に乗せた手でもう一度撫でて、そっと肩を掴んでくれた。


「そうか…。オウル殿はとても腕のいい薬師でもあったからね。世話になった者も多いんだ。おっと、一応名乗ってくれ。これも仕事でな」

「はい。サトル・ウィステリアです。ばあちゃん、そういうことはなんにも言わなかったな…。もっといろいろ教えて欲しかったです」

「オウル殿らしいな。サトル、一人になっても恩人に恥じぬよう、しっかり生きていきなさい」

「はい!」

「よし、行って構わないよ」

「はい。ありがとうございました」


 よし、終わった。

 まさかこの鍵っていうかコアで大丈夫だとは思わなかったけど、お金がいらなかったのは助かった!

 これを持たせてくれた神様に心から感謝しつつ、もう一度大事にシャツの中に入れて、俺は始まりの町、ナーオットの門をくぐった。

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