美香の事情(スィートメモリー・スピンオフ)

緋雪

母の遺言

 私の母は、物凄い外見コンプレックスだった。

 

 母は、自分が醜いから、あんな酷い父親としか結婚できなかったのだと、いつも悔やんでいた。


 確かに、父親は酷い奴だった。事あるごとに(特に酒を飲むと)、母親の顔を罵り、身体中殴ったり蹴ったりしていた。だけど、私には手をあげなかった。

美香みかは俺に似て美人だからな。傷の一つでもつける奴は、俺が許さねえ」

そう言っていたのを覚えている。幼い頃に、両親が離婚してしまったから、詳しいことは覚えていないけど。



「玉の輿に乗りなさい」


 が、母の口癖だった。


「あんたは私に似ず、綺麗なんだから、もっともっと磨きをかけてね、いい結婚をするのよ。いい?」

だから私は、何も疑うことなく、自分を美しく見せる努力を惜しまなかった。


 母の言う通りだった。


 綺麗な私は、男の子たちから好きなだけチヤホヤされた。私のことを綺麗だと言ってくれる子とは特に仲良くした。その中で一番頭が良くて、一番カッコよくて、将来一番お金を稼いでくれるだろう子と付き合った。

 中学生になると、身体が女らしくなって、私は身体もしっかりとケアした。母は私の栄養管理をしてくれたり、エステまで通わせてくれた。


 そこにかかったお金は、父と離婚した時のものからだった。家庭内暴力を受けていたことで、弁護士を通し、母は父から多額の慰謝料を得たのだ。



 ほんのり色がついたリップグロスをつけて学校へ行った日、クラスで一番の人気者のさとるくんと、初めてのキスをした。私よりも悟くんの方がドキドキしていたみたいで、

「結婚しようね!」

と言ってきた。まだ中学生なのに。可笑しくて笑いそうになったけど、うんうんって頷いておいた。

 時々、キスをしていると、悟くんったら、身体まで求めてくるの。笑っちゃう。嫌だ。子供ができたらどうするの?

 悟くんとは上手く別れた。


 隼人はやと先輩は、ちゃんと避妊するからやらせて、って言ってきたから、やらせてあげた。一番の進学校に行くって言ってた。女の子にめちゃめちゃモテる彼氏っていうのは私の自尊心をくすぐった。

 だけど、先輩は、私とのセックスに夢中になりすぎたみたいで、志望校に受からなかった。

 だから、別れた。



 甘い恋なんて、よくわからなかった。そんな、ぼんやりとしたものより、甘いスイーツという確かな存在の方が100倍好きだった。キスやセックスより、ケーキやパフェの方が100倍嬉しかった。

 だけど、不思議。男の人って、ケーキよりそっちが好きみたい。



 高校に入る頃になると、甘い物の食べ過ぎのせいなのか、顔にニキビが出来始める。母は大いに嘆いて、高い薬を買い、薄付きに見えるけどしっかりニキビも隠してくれる化粧品も買ってくれた。  


 そんな母は、私が高校2年になってすぐに亡くなった。癌だった。見つかったときには、既に手遅れだった。

「美香、いい相手を見つけなさい。いつも綺麗でいれば、きっと幸せになれるからね」

それが、母が私に言い遺した言葉だった。



 私は勉強なんかできなかったし、やる気もなかったけど、ただ賑やかに笑っていれば、私の周りには友達ができた。何人もの男の子に告白もされた。

「ごめんねぇ。あたし、みんなと仲良くいるのが好きなんだ。このままの関係がいいなぁ」

なんて言って、サラッと断っていた。この頃になると、私の周りに寄ってくる男の子達はカッコいいけど馬鹿ばっかり。相手にもならない。そもそも恋愛なんて興味もなかった。



 だけど、高校3年生になって、見つけたのだ。ひでを。長谷川はせがわ英人ひでとを。


 彼は、弁護士を目指していると聞いた。頭は抜群にいい。自覚はないようだし、お洒落も全くしてこないから、周りにはあまり気づかれていないが、結構なイケメンだった。 


 私は努力を惜しまなかった。スカートをギリギリまで短くして、彼の傍を通ったり、時々用もないのに、近くで友達と笑い合って、彼が私のことを意識し始めるのを待った。


 彼が時々私のことをチラッチラッと見るようになって、私は確信する。自分の成功を。


 文化祭の準備をしている彼に突然イタズラをした。アイスを彼の口に放り込んだ。彼は予想以上に驚いて、子供みたいに廊下を走って行った。ふふっ、どんだけ喜んでるのよ。女も知らないカタブツ。


 イタズラのお詫びにと、クレープ屋に誘った。急なデートに、彼はソワソワしている。

 甘〜い私と甘〜いクレープを食べながら、話題に困っている彼に、私はどんどん話しかける。彼は笑って、ずっと頷いていた。


「じゃあね」

何も求めずに帰りかけた彼を引っ張り、キスをした。甘い甘いキスを。

「えっ?」

驚いている。成功だ。どう? あなたは、もう私の虜でしょ?

 トドメに告白までしてみせた。私から告白なんて、あなたは幸せ者よ?


 付き合っていることは、すぐ公表した。ひでが逃げることがないように。気が弱そうだったし。


 英は、私に興味があるのかないのか、身体も求めてこなかったし、キスすら、自分からしてこなかった。

 私は焦った。どうしたら、この男をキープしておけるのかと。


 ずっと一緒にいればいいんだ、そう思った。英も大好きなスイーツを一緒に食べに行ったり、夜も電話して、いっぱい喋った。私なりに相当努力したのだ。そりゃ、英がなんでもニコニコ聞いてくれるっていうのが、ちょっぴり嬉しかったってのも正直あったけど。


 それなのに。それなのに、英は言ったのだ。成績が落ちてきたから暫く会いたくない、なんて。

 

 何様?? 私を誰だと思ってるの? 佐々木美香よ? クラスで、いや、全校でもトップクラスの美人よ? その女に会いたくないってどういうこと? 馬鹿じゃないの?

 それに成績下がったって何? ちゃんと大学受かるんでしょうね?! 


 私は「保険」をかけることにした。丁度、別のクラスの男の子に告白されていたから。その子は、医学部を受けるのだと言った。医者の奥さんも悪くないな、そう思ったし、そっちもキープしておいた。

「付き合ってる彼氏がいるんだけど、最近冷たいんだよね。もう……別れたいのかもしれない。」

そう言って。


 結局、英は、志望校に入れなかった。沢田さわだまなぶは、志望校の医学部に見事合格。

 当然、この時点で、私は英を捨てて、学と付き合うことにした。


 学はモテた。大学でも、合コンに行っても、いつも女の子が寄ってくる。女には困ってない男だった。派手な子ばかり。私は三流短大生だったから、引け目を感じることもあったけど、綺麗さだけは負けていないと思っていた。

 医者の妻。そんないい物件、手放してなるものかと、女を磨いた。

 

 フラれた。学は、冴えない地味な同級生と付き合うことにしたらしい。外見はともかく、性格が凄くいい子なんだそうだ。

 そう。好きにすれば? 私は引く手数多だから。バイバイ。


 それから、何人もの男と付き合った。みんな最初はチヤホヤしてくれる。でも、何故か、私は捨てられる。何故?


 そんなことをもう十数年も続けていた。



 英との再会は奇跡的だった。


 英は、私が想像していた通り、凄くカッコよくなっていた。頭もいい。やっぱり弁護士になっていた。でも……。

「結婚……したんだね。」

そりゃそうだよ。こんな人、女が放っとくわけないよね。


 今になって、英と別れてしまったことを悔やんだ。


 もっとショックだったのは、英が、ホントはスイーツが嫌いだったことだった。私に嫌われたくないから合わせてたって言ってたけど、私そのものを否定されたみたいで、物凄くショックだった。暫く言葉が出なかった。

 黙々と自分のスイーツを平らげているうちに泣きたくなった。


 自分でも気付かなかったけど、私は英が好きだったんだ。ホントに、ちゃんと好きだったんだ。


 少しでも、彼と繋がっていたかった。だから、名刺を貰おうとした。だけど、断られた。そして、彼は、私の中身を全否定してきたのだ。


 許せない。


 悔しいのと辛いのとで涙が出そうになったから、私は彼に背を向け、早足で立ち去った。


 途中、トイレにかけこんで泣いた。滅茶苦茶に泣いた。なんで、こんなに辛いんだろう? 辛いよう。辛いよう。


 

 お母さん、お母さん、

 私はどうすればよかったの?

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美香の事情(スィートメモリー・スピンオフ) 緋雪 @hiyuki0714

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