雪月花の頃に君思ふ

風と空

第1話 君思ふ

 俺こと伊藤 徹哉てつやには幼なじみがいた。

 須野 真琴まことという同じ年の女性。


 彼女と出会ったのは俺が七歳だった頃。

 引っ越して来たばかりの俺が一人で公園に佇んでいたのを見た彼女が声をかけてくれたのが出会いだ。


 彼女は活発だった。男子に混ざって走り回り、物おじせずに色々な遊びや喧嘩すらも入っていく性格だった。


 良く俺は止めに入って巻き込まれたものだ。


 波長があったのか、俺たちは良く一緒に行動していた。


 春には家族ぐるみで花見やドライブにいき、二人で迷子になり、夏には海や川、キャンプなどに泊まりがけでいったものだ。焦げたご飯に焦げたカレーが俺らが最初につくった料理だったな。


 秋の紅葉シーズンには紅葉狩りに山に行き、どんぐりを拾いネックレスを作る女らしさを見せたこともある。冬はスノボやスキーに雪遊び。大人しく家にいるのが珍しいものだった。


 年月が過ぎてもそれは変わらず共に過ごして来た。


 そんな彼女も病気には勝てなかったのか、寝込む時もあった。見舞いに行った時寂しくなったのか、服の端をぎゅっと掴まれて帰れなかったのもいい思い出だ。


 まぁ、俺も風邪うつされたけどな。


 年頃になっても彼女は変わらず元気だった。容姿はそばかすが目立つ普通の子だったが、笑顔が眩しく感じられるようになって来たのを覚えている。


 高校に入りお互いに恋人が出来た時は一時離れたっけ。

 でも続かなかった。いつのまにか隣りは真琴に戻っていた。

 俺達は高校も結局いつもと同じ様に過ごしていた。


 他県の大学に合格し、彼女も同じ県の女子大に受かりお互いに一人暮らしをする様になっても、行き来は変わらず。


 勝手に入って来てはご飯を食べていくのも当たり前。

 側にいるのが空気の様に当たり前になっていた。


 このまま彼女とずっと一緒にと決意をしたのはこの頃だろう。


 だがあの日がやってきた。


 煙い……

 夜、寝苦しくなり起きてみると辺りが煙に包まれていた。

 どうやら下の階の住人の寝タバコが原因だと知ったのは後の事。

 

 その時の俺は咳き込みながら、隣りに寝ている彼女を起こし着替えて逃げる様促す。


 だが火の手がもう入り口まで来てしまった。

 なんとか彼女だけでも逃したい。


 既に熱くなっている立て付けの悪い窓を開けようと必死になるが、なかなか開かない。


 なんとか頭を回転させて抱きしめている彼女の逃げ道を探す。

 …… が、もう息が苦しい……


 くそっ!駄目なのか!


 そう思った時、急に彼女が俺から離れ立ち上がる。


「ごめんね、てっちゃん。大好きだよ」


 俺が好きな笑顔を向けて、彼女は手をかざす。


 一瞬で雪景色となる俺の部屋。


 下の階も雪で消化されたのか熱を感じない。


 残されたのは寒さと、真琴がいた場所に残る小さな雪の山。


 ただただ震えながら雪をすくいあげる。


 ー ねぇ、てっちゃん。雪女ってね、本当にいるんだよ ー


 昨夜真琴が言い出した言葉。


 ー 雪女は二度奇跡を起こせるの。一度目は人間に。二度目に力を使った時は、自らの命と引き換えだから使うとしたら愛する人を守るためなんだって。私だったらてっちゃんの為に使うんだろうなぁ ー


 真琴…… 真琴真琴真琴真琴真琴…… !


 なぜ俺の気持ちを聞かない!なぜ一人で決めた!

 なぜ…… 俺を…… 一人にした……


 なぜ……



 思いが混乱し、俺の絶叫がただ部屋に響く。




 この後の事は覚えていない。

 知人によれば俺は呆然としていて、病院に搬送されても何も答えなかったらしい。


 両親が駆けつけてくれて、抜け殻の俺をみて実家へと連れ戻してくれた。


 大学は休学届けを出してしばらく休養するよう手筈を整えてくれた両親には感謝しかない。


 あれから一年をただ過ごした。


 不思議な事に誰も真琴を記憶していない。あまりにもしつこく両親に問い詰めたせいか、精神科医を勧められたぐらいだ。


 今、俺は両親を安心させる為にも大人しくしている。


 それでも


 満開の桜が晴れ上がった空を背景に時折花びらを散らせる頃


 夏空をそのまま映し取ったような紺碧の海の頃


 鮮やかな暖色系の絨毯が敷き詰められる晩秋の頃


 君と過ごした時を確かめに俺は歩く。


 

 そしてまた雪が降って来た。


 真琴、君の季節だ。


 どんよりした雲から俺にふわふわ降りてくる雪。


 街ゆく人達が立ち止まる俺を避けて行こうとも、降り積もる雪をまといながら君を感じる。


 また会えたね。真琴。


 俺は君との思いを増やすために歩き出す。

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