第10話 余りにも非情で、残酷な事実

※このお話は、過激な表現がありますので、苦手な方は速やかにブラウザバックを推奨致します。



玉木 琴。

旧姓は樋口ひぐち

生まれつきの虚弱体質で、色白である。


彼女には5歳の頃に、毎日遊んでいた親友がいた。

その子の名前は榎本えのもと 凛。

とても元気な、女の子だった。


背の順は後ろの方で、動物がとても好きだった。

将来の夢は、動物園の”飼育員さん”と書かれていた。


2人は幼稚園の時はいつも一緒にいて、まるで双子の様だった。


だが琴の家庭はすさんでいて、夫が妻に暴力を振るうことも多々あった。

いつも母親は琴をかばい、あざだらけになっていた。

毎夜、父親の機嫌を覗う日々。


しかし琴には毎日、唯一の楽しみがあった。

それは幼稚園が終わった後、凛と公園で遊ぶことだった。

迎えに来た母親が先生と話している間に、園外の公園で、凛と鬼ごっこをしていた。


そして、ある日のこと。


「へへへ、こっちこっち!」


「ちょっと待ってよ〜!そっちは危ないよ〜!」


鬼である琴が、後ろを振り向きながら楽しげに逃げる凛を追いかけていた。


そして凛がよそ見をしながら道路に飛び出してしまった刹那せつな


「キッキキー!ドシャーン!!」


青い自家用車が、急ブレーキをかけたが間に合わず、何かをいた。

はタイヤほどの大きさだった。

その自家用車のバンパーは、深紅の色を染め上げていた。


「………えっ?」


目の前で起こった状況に琴は唖然とした。

上手く頭が回らず、脳の処理が追いついていない。


凛はどこにいったの?

楽しそうに笑ってた凛は、どこ…?


その答えは少し視線を左に逸らせばあった。


「い…いやぁぁぁ!!!」


琴はその凄惨な現場を見て、我を忘れるほどの悲鳴をあげた。


「ど、どうしたの!!」


悲鳴を聞き、凛の母親が駆けつけてきた。

現場を見た凛の母親は絶句した。


「……!」


一瞬、がなんなのか、理解できなかった。いや、脳が理解を拒んでいたのかもしれない。


しかし段々と、なんなのかを、理解できるようになってしまった。

は人型をしていた。

所々、腕の部分はひしゃげていて、大量に出血をしていた。


そう、凛が轢かれたのだ。


母親は急いで凛の元に駆け寄り、抱き抱えた。

しかし、呼吸は浅い。


「そ…そんな…!き、救急車!!」


少しして先生も駆けつけ、直ぐに救急車を呼んだ。


あまりのショックに、琴は倒れてしまった。

そこからしばらくの記憶は抜けたまま……




「……凛は…どうなったんですか…!助かったんですよね…?!」


凛の母親は、担当の医師に問うた。

しかし、あの重症では助かる見込みはないだろう。

凛の怪我の具合を見た、全ての医療関係者がそう思っていた。


「……やれるだけの事はしました」


その言葉の本意を理解した途端、母親は嗚咽おえつを上げた。

言葉にならない感情だった。


母親の様子をただ呆然と見ていた、まだ6歳にも満たない琴は状況をしっかり理解していた。

もう凛は帰ってこないんだと。

もう凛と鬼ごっこは出来ないんだと。


翌日、新聞やニュースなどの報道機関によって、その事故は大きく報じられた。



現場を見てしまった琴は、交通事故に対してトラウマを抱えてしまい、小学校高学年になるまで精神病院に通っていた。

そして事故以来、自分の感情を出すことが無くなってしまった。

幼稚園の頃は、あんなに楽しそうに遊んでいたのに。


樋口 琴が中学1年生の時、父親の虐待などが原因で両親は離婚した。

勿論琴は母親が引き取り、今ではなんの不自由もなく暮らしている。


今でも琴は、凛の写真を部屋に飾っているそうだ。

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